これから日本の社会保障はどうなっていくのか。一橋大学名誉教授の野口悠紀雄さんは「私が行った試算では、社会保障の負担額は2040年までに4割増となり、収入の3分の1近くが社会保険料の支払いにあてられることになる。これでは現役世代の負担が重すぎる」という――。

※本稿は、野口悠紀雄『2040年の日本』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

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■20年後に社会保障費はどの程度増えるのか

社会保障給付の将来推計として、内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省が2018年5月に作成した資料がある(「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」、以下「政府見通し」という)。なお、社会保障の「給付」は年金、医療、福祉などから構成されており、「負担」は被保険者や事業主からの保険料と国からの公費などから構成されている。この資料は、社会保障の将来を考える上で貴重なものだ。しかし、いくつかの問題がある。

第一は、社会保障の負担率がどのようになるのかがはっきりしないことだ。

この見通しには、2018年度から2040年度までの社会保障給付や負担が示されている。「現状投影ケース」では、2040年度の給付も負担も、2018年度の約1.60倍になる。しかし、この数字からは、負担率などがどのように変化するかを掴むことができない。

仮に、高齢者増加のために、社会保障給付が60%増えるとしよう。賃金が変わらず負担者数も変わらなければ、一人当たりの負担は60%増える。だから、保険料率などを引き上げる必要がある。

しかし、賃金が60%増加すれば、負担率は不変に留められる。つまり、保険料率は、現行のままでよい。このように、経済成長率のいかんによって、社会保障制度の状況は、大きく変わるのである。第1章で述べたように、経済成長率が0.5%か1%かによって、数十年後の世界は、まるで違うものになるのだ。

■「ゼロ成長経済」において社会保障の負担はどうなるか

前記の政府見通しでは、賃金について、かなり高い伸び率が想定されている。2028年度以降は、2.5%だ。では、賃金をこのように上昇させることは可能だろうか?

毎月勤労統計調査によると、実質賃金指数(現金給与総額)は、2010年の106.8から2021年の100.0まで下落している。こうした状況を考慮すると、2028年度以降2.5%の賃金上昇率を想定するのは、楽観的すぎると考えざるをえない。検討の基礎としては、ゼロ成長経済を考えるべきだろう。

では、ゼロ成長経済において、社会保障給付や負担はどうなるだろうか?

前記の推計においては、社会保障の給付と負担について、実額の他に、GDPに対する比率が示されている。「現状投影ケース」の場合は、つぎのとおりだ。

・社会保障給付の対GDP比は、2018年度の21.5%から、2040年度の23.8〜24.0%へと、10.7(=23.8÷21.5−1)〜11.6%増加する。
・社会保障負担の対GDP比は、2018年度の20.8%から、2040年度の23.5〜23.7%へと、13.0〜13.9%増加する。

いま、社会保障給付や負担、そして賃金のGDPに対する比率は、物価上昇率や賃金上昇率、あるいは経済成長率がどうであっても、影響を受けないと仮定しよう。つまり、これらの変数の成長率は同じであるとしよう。

その場合には、ゼロ成長経済における社会保障給付や負担の対GDP比は、さきほど示した値と同じはずだ。したがって、さきほどの数字から、ゼロ成長経済における社会保障の姿を知ることができる(具体的な計算は、次ページで示す)。

■社会保障費負担の増加は避けられない

前述した政府見通しの第二の問題点は、代替的政策との比較がないことだ。人口高齢化への対応策として、原理的には、つぎの2つのケースが考えられる。

第一は、給付調整型だ。保険料率や税率を一定とし、年金や医療費の給付を切り下げる。第二は、負担調整型だ。現在の給付水準を維持し、それに必要なだけ国民の負担を引き上げる。

では、政府見通しは、このどちらなのだろうか? さきほど見たように、実額では、負担も給付も、どちらも約60%伸びる形になっているので、このいずれなのかを判別することができない。そこで、ゼロ成長経済を想定した場合に、一人当たりの給付や負担がどうなるかを見よう。

ここでは、計算を簡単化するため、「社会保障の受給者は65歳以上人口であり、費用を負担するのは15歳から64歳人口である」と単純化しよう。また、15歳から64歳人口のうち就業人口となる人の比率は、現在と変わらないものとする。

