「チームビルディング」の専門家・福富信也氏が見たカタールW杯日本代表の躍進

 ベスト8の目標にはたどり着けなかったものの、カタール・ワールドカップ(W杯)で下馬評を覆す躍進を遂げた日本代表。苦戦が予想されながらも、日本はなぜドイツ、スペインを撃破するアップセットを演じられたのか。日本サッカー協会公認指導者S級ライセンスで講師を務め、Jリーグトップチームやサッカー年代別日本代表への「チームビルディング」の指導を行う福富信也氏に、独自の視点から森保ジャパンの躍進の理由を探ってもらった。(取材・構成=原山 裕平)

 ◇ ◇ ◇

 一般的に、チームスポーツで議論されやすいのは技術・戦術的な部分です。日々のトレーニングも技術・戦術的な確認に多くの時間を割きます。一方で、選手のマインドセットや一体感の醸成については、これまであまり議論されてきませんでした。私は、技術・戦術的な部分を「やり方」、マインドセットや一体感、つまりチームの価値観に関わる部分を「在り方」と表現しています。「やり方」は相手によっては通用しないことが多々あります。とりわけ格上相手には、上手くいかないことが多いでしょう。しかし、「在り方」は自分たち次第。格上相手にも貫ける部分です。

 実は負けた後の姿こそが、チームの本当の姿だと思っています。困難や葛藤への向き合い方など、「チームとしての価値観=在り方」が確立されていないと、負けた時に愚痴、不満、感情の吐き捨て、文句、犯人探し、黙り込みが起きます。それはチームの決定事項に対して、メンバーの納得感が低かったからだと思います。カタールW杯でのドイツは、初戦で日本に負けた後に不協和音が出てきました。在り方が確立されていないと、上手くいかない時に不満が爆発するものです。

 一方で在り方が確立されているチームでは、仮にチーム内で意見が分かれたとしても、困難や葛藤さえもパワーに変えようとする姿勢を持っているため、対話を重ねて納得解を導き出そうとします。そのうえで負けたのなら、悔しさこそあれど、メンバー同士お互いに称え合えるはずです。森保ジャパンに関して言えば、敗戦後の振る舞いを見る限り、間違いなく後者であったと言えます。そして、その在り方こそが日本代表の躍進の1つの要因だったと考えています。

 森保監督が率いた日本代表は、フラットな関係性が築かれていたと推察されます。監督がすべての物事を独裁的に決めるのではなく、みんなが当事者意識を持って率直に言い合える集団だったのではないでしょうか。そして、意見が食い違ったとしても、化学反応を起こす力があったように感じます。

選手を巻き込み「納得解」を導き出す方法でチームを動かす

 私はそれを「絵具効果」と言っています。例えば、赤か青かで意見が対立した時に、いずれか1つを採用する二者択一の選び方だけでなく、「紫もできるよね」と、なるべくみんなが納得するような形を模索する。皆が納得する第3案を捻り出そうとする姿勢があると納得感が高くなります。森保監督はそういうチーム作りをしていたはずです。

 なぜ森保監督がそのように振る舞えていたかと言えば、監督という「ポジション」「威厳」を守ろうとしているのではなく、監督という「役割」を果たそうという強い意思を持っていたからにほかなりません。日本が1つでも上に行くために何をすべきか。保身ではなく最善を選んだということだと思います。

 チームが動いていく時には、次の4つの要素が作用し合っています。

[1]リーダーによるリーダーシップ
[2]リーダーによるフォロワーシップ
[3]フォロワーによるフォロワーシップ
[4]フォロワーによるリーダーシップ

[1]はグイグイと引っ張っていくタイプのリーダーシップです。[2]はリーダーとしての権限を最大限に生かしながら、フォロワーの意見を後方支援するような行動です。[3]は、リーダーの指示を忠実に実行する典型的なフォロワーシップです。そして[4]は積極的に働きかけてリーダーを動かしていくような行動です。そして森保ジャパンのチーム作りの根幹は、[2]と[4]のバランスによって成り立っていたということが窺えます。

