2020年2月10日に発売した現行モデルのヤリス(写真:トヨタ自動車)

日本自動車販売協会連合会の統計によると、昨年2022年1〜12月の年間乗用車販売台数において、トヨタ「ヤリス」が1位になった。上位10位のなかに、トヨタ車は7台入っており、圧倒的なトヨタの強さが際立つ。そのなかで、小型車のヤリスが1位を獲得したのである。

SUV「ヤリス クロス」の存在も大きい


2020年8月31日に発売されたSUVモデル「ヤリス クロス」(写真:トヨタ自動車)

ヤリスといえば、5ナンバーの小型ハッチバック車の印象があるが、この販売統計では、SUV(スポーツ多目的車)の「ヤリス クロス」と、スポーツ仕様の「GRヤリス」も台数に含まれている。その内訳は、トヨタ広報部によれば、ハッチバック車のヤリスが49.1%、SUVのヤリス クロスが49.0%、そしてスポーツ仕様のGRヤリスが1.8%となる。合計での比率が99.9%になるのは、端数を切り落としているためだ。

内訳から、近年のSUV人気によって、ヤリス クロスの存在が大きいことが見えてくる。ハッチバック車の販売台数は、トヨタ広報部によれば約8万2800台で、単体で考えた場合、競合の1台と思われる日産「ノート」の約11万台におよばない。そこにヤリスの名を冠したヤリス クロスが加わることで、年間1位の成績を残したことになる。


セダンやツーリングワゴン、コンパクト、そしてSUVまで取りそろえるカローラシリーズ(写真:トヨタ自動車)

この傾向は、年間販売台数で2位となった「カローラ」も同様だ。そこには、カローラのほか、SUVの「カローラ クロス」の台数が含まれ、またカローラ自体にも、4ドアセダンとステーションワゴン、そしてカローラスポーツの選択肢がある。こうした車種構成は、トヨタに限ったことではなく、ノートの台数にも、5ナンバー車のノートと、3ナンバー車になる「ノートオーラ」が両方含まれている。


ヤリスのインテリア(写真:トヨタ自動車)

ヤリスに話を戻せば、好調の理由をトヨタ広報は「小型車のメリット(低燃費、とくにハイブリッドモデル、取りまわしのよさ)と、上級車種にも肩を並べる走りの性能や乗り心地を両立させていること。さらに安全性能・機能が充実していること。またスペースの充実したヤリス クロスと、スタイリッシュさにもこだわったハッチバックの双方をラインナップし、お客様のご要望にお応えしていること」などと分析している。

ガソリンエンジン車とハイブリッド車の比率


ヤリスのリアビュー(写真:トヨタ自動車)

そのうえで、販売実績の内訳をさらに見てみると、ハッチバック車は半数以上の55.7%がガソリンエンジン車で、残りがハイブリッド車(HV)となっている。これに対し、ヤリス クロスはガソリン車の比率が26.8%で、HVのほうが70%以上という割合だ。

ヤリスのガソリンエンジン車は、147万〜200.8万円の価格帯(いずれも2WD/前輪駆動車)で、HVになると201.3万〜235万円の価格帯(同様)となる。HVを選ぼうとすると、ガソリンエンジン車の最上級グレードと同等の値段になってしまう。


ヤリス クロスのインテリア(写真:トヨタ自動車)

一方のヤリス クロスは、ガソリンエンジン車が189.6万〜233.1万円の価格帯(いずれも2WD/前輪駆動車)で、HVは228.4万〜270.5万円となる。ガソリンエンジン車の上級グレードを視野に入れた場合、HVも選択肢として入らなくはないという価格設定だ。ヤリス クロスのように購入車両価格にあまり差がなければ、HVのほうが燃料代でゆくゆくは得することもありえるだろう。

また、市場で見かけるハッチバック車の実態からすると、カーシェアリングやレンタカーでの利用も多く、そうした用途では、ガソリン代などの維持費を抑えられるHVより、車両価格の安いガソリンエンジン車の導入が事業機会を得やすいと考えられる。社用車としての利用においても、価格の安さは生産財としてみた場合に必須の条件だ。その点、HVのみに車種構成を絞ったノートは、価格面で苦戦するのではないかと事前の予測もあったが、ハッチバック車での台数比較でヤリスを上まわったノート人気が浮き彫りにもなってくる。

それでも、トヨタ広報が分析するように、車種の総力戦でヤリス人気を高める手法は、販売のトヨタと評されるゆえんでもあり、じつは2020年から3年連続でヤリスは年間1位を獲得し続けているのである。


2020年9月4日に投入されたスポーツ仕様のGRヤリス(写真:トヨタ)

