日米のプロ野球選手の年俸には大きな格差がある。1試合あたりの観客動員数は、アメリカより日本のほうが多いのに、なぜ格差が広がっているのか。スポーツライターの広尾晃さんは「日米のプロ野球チームには構造的な違いがある。日本のプロ野球には企業価値向上の取り組みが欠けている」という――。
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■5年総額123億円超でメジャー移籍した選手

このオフには、日本のプロ野球では大型契約でMLBに移籍する選手が相次いだ。

オリックス・バファローズの主力打者・吉田正尚は5年総額9000万ドル(約123億9000万円、契約時点のレート。以下同)でボストン・レッドソックスにポスティングでの移籍が決まった。オリックスにはこれとは別に1537万5000ドル(約20億円)のポスティングフィー(移籍金)が支払われた。これはオリックスの推定年俸総額27億円余りの約75%に相当する。

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レッドソックスの入団会見で背番号を披露する吉田正尚=2022年12月15日、アメリカ・ボストン - 写真=時事通信フォト

また福岡ソフトバンクホークスのエース、千賀滉大は海外FA権を行使し、5年7500万ドル(約97億5000万円)でニューヨーク・メッツへの移籍が決まった。千賀はメッツのメディカルチェックで懸念箇所が見つかったとされ、年俸は減額されたと言われるが、それでも年俸にすれば20億円近い。

さらに阪神タイガースの藤浪晋太郎もポスティングでの移籍が決まり、1年契約ながら年俸と出来高を合わせて425万ドル(約5億5000万円)の契約を結んだ。別途阪神には65万ドル(約8400万円)の移籍金が支払われる。

ちょっとした「爆買い」と言いたくなる現象だ。

■年俸40億円は決して高い買い物ではない

2022年の年俸は吉田正尚が4億円、千賀滉大は6億円、そして藤浪晋太郎は4900万円(いずれも推定)だった。吉田や千賀はリーグトップクラスの成績を上げていたが、藤浪は、昨年わずか3勝5敗だった。

しかし3人はいずれも数倍以上の高年俸でMLBへの移籍が決まったのだ。

彼らの年俸は、MLBのレギュラー選手の年俸の中ではそれほど高額ではない。

多くのスター選手は複数年契約を結んでいるが、年平均では千賀滉大のチームメートのマックス・シャーザーとジャスティン・バーランダーが4333万ドル余り(約52億円)、今やMLBのトップスターになった大谷翔平が3000万ドル(約39億円)、このたびダルビッシュも契約を更改し、2023年は2400万ドル(約31億円)になった。

日米の選手年俸の格差は、近年大きく広がっている。

■格差の原因

2010年の外国人選手を除くNPB選手の平均年俸は3830万円(プロ野球選手会発表)、MLBは301万ドル(当時の為替レートで2億5000万円)、その差は6.5倍だったが、2022年はNPBが4312万円に対し、MLBは441万4000ドル(現在の為替レートで5億6000万円)、その差は13倍になっている。

昨今の円安が、年俸格差を広げたという一面はあるが、それを抜きにしてもNPBの平均年俸がここ12年で12.6%増だったのに対し、MLBは46.6%の増加だ。

今オフのMLB球団による日本人選手の「爆買い」は、為替の問題を抜きにしても、日米の年俸格差は次元が違うレベルまで広がっていると言えよう。

NPBの打者はイチロー、松井秀喜などを除いてMLBで実績を残していない。直近でも秋山翔吾、筒香嘉智が期待を裏切った。メッツがオリックスの吉田正尚と総額123億9000万円もの契約を結ぶのは、ハイリスクではないかと思われるが、メッツにとってはそれほど大げさな投資ではないのだ。もはや「金銭感覚が違う」というべきか。