 監督は大きな方針を提示し、その範囲内で選手が積極的に提案し、監督は意見を吸い上げて、調整し、決断する。その関係性が森保ジャパンでは上手く機能していたように思います。

 監督なのだから、自らの考えを貫き、強烈なリーダーシップを発揮してチームを率いるべきだという意見もあるでしょう。しかし、監督は当然ながら、全知全能ではありません。どんな時でもパッと最適解を出せるリーダーは稀でしょう。森保監督は、選手も巻き込んで納得解を作り上げるという方法でチームを機能させました。カタール大会で劇的な大金星を挙げたスペイン戦の背景には、直前で鎌田選手からの戦術提案があったという記事を読みました。

 これはスポーツだけではなく、ビジネスの世界でも同じことです。一見頼りないと思われるかもしれないですが、メンバーの意見に耳を傾けて納得解を導き出すということは、独裁のような予定調和が通用しません。調整力、柔軟性、決断力を合わせ持ったリーダーだからこそ成し得ることなのです。とはいえ、すべての意見を採用することは不可能なので、このタイプの監督にはブレない軸(判断基準)と、不採用になった意見への丁寧な対応が必須となります。それができなければ不満分子を増やし、結果として監督自身の首を絞めることになるからです。

森保ジャパンには多様性だけでなく同質性もあった

 一般的に、チーム作りには多様性が重要と言われます。しかし、森保ジャパンを見て気づかされたのは、多様性だけではなく同質性も重要だということでした。

 2014年のブラジルW杯の際、記者会見に臨んだ今野泰幸選手が「ビッグクラブに在籍する選手と一緒にプレーできるのは光栄だ」という趣旨の発言をした際、当時ACミランに所属していた本田圭佑選手が「チームメイトを憧れみたいな気持ちで見てもらっては困る」と苦言を呈したことがありました。このやり取りを見る限り、当時の代表チームには意識の差や所属リーグのレベル差があり、ある意味で同質性が担保されていなかったことが窺えます。一方で今回の代表チームには、所属リーグのレベルはもちろん、思考レベルや価値観などにおいて同質性が感じられました。もちろん、ほとんどの選手がヨーロッパのクラブでプレーしていることが要因の1つですが、同質性が担保されているからこそ、同じ視座で率直にディスカッションできたのだと思います。

 おそらく、森保監督はそういう選手を選んだのだと思います。戦術的な部分(やり方)だけではなく、チームの価値観に共感し、ポジティブ思考の持ち主で、建設的な考えができるなど、「在り方」についても重視したはずです。試合に出られなければ不貞腐れたり、ネガティブ発言をしたり、チーム批判したりするような選手たちではチームワークは実現しません。また、理想的な振る舞いができるベテランの存在がチームを引き締めてくれます。それがチームの「在り方」を構築する秘訣だと思います。

 メンバー選考で言えば、26人中19人がW杯初出場であったことも、1つのポイントだったように思います。ただし初出場組は攻撃陣に多く、経験のある選手は守備陣に多かった。その選考もまた、カタールでの躍進につながったと思います。

 やはり前線の選手は野心を備え、臆することなく限界を打ち破ろうとする強い姿勢が必要です。陸上の為末大さんの『限界の正体』という本に、経験者ほど限界を作りやすいということが書かれています。W杯に何度も出ているベテランは、ベスト8は簡単ではないと思い込みすぎて、自ら限界を作ってしまう可能性があります。日常からヨーロッパでハイレベルなリーグを戦っている自信に加え、W杯初出場だからこそ先入観なく大胆になれる。そういう意味で攻撃陣に若手を多く起用し、守備陣は経験豊富な選手が中心となってチームを落ち着かせていく。そのバランスを考慮した選考だったのかもしれません。26人の選考こそが、森保監督にとって最大の決断だったはずです。