5ナンバーの小型ハッチバック車として基本的な使い勝手のよさは当然ながら、ヤリス人気を支えるひとつが、外観の造形ではないか。

現行モデルでは、車名を国内向けヴィッツから世界統一のヤリスへ変更し、世界ラリー選手権(WRC)で活躍を続けるヤリスの雄姿を重ね合わせる消費者もあるだろう。必ずしもモータースポーツに興味は高くなくても、普段使う自分のクルマが、より精悍な魅力を発していることへの喜びは大きいに違いない。

さらにその印象を強めているのが、販売台数は3000台あまりに限られるが、GRヤリスの存在だ。ハッチバック車では、価格の手ごろさが大きな魅力のひとつといえるヤリスに、外観の造形が異なるスポーツ仕様をあえて設けるところは、トヨタの英断でもあるだろう。


名車として今も語り継がれるトヨタ2000GT(写真:トヨタ自動車)

トヨタは一般に、そつのない総合的なよさと手ごろな価格が特徴のメーカーと思われがちだが、ときに大胆な発想で挑戦する姿は過去にもあった。「トヨタスポーツ800」や「2000GT」、市販車にオーバーフェンダーを取り付けた「カローラレビン」や「スプリンタートレノ」、そのほか「セリカ」や「エスティマ」、ガルウィングドアの「セラ」など、ハッと心を躍らせるクルマを誕生させている。

せっかく大金を払って買うなら、格好いいクルマがよいに決まっている。

すべてのユーザーを見据えた装備の拡充


座席を回転させることで乗降性を高めたターンチルトシート(写真:トヨタ自動車)

同時にヤリスには、自動駐車を支援するアドバンスト パークや、運転席の乗降性を高めるターンチルトシート(座席を回転させて乗降性を高める)などの設定があり、運転は厭わなくても駐車が苦手であったり、女性など服装を気にする場合も裾が乱れず乗降できたりといった、不安を解消する装備の配慮がある。

総力戦であり、かつ全方位な車種構成や装備の設定が、ヤリスの人気を支えているといえるだろう。

そうしたなかで、ハッチバック車で、とくに人気を得ているガソリンエンジン車について、ひとつ気になる状況がある。トヨタは昨今、ガソリンエンジン車でアイドリングストップをやめているのだ。


ヤリスの走行イメージ(写真:トヨタ自動車)

その理由を技術者にたずねると、「エンジン再始動での遅れを嫌がるお客様がいる」ということであった。そのうえで、「環境基準は満たしている」との補足もあった。ほかにアイドリングストップは、専用の鉛酸バッテリーが必要で、交換の際に価格が高いという声が市場にもある。

しかし、エンジンの再始動の遅れを嫌がる顧客に対し、対策としてやめるという判断は、メーカーの技術者として残念な決断ではないか。顧客が嫌がらないアイドリングストップに改善、改良していくことこそ、技術者の本分であり、技術者魂が躍動する仕事の仕方ではないのか。

次に、環境基準に適合しているとのことだが、自然災害の甚大化が現実となっている今、国や地域の基準を満たしていればよいということではなく、できることは何でも取り組み、環境保護を進めることが求められているのではないか。

クルマが使われる地域によって、ことに都市部においては、発進と停止の繰り返しが多くなる傾向があり、そこでのアイドリングストップによる二酸化炭素排出量の削減効果はより大きくなるはずだ。さらに都市部では、排出ガスに含まれる有害物質の影響も懸念される。大気汚染防止の観点からも、停車しているときの無駄な排出ガス放出はなくすべきだ。

ナンバーワン車種だからこそ時代を創ってほしい

市場でも声のあがっている、アイドリングストップ用鉛酸バッテリーの価格は、それが現実であっても、環境保全に少しでも貢献することがすべての人々に求められている時代であり、それによってSDGs(持続可能な開発目標)も達成されていくはずだ。HVは高価で手に入れられない消費者も、ヤリスの魅力を味わいたいとガソリンエンジン車を選択することは構わない。しかし、それであるなら、2〜3年に1度の交換が想定されるバッテリーの価格くらいは環境への自己負担と考え、貢献することができないのだろうか。


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今、バッテリー代の数万円を節約しても、自然災害を自ら受ければ、そこからの復興に計り知れない費用がかかるだろう。他人ごとではない時代に私たちは生きているのであり、消費者自身はもちろん、メーカーもそこを啓蒙し行動を促すことこそ、業界の盟主であったり、年間販売台数1位のクルマであったりが示すべき姿勢ではないだろうか。

(御堀 直嗣 : モータージャーナリスト)