その背景には、日米のプロ野球チームの構造的な違いがある。

■メジャー球団の目的は企業価値の向上

MLB球団は、19世紀後半、アメリカ東海岸で生まれたプロ野球チームが発祥だ。有力チームがリーグ戦を行うようになり「メジャーリーグ」が誕生。1901年からはアメリカン、ナショナルの2大リーグでの興行が始まった。

チームはフランチャイズとする都市に本拠地を構え、試合興行を行う。

球団は当初から独立採算で親会社はない。フランチャイズを重視し、チーム名は本拠地の地名+ニックネームとなっている。オーナー、経営者が変わっても、チーム名は原則として変わらない。

1976年に選手のFA(フリーエージェント)権が確立して以降、有力選手の年俸が高騰したが、経営者たちは観客動員だけでなく、放送権の販売、物販、ライセンスなどビジネスを多角化し、インターネットの普及もあってFA権導入以前に比べてもはるかに大きな収益を上げるようになった。

オーナーの中には、ヤンキースのジョージ・スタインブレナー、ドジャースのウォルター、ピーターのオマリー父子のように何十年もチームの経営を牛耳る名物経営者もいるが、最近は投資家集団がオーナーになって球団の企業価値を高め、転売するケースも増えている。

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いずれにしても、球団経営は収益を出して企業価値を高めることを最大の目標にしている。

MLB球団は業績不振になれば、大胆なリストラを行い「解体モード」に一度なったうえで下位球団がドラフトの指名順位で優遇されるシステムを利用して「V字回復」を目指す。

経営者は常にアグレッシブで、新たなビジネスを次々と生み出してきた。

MLBは北米4大スポーツ(NFL=アメフト、NBA=バスケット、NHL=アイスホッケー、MLB=野球)の中でも最もファンの年齢層が高く、他の3スポーツに市場を圧迫されつつあった。座視していては衰退するという危機感もあり、MLB経営者は「ベンチャースピリット」をもって業績の拡大、企業価値の最大化に邁進してきたのだ。

■球団経営は親会社の広告宣伝費

これに対し、NPB球団は1935年、ベーブ・ルースなど大リーグ選手一行が来日して日米野球を行い、興行的に成功したことを契機として、讀賣新聞社の正力松太郎が職業野球リーグの創設したのが始まりだ。

1936年、7球団でペナントレースが始まった。しかし、各球団の収益性は低く、親会社が全面的に支援することが前提だった。

戦後、プロ野球人気の高まりとともに、参入を希望する企業が増加し、1950年にはセントラル、パシフィックの2リーグ分立となる。NPBの球団は親会社の企業名+ニックネームが一般的だ。企業名だけでなく地域名を表示する球団もあるが、基本的に「親会社あってのプロ野球」が球団名にも表れている。

新聞、鉄道、映画などの企業が親会社になったが、チームの収益は期待していなかった。

1954年8月10日付で国税庁は「職業野球団に対して支出した広告宣伝費等の取扱について」という通達を出し、プロ野球球団の親会社が、球団の赤字を補塡した場合、それを「広告宣伝費の性質を有するもの」とした。これによって、親会社は球団の損失補塡をしやすくなった。

1960年代に入ってテレビの「巨人戦ナイター」が視聴率を稼ぐコンテンツになり、巨人および巨人戦があるセ・リーグの球団は「放映権ビジネス」で収益を上げるようになるが、パ・リーグの球団は依然として親会社の「損失補塡」によって存続してきた。

■いまだ親会社の脛を齧る体質

21世紀に入って「巨人戦ナイター」の視聴率が急落し、地上波での放送が激減したが、2005年の「球界再編」を機にMLB流の地域の顧客に向けて重点的にマーケティングをする「ボールパーク構想」が広がり、NPB球団の業績は改善した。

コロナ直前の2019年には、史上最多の2653万6962人を動員、多くの球団が収益を上げた。

しかしながら2020年以降のコロナ禍では観客動員は2020年482万3578人、2021年784万773人と大きく落ち込んだ。感染症対策が緩和された2107万1180人と回復したが、大変厳しい状況となった。

