2020年8月、追手門学院大学の元職員ら3人が、違法な退職強要を受けたとして大学などを提訴した。ジャーナリストの田中圭太郎さんは「表向きは『自律的キャリア形成研修』ということになっていたが、実態は退職強要だった。原告3人全員が労災認定を受けており、裁判の行方に注目が集まっている」という――。

※本稿は、田中圭太郎『ルポ 大学崩壊』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

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■「研修」の内容は人格否定のパワハラだった

「4年前の今日は、退職強要研修の最中でした。私は「四十数年のあなたの人生の天国と地獄を切り開いてきた深みや重さを全く感じない」「あなたのような腐ったミカンを追手門の中に置いておくわけにはいかない」「絶対にあなたは要らない」と一方的に人格を否定され、パニックになりました。長時間にわたって、参加者全員に人格否定の言葉が浴びせられるのを聞くのも辛かった。はっきり言って、あれは拷問です」

悔しさを滲ませながら語るのは、追手門学院に勤務していた40代の元職員だ。2016年8月に受講した追手門学院とコンサルタント会社ブレインアカデミーによる研修が原因で体調を崩して休職していたが、休職期間が満了したとして2020年8月に解雇された。

「あの研修と執行部との面談がきっかけでうつ病になりました。いまでも当時のことを思い出すと体が動かなくなります。何とか職場に戻ろうと思っていましたが、バッサリと切られてしまい、悔しいし、悲しいです」

元職員は解雇された直後の8月24日、同じ研修を受講して休職中の職員2人とともに、追手門学院と理事長の川原俊明氏、それにブレインアカデミーと講師の西條浩氏を相手取り、大阪地方裁判所に提訴した。違法な退職強要を受けたなどとして、慰謝料などの損害賠償を求めていて、2022年11月現在も大阪地裁での審理が続いている。損害賠償請求額は提訴時の約2200万円から、約3600万円に増額された。

この裁判は全国の学校法人関係者の間で注目を集めている。それは、追手門学院による「研修」があまりにも異常だったからだ。受講したのは提訴した3人だけではない。合計で18人が受講し、それぞれ大学や中学、高校などに勤務していた。「研修」とは名ばかりで、全員に対してパワーハラスメントとも言える人格否定の発言が浴びせられるなど、事実上の退職強要だった。

■昇進したばかりの職員も退職勧奨を受ける

発端は2016年6月だった。追手門学院の総務室長からすべての専任事務職員に対し、学院幹部による面談と指名研修を行うと通知があった。通知には「新キャンパスでの展開を考えると諸経費の増額が見込まれますが、学校経営を取り巻く厳しい社会状況において、(中略)「求められる職員像」に達していない方には、今後の職のあり方もご検討いただかなければなりません」と書かれていた。

その後、19人に対して指名研修を受講するようメールで通知があった。翌月、指名研修を受ける19人に対し、先行して執行部による面談が実施された。19人は「2017年3月末までにやめていただきたい」と退職勧奨を受ける。追手門学院大学の関係者は、退職勧奨が行われた背景を次のように解説する。

「2019年春に大学の新キャンパスをオープンすることもあり、大学側は人件費を削減し、財政の安定化を進めたかったのでしょう。19人のなかには管理職経験者や、昇進したばかりの人も含まれていました。19人の選定理由について、研修までに説明はありませんでした」

執行部による面談の後、1人は休職し、残る18人が「研修」を受けさせられる。8月22日から5日間の日程で、ブレインアカデミーの講師である西條浩氏による「自律的キャリア形成研修」が行われた。研修には、ブレインアカデミー代表取締役の今井茂氏や、追手門学院の常務理事や総務室長といった学院幹部、人事課長が適宜立ち合い、人事課の職員2人が常に同席していた。

■「もう要らんと言われたんだよ、あなた」

18人は大阪市内のビルの一室に集められる。カーテンによって薄暗くされた状態に置かれるなど、異様な雰囲気に参加者は不安になった。すると、開始早々、西條氏から厳しい言葉が発せられた。

「事前に執行部との打ち合わせのなかで再三再四確認しておりますけれども、原則として今回の18名全員が今年度末、来年の3月末の段階で残念ながら学院を退いていただきたい。例外なく、です。18人全員がね」

西條氏は「この研修はお勉強会的な教育研修ではない」と述べて、自らの指示を厳守することや、録音を禁止することなどを命じた。そこから参加者への人格否定が始まる。一人ひとりを全員の前に立たせて、「私の自己改革テーマ」を発表させ、西條氏がフィードバックする形式で進められた。そのフィードバックは苛烈なものだった。