2018年から2040年までの人口の変化は、つぎのとおりだ(国立社会保障・人口問題研究所の中位推計)。

・15〜64歳人口は、7516万人から5978万人へと0.795倍になる
・65歳以上人口は、3561万人から3921万人へと1.101倍になる

先に見たゼロ成長経済における社会保障給付の対GDP費の増加率10.7%は、いま示した65歳以上人口の増加率(10.1%)とほとんど同じだ。つまり、政府推計では、65歳以上人口の増加率と同じ率で社会保障費が増える(つまり、一人当たり給付は、ほぼ現在の水準を維持する)とされていることになる。そして、それを賄うために、負担を増加させるのだ。

■試算では一人当たりの負担額は“4割増”になる

すでに見たように、負担は、全体で1.130〜1.139倍になる。そして、負担者が0.795倍になる。したがって、一人当たりの負担は、低くて42%増(1.130÷0.795=1.42)。高くて43%増(1.139÷0.795=1.43)だ。これは、驚くべき負担率の上昇だ。このような負担増が本当に実現できるだろうか? どう考えても無理なのではないだろうか?

給付は、全体で10.7〜12.1%増加になる。そして、受給者が1.101倍になる。したがって、一人当たりでは、低くて0.5%増(1.107÷1.101=1.005)、高くて、1.8%増(1.121÷1.101=1.108)だ。

このように、給付の切り下げはないと想定されている(むしろわずかだが、給付水準は上昇する)。このように、政府の見通しは明確に負担調整型だ。つまり、一人当たり給付は、現在とほぼ同じレベルを維持し、それに必要な財源を調達すると考えられていることになる。社会保障の負担を一定にするには、給付を4分の1削減するか、4割の負担増の必要がある

■サービスを調整すれば7割程度までカットされる

ここで、これまで見た政府見通しを離れて、原理的にありうる政策選択肢を考えてみよう。そして、具体的な姿がどうなるかを、2020年と2040年の比較において計算してみよう。

給付調整型の場合には、つぎのようになる。まず、先に示した人口構造変化の数字により、2040年における社会保障負担の原資は、労働力人口の減少に伴って、2018年に比べて5978÷7516=0.795倍になる。

したがって、65歳以上の一人当たり受給額は、それを高齢者人口の増加率で割って、現在の0.795÷1.101=0.722倍になる。つまり、社会保障制度による給付やサービスが、約4分の1だけカットされるわけだ。

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負担調整型の場合には、社会保障の給付は、高齢者人口の増加によって、現在の1.101倍になる。これを現在の0.795倍の就業者で負担するのだから、一人当たり負担額は、1.101÷0.795=1.38倍になる。つまり、4割程度の負担引き上げになる。

■収入の3分の1が社会保険料に消えていく

「負担が4割増える」と言っても、具体的なイメージを捉えにくいかもしれない。そこで、もう少し具体的な数字を示そう。

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総理府統計局「家計調査」によれば、2021年において、2人以上の勤労者世帯(全国平均)が負担する税・社会保険料は、月額で、直接税が4万7242円、社会保険料が6万5331円で、計11万2573円だ。勤め先収入55万973円に対する比率は、20.4%になる。

社会保障給付の財源としては、社会保険料の他に公費(税で賄われるもの)もあるので、税・社会保険料負担を問題としよう。「負担が4割増える」とは、11万2573円が15万7602円になり、勤め先収入に対する比率が、20.4%から28.6%になることだ。つまり、現在は収入の約5分の1であるものが、3分の1近くになるということであり、大きな負担増だ。

なお、2040年は「就職氷河期世代」と呼ばれる世代が退職を迎える頃だ(「就職氷河期世代」は1970年から1982年頃に生まれた世代であり、2022年で40歳から52歳であり、2040年には58歳から70歳になる)。「団塊ジュニア世代」とは、1971年から1974年頃に生まれた世代であり、「就職氷河期世代」に含まれる。彼らは、現在は48〜51歳であり、2040年には70歳前後になる。

■国民の負担引き上げの具体的手当てが議論されていない

政府見通しの第三の問題は、負担率を上げるための具体的手段が示されていないことだ。すでに見たように、政府が想定しているのは、負担調整型そのものだ。しかし、その実現のための手段を示していない。

後期高齢者医療保険の窓口負担を引き上げること以外には、具体的な制度改正が行なわれていない。これは、賃金の伸びを高く見ているために、保険料率の引き上げは必要ないと考えられているからだろう。