筆者は2021年秋に3球団の運営担当者に「コロナ禍で、球団経営をどのように切り盛りしたか」と質問したが、全員が「親会社からの支援で糊口をしのいだ」と答えた。1954年の国税庁通達が、70年近くたっても生きていたのだ。

■だから年俸が上がらない

現在も、12球団の経営者の多くは、親会社の出身者、出向者や兼任者だ。当然ながら親会社の意向を意識しながらの経営になる。

唯一、広島東洋カープは親会社の無い独立採算制ではある。またDeNAはプロ野球を自社のスポーツビジネスの中核として積極的な事業展開をしている。それ以外の10球団も親会社との関係は変化しつつあるが、基本的には親会社のグループ企業であり、親会社の支援の下で球団を存続させている。

そして「横並び」の意識も強い。NPB球団に交渉をすると担当者は必ず「よそはどうするって言っている?」と聞くのが常だった。競争原理はそれほど働いていない。

親会社は、球団には赤字などで足を引っ張ってもらいたくないが、かといって思い切った先行投資をして事業拡大するような「冒険」もしてほしいとも考えていない。

「安全運転」で昨年対比100%以上をキープしてくれれば良いと言う経営者が多い。冒頭に挙げたNPBの選手平均年俸の「微増」はそれを表している。

■観客数は日本のほうが多い

コロナ前の2019年、NPBは1試合当たり3万928人の観客を動員し、MLBの2万8660人を抜いて、世界で最もお客を集めるプロ野球リーグになった。

コロナの影響が残る2022年、NPBは2万4558人、MLBは1万8651人とともに観客数を減らしたが、NPBは依然、MLBより観客動員では上だ。

公表されていないが、企業としての売り上げでは、ソフトバンクが300億円を超えたとされる。ヤンキースは600億円程度とされる。その差はざっくり2倍だ。しかし年俸格差は13倍に広がっている。

これはIT戦略、放映権、ライセンスなど「球場の外」でもビジネスで、天と地ほどの差ができているからだ。これは一球団の問題というより、NPB、MLBという「機構全体」の問題でもある。

■2022年のMLBの収入は約1兆5000億円

MLBの2022年の総収入は、米フォーブス誌によれば、史上最高額となる108億〜109億ドル(約1兆4600億〜1兆4700億円)だったとされている。

MLBでは放映権料やライセンスフィーなどの「ビッグビジネス」をMLB機構が全30球団を代表して担っている。全米規模の放送局やネットメディア、エージェントなどとトップセールスで交渉を行っているので巨額、複数年の契約をすることが可能なのだ。

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これに対し、NPBは12球団が個別に行っている。各球団が昔からなじみの放送局と個別に契約する。メディア系の球団の場合、系列局に放映権を販売することもある。

ゆえに、巨額の契約に結び付かないことも多く、なによりスケールメリットがないからビッグビジネスにはならない。

ビジネスの「発想」が全く異なっているのだ。

■高卒→メジャーという人材流出

名門球団といえども経営改革をしなければ脱落する厳しい環境を生きているMLBと、親会社の庇護の下「安全運転」で存続してきたNPB。

流れの速い水に棲む魚と、よどんだ池に棲む魚の姿かたちが違ってくるように、MLBとNPBの球団そのものも全く別物になりつつある。

近年、プロ野球を経由せずにアメリカ野球に挑戦する日本の中学生、高校生が増えている。そうした球児をMLB流で指導する野球教室もできている。

厳しい競争環境ではあるが、球児たちは「自分の力を試してみたい」「成長を実感したい」と海を渡るのだ。

プロのトップ選手だけでなく、若い競技者レベルでも「人材流出」は起こっている。

今回のWBCを経て、若い野球選手の視野はさらに海外へと広がるだろう。

NPBは目先の安定維持の「その先」を考え、企業体質を変革すべき時に来ている。

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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)