SNSによって人々は以前よりストレスを感じ、「本当の自分」がわからなくなってしまいます(写真:mits/PIXTA)

「明日のプレゼンはうまくいくだろうか」「昨日はあんなことを言ってしまった」など、私たちは日々、頭の中で話をしている。
このような「頭の中のひとりごと」(チャッター)はしばしば暴走し、あなたの脳を支配し、さまざまな問題を引き起こしてしまう。
一方、この「チャッター」をコントロールすることができれば、あなたは本来持っている能力を最大限に発揮できるという。
賢い人ほど陥りがちな「考えすぎ」をやめる方法とは何か? 今回、2022年11月に日本語版が刊行された、40カ国以上で刊行の世界的ベストセラー、『Chatter(チャッター):「頭の中のひとりごと」をコントロールし、最良の行動を導くための26の方法』について、脳神経外科医の菅原道仁氏に話を聞いた。前編に引き続いてお届けする。

チャッターが脳疲労を起こす


人間は、それ以上動くと故障してしまうというとき、最大出力が出ないように、あらかじめ脳がコントロールして、心拍数を上げたり、痛みを感じさせたり、体の疲労を感じさせたりするというアラームを発します。

これと同じで、ずっと脳を使って、内なる声「チャッター」としゃべりすぎていると、「疲れた」「やる気が出ない」という状態になってしまい、「脳疲労」を起こします。

自分のコントロールできない状況になると、人間はストレスを感じて疲れてしまいます。すると、やる気がなくなってパフォーマンスも落ちます。

脳疲労そのものは、昔からあることですが、特に現代は、情報があまりにも多くなり、しかも、ねたみ・そねみという類の感情が身近になりすぎています。

SNSのなかった時代は、大富豪の生活ぶりなんて見えませんでした。だから、自分が今いるコミュニティでの生活に満足できていました。

ところが現代は、ちょっとSNSをのぞくと、他人のきらきらした生活が見えてしまい、「なんで自分は不遇なのか」と感じてしまいます。

それは自分ではコントロールできないことですから、ストレスになっていきます。「親ガチャ」という表現が生まれたのも、自分ではコントロールできないものという意味がありますよね。

このような環境において、脳疲労が起きやすくなり、メンタル不調の人が増えているように感じます。

言葉にすることで感情が強まってしまう

脳疲労を起こすと、前頭葉のコントロールが利かなくなってしまいます。すると、本能のまま、感情を抑えられなくなり、攻撃的になったり、欲を抑えられなくなったりします。

お酒を飲みすぎると、怒りっぽくなる人もいるし、泣いてしまう人もいますが、それは、お酒によって前頭葉の機能が落ちて、感情がコントロールできない状態になるからです。

同じように、疲労しているときに、SNSに自分の感情を書いてしまうと、ますます感情を強化してしまうことがあります。昔は「ことだま」と言われましたが、口に出したり書いたりすることで、無意識下の優先順位が高まり、その言葉に自分が囚われて、ますます感情が強まってしまうのです。

感情を書くことが、すべて悪いというわけではありません。しっかり書き出して、そこから離れようと思えば、自分を第三者的に見ることもできます。

しかし、SNSの場合は、リアクションが何倍にもなって跳ね返ってくることがあるから、ストレスになってしまいます。

自分にとっては正義だと思っていても、それは、他人にとっての正義になるとは限りません。SNSでは、違う正義どうしの戦いが起きてしまうのです。

「善」か「悪」かではなく、「自分にとっての善」と「その人にとっての善」との戦いですから、どうしても対立になってしまいます。

『チャッター』には、日記を書くことで、問題からズームアウトし、自分の内なる声と対話するという「日記の効能」が紹介されていますが、これは、自分にしか見られないように日記を書きなさい、ということだと思います。

自分の意見をSNSで不特定多数に見せようとすると、「それはあなたの意見でしょ」と否定されかねませんが、自分で自分を客観的に分析したいなら、第三者に見せる必要はありません。ですから、自分だけの日記を書くというところがポイントでしょう。

「本当の自分」は青い鳥?

とはいえ、自分との距離をとるのはなかなか難しいことですよね。いろんな成功モデルがあふれていますし、失敗した人を見て不安になることもあり、本当の自分が見えなくなってしまいます。

僕は、「本当の自分」なんて存在するのかな、ということもよく考えます。どこかに「本当の自分」があるのではないかと思い、自分探しをしたところで、それは青い鳥のようなものなのではないか――。

自分探しは、「自分を探す」ということにとらわれている状態でもあります。それが高じて、「自分のいる職場はここじゃない」と思い込み、転職をくり返す思考につながることもあります。

月並みな言葉ですが、やはり、バランス感覚が大切でしょう。そのためにも、チャッターをコントロールすることが重要となってきます。

一方、客観視というものも、やりすぎると、1つのことに集中できなくなってしまいます。そういうときは、「足るを知る」。これがいい言葉だと思いますね。

自己との対話はとても大事です。自分がなにをしたいのか、どこにいるのか、まわりに振り回されず、つねに現在地を知り、自分軸を持つ必要があります。

SNSの時代は、他人の価値観に振り回されることがよくあります。『チャッター』は、それによって内なる声がわき出て邪魔をするということと、それに対処するためのテクニックを紹介していますが、結局のところ、「しっかりと自分を持ちましょう」ということを語っている本なのだと感じました。

重要なのは「自分がどうしたいのか」

内なる声は、心の中の物語であり、自分のアイデンティティを構築していくためにも役立つものだということが書かれています。グローバルに活躍していくためにも、民族的なアイデンティティを超えて、個人として自分がどうしたいのかという感覚を養うことが大切です。

かつては、いい学校を出て、いい会社に就職してという敷かれたレールの上を歩む時代でした。そして、現在は、「多様性」とはいわれますが、実際には「誰かの意見の多様性」にすぎず、実は、他人の価値観を生きている人が多いと感じます。

多くの情報のなかで、それに乗っ取られやすくなっていますよと警鐘を鳴らし、自己を見つめ直そうと提唱されている、それが『チャッター』を書かれたイーサン・クロス氏の伝えたいことだと僕は思っています。

(構成/泉美木蘭)

(菅原 道仁 : 脳神経外科医・菅原脳神経外科クリニック院長)