森保監督は「リーダーによるフォロワーシップ」を発揮できる

 森保監督のようなリーダーを端的に表すのなら、「非カリスマ型」になるでしょうか。リーダーによるフォロワーシップを発揮できるところが、森保監督の強みだと思います。

 世の中には具体の世界で生きている人と、抽象の世界で生きている人に分かれます。そして森保さんは後者だろうと思います。1つひとつの現象を細かく具体的に指示するよりも、「こういうチームでありたい」というシンプルで抽象的な原則を示し、そこに向かって各々が具体的に何をすべきかを考えることでチーム作りが進められたように感じます。原則や大枠のルールは作るけど、あとは選手の考えを尊重する。具体的に何をすべきかをイメージできる選手じゃないと、おそらく対応できなかったはずです。

 森保監督が出演していたテレビ番組で、試合中に予想外のことが起きた時はどうするのか、と問われた際には「私は常に“良い守備から良い攻撃”と言っているので、まずは良い守備に立ち返ります」と話していました。

 自分が作った原理原則に常に忠実に生きている人なのでしょう。だから、ブレないんです。そこが森保監督の最大の魅力であり、強みであると感じます。

 監督の続投が決定し、森保監督は次のW杯も目指すことになりました。すでに、「在り方」の構築が非常に巧みであることは証明されました。今度は「やり方」という部分も求められてくるはずです。

 実は2010年大会の岡田監督、22年大会の森保監督ともに、選手からの直前の戦術提案を採用して功を奏しました。厳しいことを言えば、選手からの提案が出てくるか、出てこないか、これは偶然に支配されていると言わざるを得ません。提案を採用できれば選手の納得感は高まり結果につながりやすいですが、もしも選手から提案が出てこなかった時はどうするのか。そんな時こそ、監督の引き出しが試されます。「このやり方でいこう」という最適解が用意されていることが必要なのです。

 決してトップダウンが悪いわけではありません。選手たちが考え抜いても納得のいく意見が出なかった時は、手遅れにならないギリギリのラインを見極めて監督が引き取り、最適解を提示する。すがるほど欲しかった最適解を示された選手たちは「それで行くしかない」となり、団結につながります。つまり、トップダウンは使い方と発動のタイミングが重要なのです。いつもトップダウンだと、選手は自分で考えなくなりますから。

状況によって「関わり方を変えられる人」が理想的なリーダー

 理想的なリーダーとは、状況に応じて関わり方を変えられる人ではないでしょうか。

 つまり、リーダーによるリーダーシップと、リーダーによるフォロワーシップを上手く使い分けてチームをスパイラルアップさせていくわけです。メンバーがやる気になっていると感じたら、黒子に徹して後方支援する。上手くいかない時は選手同士の積極的な対話を促し、納得解を提案してもらう。選手だけでは納得解に辿り着かない時は、手遅れになる前に監督が引き取りトップダウンで最適解(やり方)を提示し、強烈なリーダーシップでグイグイ牽引していく。

 選手個々のレベルアップが最重要という前提はありますが、チームとしての「やり方」「在り方」、これらが両輪となって2026年W杯でのベスト8進出を期待したいと思います。

■福富 信也(ふくとみ・しんや)

 東京電機大学理工学部所属。1980年3月生まれ。信州大学大学院教育学研究科修了(教育学修士)。横浜F・マリノスコーチを経て、2011年から東京電機大学理工学部に教員として着任(サッカー部監督兼務)。日本サッカー協会公認指導者S級ライセンスで講師を務め、北海道コンサドーレ札幌(16〜17年)やヴィッセル神戸(18〜19年)などJリーグのトップチームや年代別日本代表で、組織論やチームビルディングに基づく指導を行ってきた。またサッカー界のみならず、大企業から中小企業まで幅広い研修実績を持っている。主な著書に『スポーツで役立つチームワークの強化書』(KANZEN)、『脱 トップダウン思考』(東京法令出版)。

(原山 裕平 / Yuhei Harayama)