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「まるで公開処刑だった」と受講した一人は証言する。元職員は当日体調が悪く、マスクをしていた。すると、「なぜマスクをしているのかわからない」と20分近く立たされ叱責(しっせき)される。さらに、全員の前で「あなたは腐ったミカンなんだよ。あなたのような人がいると組織全体が腐るんだ」と罵倒された。この調子で、初対面の全員に西條氏から厳しい言葉が投げかけられる。

「もう要らんと言われたんだよ、あなた」
「自分の職業人生の将来そのものに関して駄目出しをされたんですよ」
「その役割、存在感、影響力を全くと言っていいほど発揮していない」
「あなたはもう花が開かない」
「わが組織の中で、残念だけれども、もう要らないんだよ」
「あなたにはもうチャンスはやらない」
「あなたという存在は三月末で、失礼ながら、もう要らないんですと言われているわけですよ」
「賞味期限切れちゃったかな、○○さんは」
「負のオーラを発している」

西條氏の怒鳴り声が響き、水を飲むことも、トイレに行くことも憚られる雰囲気だった。

■10人が退職し3人が休職に追い込まれた

参加者の多くは頭痛や吐き気を起こすなど体調に異常をきたした。中には泣き出す職員もいた。しかし、同席していた追手門学院の人事課職員は止めるわけでもなく、ただ監視していただけだった。元職員はこう振り返る。

「人事課職員が5日間同席していたのに、1回も止めに入ろうとしなかったことに驚きました。自分以外の人に浴びせられるパワハラの言葉のシャワーを目の当たりにせざるを得ない状況に、とてもじゃないけれども耐えられませんでした。それでも5日間ひたすら我慢するしかなかった。誰も命を落とさなかったのが不思議なくらいです。なぜ研修をした講師は罪に問われないのでしょうか」

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退職強要「研修」をきっかけに、参加した多くの職員が体調を崩した。18人のうち9人は心療内科などにかかり、うつ病や不安神経症と診断されたり、薬の服用が必要になったりした。2017年3月末までに10人が退職し、提訴した3人のように休職に追い込まれた人もいた。

研修後にも執行部による面談が繰り返され、理事長室に呼ばれて「退職勧告書」を理事長から直接手渡されるなど、追い詰められていく。「退職勧告書」に書かれていたのは、人格否定とも言える言葉の羅列だった。

視野が狭く、論拠にデータの裏付けもなく、思考が浅く幼いと見え、向上心が見受けられないというのが不可の要素であるが、その不可の原因を自ら追求する姿勢も見られず、向上しようとする積極的な姿勢も見受けられない。物事の本質を理解する能力が欠落しており、自ら業務に関する研究をして業務に活かそうとの姿勢も見受けられないので、未だに全てに関して考えが稚拙であり(後略)。

■コンサルには退職者一人あたり100万円を支払っていた

一連の経緯から、川原氏ら追手門学院執行部とブレインアカデミーが連携して、パワハラと言える退職強要をした事実が浮かび上がる。さらに、「研修」によって職員を学院の意向に沿うように、退職もしくは職種変更させた場合、一人あたり100万円の成功報酬がブレインアカデミーに支払われる契約になっていることが、契約関係の書類などから明らかになった。

2016年8月の稟議書によると、「受講者に自律的キャリア形成への変化が認められた場合」、1人につき税込みで108万円を支払うことが記載されていた。言葉は選んでいるが、退職させることを指していると考えられる。また、「受講者が個別キャリア形成コンサルティングサービスに申し込みをされた場合」は、一人につき税込みで54万円を支払うと書かれている。これは、退職させて、ブレインアカデミーが紹介して再就職させた場合を指すのだろうか。

この「研修」に、追手門学院は最大3000万円強を予算外で用意したといった情報もあった。同年10月時点でのブレインアカデミーから追手門学院への請求書を見ると、実際にやりとりされた金額の一部を知ることができる。

■研修中に教員が太ももを平手で叩かれたことも

この時点では研修後に7人が退職を申し出ていた。請求書には「自律的キャリア形成支援プログラム費用7名分」700万円、「個別キャリア形成コンサルティングサービス費用1名分」50万円が計上され、最終的に講師の交通費や会場費なども含めて、割引などがされた上で約700万円を請求している。追手門学院からは少なくともこの700万円が支払われた可能性はある。

言うまでもないが、私立大学は高額な学費や国の補助金などを得て運営している。元職員は提訴後、改めて疑問を口にした。「教育ではなく、人権を侵害するような研修にお金が支払われることはいいのでしょうか。正常な形に戻ってほしい」