ただし、実際には賃金は上がらないだろう。負担率引き上げと言えば反対が起きることを恐れて、問題を隠蔽しているとしか考えようがない。実際には、賃金が上がらずに負担が増えるので、生活水準は低下する。労働力率を高めれば問題は緩和されるが、問題は残る。給付調整を考えるべきかどうかも、議論されるべきだろう。

■医療保険の自己負担率はどこまで上がるか

真面目に働いていれば、いつまでも「健康で文化的な生活」が送れるような社会が維持できることが望まれる。しかし、今後の日本で現実にそれが可能だろうか? 事態はそれほど簡単ではない。

後期高齢者医療費の自己負担率が現在のような率でよいのかどうかは、大いに疑問だ。いまと同じような医療を将来も受けられると思っている50歳前後の人は多いだろうが、そうはならない可能性のほうが高い。自己負担率引き上げの必要性は、後期高齢者だけに限られたものではない。現役世代についても、現在の3割負担で済むかどうか、分からない。

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NIRA(総合研究開発機構)は、後期高齢者医療費の自己負担割合の引き上げについて、アンケート調査を行なった。2022年3月に公表された結果では、66%が引き上げに賛成だった。NIRAは、「現役世代の負担が大きすぎて、医療制度が維持できなくなることへの危機感が多くの人びとで共有されている」ことの反映だと分析している。

また、「負担率を決める基準が所得だけでよいのか」との問題提起をしている。そして、「マイナンバーは金融資産にほとんど付番されていないため、金融資産の把握は難しい。しかし、一定の基準を決め、それ以上の金融資産を持っているかどうかを把握した上で、応能負担を決めるという工夫はできないだろうか」としている。

■年金の開始年齢引き上げで困窮者が急増する可能性も

公的年金の支給開始年齢は、現在65歳に向けて引き上げられている(2025年に完了)。しかし、65歳で終わりになる保証はない。70歳までの引き上げが必要になることはありうる。仮に、年金支給開始年齢が70歳に引き上げられれば、70歳までの生活は、年金に頼ることができない。企業が70歳までの雇用を認めるかどうかは、何とも分からない。仮に認めるとしても、賃金は著しく低水準にならざるを得ないだろう。

これによって影響を受けるのは、2025年において65歳となる人々以降だ。これは、1960年以降に生まれた人々だ。したがって、「団塊ジュニア世代」も「就職氷河期世代」も、この影響を受ける。この世代あたりから、非正規雇用が増える(なお、非正規雇用が多いのは、この世代に限ったことではない。それ以降の世代も同じように多い)。

現役時代に非正規である人は、退職金もごくわずかか、まったくない場合が多い。だから、老後生活を退職金に頼ることもできない。そうなると、生活保護の受給者が続出する可能性が高い。この問題については、拙著『野口悠紀雄の経済データ分析講座』(ダイヤモンド社、2019年)の第4章で詳細に論じたので、参照されたい。

■一刻も早い「資産所得への課税強化」が必要

野口悠紀雄『2040年の日本』(幻冬舎新書)

負担引き上げを行なう場合には、その財源をどう確保するかが重要な問題だ。社会保険料率の引き上げだけでなく、税負担率の引き上げも避けて通れない。この議論はまったく行なわれていないのだが、一刻も早く本格的な議論を始めることが必要だ。

その際、まず最初に必要なのは、現在の税制における大きな不公平を是正することだ。とりわけ、資産所得に対する課税が著しく軽減されている事態を改革する必要がある。岸田首相は、首相選の際には、資産課税の強化を提案した。しかし、株価の下落にあって、すぐさま撤回してしまった。そして、NISA(少額投資非課税制度)の拡充など、資産所得に対する課税を軽減するという、当初とはまったく逆の方向に転換してしまった。

税制調査会は、資産課税の強化を打ち出す方向で検討を始めた。本稿執筆時点において、結論がどうなるかは分からないが、強化の方向での進展を期待したい。

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野口 悠紀雄(のぐち・ゆきお)
一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問を歴任。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書に『「超」整理法』『「超」文章法』(ともに中公新書)、『財政危機の構造』(東洋経済新報社)、『バブルの経済学』(日本経済新聞社)、『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社)ほか多数。
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(一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄)