「偉そう」で成功を収めているかのように見える人は確かにいます。しかし、彼らが豊かで愉快な人間関係を構築できているとは思えません。老人医療に詳しい精神科医の和田秀樹氏が著書『70歳からの老けない生き方』(リベラル社)で解説します。
「偉そうな人」は他人から好かれない
■「初心者」「素人」である自分を受け入れる
「自分をいつでも『素人』『初心者』と思えること」
人生の後半期を豊かなものにしたいと願うなら、忘れてはならないことです。そう簡単なことではないかもしれません。曲がりなりにも、社会人、家庭人として成果を積み上げてきた年代にとっては、自分のキャリアに対する自負をいったん脇に置かなければならないからです。
そのためには「謙虚」とか「誠実」というスタンスが必要になりますが、これがなかなか難しい。頭ではわかっていても、です。特に現役時代に会社の利益に大きく貢献したり、それなりの地位についていたり、名声を得たりした人にとっては、ちょっとハードルの高さを感じるかもしれません。
長年「社長」「部長」と呼ばれ続けた人が「××さん」と呼ばれることに甘んじなければならないのですから……。
しかし、新しいステージでの充実した人生の展開を望むなら、それを楽しむくらいの気持ちが必要です。「先生といわれるほどの馬鹿でなし」ならぬ「社長、部長といわれるほどの馬鹿でなし」の気概で「さん付け」を楽しめばいいのです。会社の人間関係と縁が切れて変なしがらみは一掃できる、気楽になったと喜びましょう。
かくいう私も「先生」と呼ばれる機会は多いのですが、それは私が生業にしている世界の慣習なのであえて「やめてくれ」とは言いません。言えばかえって波風を立てることになりかねませんから受け入れていますが、「和田さん」と呼ばれたとしても、私はけっして不快な気分にはなったりはしません。
実際、映画監督協会の会合などではみなさんから「和田さん」と呼ばれていますし、映画監督としてのキャリアから考えれば当然のことです。
私自身、映画作りに情熱を燃やし、これまでも劇場公開された映画の監督を5本手がけました。そのため、日本映画監督協会の一員ですが、錚々たるメンバーの中では、いわば末席の身です。協会のイベントなどでは裏方仕事もやりますが、私は楽しくて仕方ありません。
テレビ番組などでも、直接的な師弟関係でもないのに、だれかれかまわず呼び捨てにしたり、君付けをしたがったりする人がいますが、見ていて愉快なものではありません。
賢い人は、わけもなく君付けにされても、軽く受け流しています。そうした関係を見ていると感じるのですが、「偉そうな人」は賢い人ばかりか多くの人から疎まれる存在になっていきます。いい人間関係が損なわれ、さまざまな情報収集の機会も閉ざされてしまいます。その結果、誰からも相手にされなくなったり、ときには大きな過ちを犯したりすることになってしまいます。
「偉そうな人」はいろいろな世界にいますが、他人から好かれることはまずありません。
そうした人のセカンドステージは寂しいものです。
定年後を成功している人は何が違うのか?
■周りから敬愛される人間、されない人間
「士族の商法」という言葉があります。
明治維新後、特権的な立場を失った旧武士が商売を始めるのですが、一部を除いてほとんどが失敗してしまいます。ご存じの通り「士族の商法」はこれを揶揄した言葉です。彼らは時代の大変化に対応できず、偉そうに振る舞いました。少し前までは身分が劣るとされた農業、工業、商業の従事者が、「お客さま」であることを受け入れられなかったわけです。それでは、ビジネスがうまくいくわけがありません。
笑い話のようですが、けっして他人事ではありません。
「先生」「社長」などと崇められ、誰にも頭を下げたことのない人間が、地位を退いた後も同じマインドでセカンドステージに臨んだために失敗した例をよく耳にします。
大学の医学部教授を定年で退いた後、クリニックを開業したものの失敗したとか、サラリーマン社長が起業したけれども頼りにしていた下請け企業や取引業社にソッポを向かれてあえなく倒産など枚挙にいとまがありません。「自分に比べれば地位、能力、実績の劣った人間が成功しているのだから」と安易にトライしたわけです。
しかし、成功者と比較すると、新しいステージにトライするための決断の時期、マインドの強さ、そして準備の周到さにおいて、雲泥の差があります。
成功する人はひと言でいえば、確かな助走を経て踏み切っているのです。
成功者はなによりも「素人」「初心者」としてのマインドで新しいステージに乗り出したのです。
「『偉そう』を捨て、謙虚に誠実に」などというと、きわめて抽象的な物言いになってしまいますが、仕事で成功を収めたり、豊かで愉快な人間関係を築いたりするためには、忘れてはならないポイントです。
政治家、実業家、文化人、芸能人はもちろん、一般の社会においても「偉そう」で成功を収めているかのように見える人は確かにいます。しかし、彼らが豊かで愉快な人間関係を紡いでいるとは思えません。なぜなら、彼らは周りから敬愛されていないからです。
打算、忖度だけに囲まれた人生を送った人間がラストステージで見る風景は、殺伐としたものなのではないでしょうか。
和田 秀樹
ルネクリニック東京院 院長
外部リンク幻冬舎ゴールドオンライン