退職強要「研修」を行ったブレインアカデミーとは、どのような会社なのか。

代表取締役の今井茂氏は、米国サンダーバード国際経営大学院卒で、学校法人専門の人事コンサルタントとされている。今井氏はさらに、東京都千代田区内にあるブレインアカデミーが入居するビルに一般社団法人私学労務研究会を設立し、私立学校の経営層向けに「私学の労基署対策」などといったセミナーを開催している。年会費は12万円で、会員は全国100の学校法人に及ぶ。2022年11月現在、私学労務研究会は千代田区内の別の場所に移転し、別の人物が代表理事に就いている。

実は、追手門学院でのブレインアカデミーによる「研修」は、2016年8月が初めてではなかった。同年3月には、中学と高校の校長ら管理職10人を対象に、「当事者意識確立研修」が開かれていた。講師はやはり西條氏で、「あなたの目を見るとやる気を感じられない」などとネガティブな発言を繰り返し、ある教員に対しては「じっとしていなさい!」と平手で太ももを叩いたという。これにも学院幹部が同席していた。

■別の学校法人でも“研修”による大量解雇が問題に

翌年の2017年夏には、大学の教員に対しても西條氏による「研修」が行われている。さらに、ブレインアカデミーによる退職強要「研修」は、他の学校法人でも実施されていた。2015年11月、山口県下関市の梅光学院で中学と高校の教員を対象に「研修会」が開かれ、講師を務めたのはやはり西條氏だった。

罵倒や個人攻撃、人格否定を繰り返す手法は同じで、その後も個別カウンセリングなどが行われ、教員11人が辞表を提出した。梅光学院では他にも辞めた教員や、雇い止めされた大学の教員もいて、大量解雇が問題になり、生徒や学生への影響も懸念された。梅光学院には以前追手門学院に在籍した幹部職員がいたことも無関係ではないだろう。

2018年には追手門学院理事長の川原氏と、梅光学院学院長の樋口紀子氏によるセミナーを私学労務研究会が開催している。ブレインアカデミーと私学労務研究会が一体となってビジネスを展開しているかのようだ。

■「裁判をきっかけに食い止めたい」

退職強要を受けて追い詰められれば、泣き寝入りせざるを得ないケースのほうが多い。元職員はうつ病に苦しみ、被害から4年が経ってようやく自分の身に起きたことを受け止めることができたと話す。

田中圭太郎『ルポ 大学崩壊』(ちくま新書)

「同僚にも家族にも相談できないなかで、立ち上がるのに長い時間がかかりました。しかし、あの退職強要は、社会的に批判されないといけないと考えて立ち上がりました。学院には安全配慮義務があったはずです」

原告の職員の一人は、自分たち以外にもブレインアカデミーによる被害者がいることに憤りを感じている。

「ブレインアカデミーがやっていることが法的に許されるのであれば、他の教育機関にも広がっていくのではないでしょうか。他の学校や大学で発生しないように、裁判をきっかけに食い止めたい。それが、私たちが提訴に至った思いです」

■原告3人全員の労災が認められた

裁判が続くなか、2022年3月には行政による判断が出た。提訴している3人は、退職強要により精神疾患を発病したことについて労災の認定を請求していた。茨木労働基準監督署は、原告の1人でもある元職員の男性がうつ病になったのは、理事長や常務理事ら学院上部による面談や研修の場において、執拗(しつよう)な退職勧奨が行われたことが原因だとして、男性の労災を認定した。理由として、西條氏が研修で参加者に発した言葉を「退職勧奨とも人格否定とも言える発言」だと認めた。

その上で、研修初日の冒頭に総務室長が「講師に全委任をしている」と発言したことや、研修に人事課の職員が同席していたことから、西條氏の発言は委託した学院の意向に沿ったものだと判断している。また、原告の残る2人については、2021年3月に労災不支給決定が出ていたが、大阪労働者災害補償保険審査官はこの決定を2022年12月に取り消した。つまり、原告3人全員の労災が認められたのだ。

行政の判断が裁判にどのような影響を及ぼすのかが今後の焦点になっている。

※編集部註:追手門学院大学はプレジデントオンライン編集部の取材に対し、「係争手続きにもとづいて対応しており、回答は差し控えさせていただきます」とコメントしている。

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田中 圭太郎(たなか・けいたろう)
ジャーナリスト
1973年生まれ。大分県出身1997年、早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年からフリーランスとして独立。雑誌やWebメディアで大学の雇用崩壊、ガバナンス問題、アカハラ・パワハラなどの原稿を多数執筆する。著書に『パラリンピックと日本 知られざる60年史』(集英社)、『ルポ 大学崩壊』(ちくま新書)がある。
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(ジャーナリスト 田中 圭太郎)