マクドナルドが14日、「てりたま」シリーズの一部販売休止を発表しました。何気ないリリースと思いきや、丁寧に見ていくとその「特異さ」が浮き彫りになってきます(出所:マクドナルド公式サイト)

日本マクドナルドから3月14日、1枚の「特異」なプレスリリースが出された。「たまごを使用した商品の販売状況と期間限定商品の追加販売に関するお知らせ」とのタイトルがついている。

今、鳥インフルエンザの流行などにより、外食各社は鶏卵の確保に苦労している。「外食業界の巨人」マクドナルドもその例外ではない。国産の卵を用いている「てりたま」シリーズの一部販売休止を発表したものだ。

普通に見れば、「何の変哲もないプレスリリース」だ。しかし、かつてテレビ東京の経済部記者として、今はPR戦略コンサルタントとして、20年以上にわたって延べ9万通以上のプレスリリースを読み続けてきた私のような人間の眼には、かなり「特異」なものに映った。

今まで商品の販売休止を発表したプレスリリースは数えきれないほど見てきたが、今回のような書きぶりのものを見たのは、初めてだったからだ。

25年以上にわたり売れ続けている「てりたま」

まず最初に、一部販売休止発表までの、ここ数週間の流れを振り返ろう。

「てりたま」シリーズはマクドナルドにとって、25年以上にわたって売れ続けている、言わずと知れた「春の定番商品」だ。3月1日に発表された、「てりたま」シリーズの販売開始を告げるプレスリリースには、以下の記述がある。

今年は定番の「てりたま」と、とろけるチェダーチーズと相性抜群の「チーズてりたま」に加え、爽やかな瀬戸内産レモンが香るタルタルがやみつきになる新商品「瀬戸内レモンタルタルベーコンてりたま」の3種類のバーガーをご用意しました。

定番の「てりたま」に加え、例年どおり新商品も投入している。さらに、このプレスリリースでは、広告展開についても言及されている。

「てりたま」シリーズの発売に合わせ、吉岡里帆さんが初出演する新TVCMを3月7日(火)から放映します。(中略)Twitterキャンペーンなど「てりたま」の季節を彩る施策もご用意しておりますので、あわせてお楽しみください。

このように春の「てりたま」は商品展開、そして広告に、マクドナルドはそうとう、力を入れていることがわかる。

異質だった「一部販売休止」のリリース

だが、そんな気合の入った「てりたま」販売開始のプレスリリースから、わずか2週間後。一転して卵不足によって、「一部での販売休止」を知らせるプレスリリースを出すことになる。しかし、このプレスリリースが「特異」なのだ。

ほかの外食産業も同様に、卵を使用した商品の販売停止を発表している。だが、それらと比べても、かなり「異質」だ。具体的には、以下の2点が他者と大きく異なるのだ。

1)代替商品を提案していること

2)妙に回りくどい表現になっていること

1つ目の「代替商品の提案」について、述べていきたい。マクドナルドの「一部販売休止」プレスリリースを見ると、以下の記述が目を引く。

このたびの日本国内における鳥インフルエンザ流行の影響により、たまごの供給が不安定になっております。

(中略)

これを受けて、3月15日(水)よりてりやきの味わいをお楽しみいただける期間限定商品として「チーズチーズてりやきマックバーガー」を4月中旬(予定)まで全国のマクドナルド店舗にて販売いたします。


てりたまの一部販売休止より、代替商品に関する記述のほうが多い(出所:マクドナルド公式サイト)

「ガスト」や「バーミヤン」を展開する「すかいらーくホールディングス」、ファミリーレストラン「ジョイフル」、オムライス専門のチェーン店「ポムの樹」を運営する「ポムフード」なども同様に卵を用いた商品の販売休止をプレスリリースで発表している。だが、代替商品を提案しているものは皆無だ。

通常、このような不測の事態で商品が供給できなくなった場合、販売休止を淡々と告知すると同時に「お客様にはご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます」といった、定型の「謝罪文」で締めるのが一般的だ。

だが、今回のマクドナルドのプレスリリースでは主題であるはずの「販売休止の説明」より、「代替商品の紹介」のほうが分量が長くなっている。「販売休止」のプレスリリースとしてはかなり珍しいものだ。

表現の回りくどさも「特異」

もう1つ「特異」なのは、「妙に表現が回りくどい」という点だ。冒頭のタイトルからして、回りくどい。「たまごを使用した商品の販売状況と期間限定商品の追加販売に関するお知らせ」とある。「販売状況」などと言わずに、「一部販売休止」と言い切ったほうが、よほどわかりやすい。実際、発表を受けてニュースを出したメディアの多くは「一部販売休止」と置き換えている。

また、タイトルだけではなく、中身の文面も微妙に回りくどいものとなっている。「店舗及び時間帯によって、たまごを使用した商品の販売を休止している場合がございます」。これも「一部店舗で販売休止することとなりました」と言い切ったほうが、はるかに伝わりやすい。

「プレスリリースの鉄則」は「シンプルでわかりやすいこと」だ。なぜなら、プレスリリースの主目的は「メディアに取り上げられること」であり、「シンプルでわかりやすくなければ、メディアに取り上げられにくい」からだ。

メディア、とくに私が携わっていたテレビはシンプルな情報しか伝えられないがゆえに、広報の世界でこのような「鉄則」が生まれる。

ニュース番組のアナウンサーが原稿を読むスピードは、1分間で約350字だ。1本のニュースは大体1分から2分の原稿だ。つまり、1つのニュースでせいぜい700字程度しか伝えられないということになる。

「記者会見での社長の音声」などを用いれば、原稿の文字数はさらに短くなる。『ガイアの夜明け』や『カンブリア宮殿』、『NHK特集』のような「長い時間の特集」でなければ、そもそもテレビは「ニュースの要旨」しか伝えられないのだ。

そのような観点から、もし今回のマクドナルドのプレスリリースを「メディアが取材したくなるもの」として書き直すと、以下のようになるだろう。

タイトル:卵不足による「てりたま」販売休止

本文要旨:「てりたま」は一部店舗で販売休止することになりました。順次、販売休止店舗は拡大する見通しです。お客様にはご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解賜りますよう、お願い申し上げます。

プレスリリースのもう1つの「鉄則」は、「1プレスリリースに1主題」。それゆえ、代替商品の紹介は、当然行わない。だが、今回のマクドナルドのプレスリリースは、こうした「鉄則」の真逆にあるものだ。

「鉄則」どおり今回の販売休止を発表した場合

これが一般的な中小企業やベンチャー企業であれば、私も「力量のない広報が書いたのだな」と思うだけだ。だが、プレスリリースの発出元は「外食業界の巨人」マクドナルドである。「鉄則と真逆」の下手なプレスリリースしか書けないはずがない。

通常、プレスリリースの目的は「メディアに報道されるためのもの」だ。だからこそ、私には「あえて」鉄則の真逆で書くことにより、「大々的に報道されないこと」を狙ったように思えるのだ。実際、今年1月に原材料価格の高騰による価格改定を発表した際は、マクドナルドは実に簡潔でわかりやすい表現で伝えている。

もし、マクドナルドが「プレスリリースの鉄則」どおり、「簡潔で、断定的で、わかりやすい表現」で今回の販売休止を発表したら、どうなっただろうか。

マクドナルドは、外食産業のなかで消費者に最もなじみのある企業だ。それゆえ、メディアは大々的に「ついにマクドナルドでも、卵不足で販売停止」と大々的に報じることになる。

そうなると、マクドナルドは「卵不足」の代名詞的存在になりかねない。「てりたま」を楽しみにしていた消費者の足はマクドナルドから遠のき、売り上げ全体に悪影響が及んだのは確実だ。

だが「店舗及び時間帯によって、たまごを使用した商品の販売を休止している場合がございます」という「シンプルではない表現」で発表されれば、メディアは「マクドナルドでも、ついに販売停止」とは打ちづらくなる。

「通常どおりに扱っている店舗」も数多く存在しているので、メディアは「販売休止」と断定的には書けず、「一部販売休止」という表現にとどまってしまう。加えて、とくにテレビは「どの店舗の、どの時間帯だと販売休止しているのか」「いつから、どの店舗で販売停止になるのか」といった詳細まで伝えにくいことも追い打ちをかける。

実際、マクドナルドの「鉄則とは真逆」の広報戦術は功を奏したようだ。記事データベース「日経テレコン」を検索すると、新聞は日経、朝日、毎日がいずれも小さな枠で報じたのみ。テレビも全国放送では、テレビ朝日『スーパーJチャンネル』とフジテレビ『めざましテレビ』『めざましどようび』が短く伝えただけだ。

「まったく報じられない」とまではいかなかったが、「日本の外食産業で最も注目される企業」マクドナルドの、「最も視聴者や読者に身近な商品である卵不足」による、「製品の販売休止」としては、扱いはかなり小さいものといえるだろう。

「鉄則」とあえて「真逆」の発表をすることで、扱いを最小化する。私も20年以上にわたって、メディア、そして広報支援に携わっているが、初めて見るパターンの成功事例だ。狙ったとすれば、かなり高度な広報戦術ではないか。

メディア対策を成功に導いた高度な広報戦術

さて、ここからは完全に私の推論となる。「通常と異なる、回りくどい表現のプレスリリースは、どのような経緯で生まれたのか」。その理由について、考えてみたい。

消費者からの問い合わせやクレームに直接対応する部門としては、「消費者から隠しているように思われるのも避けたいので、早々に発表してほしい」はずだ。広報としても「メディアから問い合わせが来ているので、早々に、淡々と、発表したい」ところだ。

だが、現場で売り上げ責任を担う事業部門としては、そう簡単にはいかないだろう。毎年人気のキャンペーンだけに、年間の売り上げ計画のなかでも、一定の割合を見込んでいたのは間違いない。テレビCMなど、大規模な出費を伴うキャンペーンを仕込んだ後でもある。

実際、まだ「全店舗で販売休止」するわけでもない。悪影響を最小限に抑えるため、販売停止の情報拡散は必要最低限にとどめたうえで、代替商品で「人気商品」の穴を埋めたいところではないか。

そういう意味で、大企業の関係部門の思惑が交差する微妙な接点で生まれたのが、今回の「特異な」プレスリリースのように思えるのだ。

昨今の卵不足に加え、大企業ゆえの社内調整の苦心の結果が、今回のプレスリリースだったのではないか……ということだが、いずれにしても、「法則」とは真逆を行くことでメディア対策を成功に導いた、かなり高度な広報戦術だったのは間違いないだろう。

(下矢 一良 : PR戦略コンサルタント)