「次に付き合う人とは、結婚したい!」
そう思っていたのに、思いがけず始まりそうな恋愛は「結婚」からは程遠そう。
「今が楽しいから」という理由でとりあえず付き合うか、それとも将来を見据えて断るか…。
30過ぎたら、なかなか恋愛に没頭できないのが現状だ。
恋愛のゴールは、結婚だけですか?
そんな問いを持ちながら恋愛に奮闘する、末永結子・32歳の物語。
◆これまでのあらすじ
32歳広告代理店勤務の結子。仕事の失敗を4歳下の後輩・日向がフォローしてくれた。お礼にと食事をごちそうした結子は、日向に「付き合って」と告白されてしまい…。
▶前回:ゴールは結婚だけですか?:次付き合う人と結婚したいけど、好きになるのは結婚に向かない人ばかり…

Vol.2 3年ぶりの色恋に悩む女
『こちらこそ昨日はありがとう。打ち合わせの件、検討して連絡します』
結子は、日向からのサンクスカードに定型文的な返事を送った。
― 最近恋愛してなかったから、即答できなかったよ…。
画面を見つめなら、さまざまなことが結子の頭の中を駆け巡る。
昨年招待された大学の友人のガーデンウエディングや、職場の後輩のためのベイビーシャワー。数ヶ月後には妹も姉を差し置いて結婚してしまうことなど…。
浮かんでくるのは、結婚にまつわることばかり。
結子に彼がいたのは、3年前だ。長く付き合っていた彼と別れ、1人でいることに慣れ始めた頃にコロナが蔓延。そのままおひとり様状態が継続してしまったのだ。
実の母親からも「名前が末永結子なだけに、独身は…」と心配されている。
― 結婚はもちろんしたいけど。その前にとりあえず彼氏作らなきゃだし。といっても、社内恋愛とか面倒くさすぎるでしょ!
「どうしたんですか?ぼーっとして」
突然、背後から声をかけられ、結子はハッと顔を上げた。そこにいたのは、外出先から戻ったばかりの日向だった。
― えっ!?
結子は目だけキョロキョロと動かし、周囲を確認する。
さっきまで隣にいた同僚の楓は、いつのまにか席を外していて、昼休み中の社内は閑散としていた。
「コーヒーでも買いに行きませんか?」
不自然な結子に対し、日向はあくまで自然だ。
「いいけど…」
結子は、スマホを手に席を立つ。
「上着、持たないと寒いですよ」
社内の自動販売機のコーヒーだとばかり思っていた結子だが、日向に言われるがまま、HERNOのショートダウンを手に取った。
「で、いつ行きますか?ご飯食べに」
外に出ると、結子の半歩先を歩く日向が振り返って聞いた。
「えっと…ご飯行くのはいいんだけど、この前の話は…」
「別にすぐ返事くれ、なんて急かしてませんよ」
笑いながら、スターバックス コーヒーに入っていく日向の後ろを結子が追いかける。
「末永さんは、ホットのチャイ ティー ラテでよかったですか?」
「えっ?うん。でも、なんで?」
「会社でスタバを飲んでいるとき、いつもカップにCHのマークが。僕、学生の時、スタバでバイトしてたんで」
カップを2つ受け取ると、日向は空いている席を見つけ、先に掛けた。先に立ち去るわけにもいかず、結子は向かい合って座る。
「末永さん、僕のこと意外に意識してくれてるんですね。相手にされてないかと思ってました」
ズバリ言い当てられたかのようで、耳のあたりが火照ってくる。
「日向くんのことがどうこう、っていうより。恋愛関係が久しぶりすぎて、対応能力が著しく低下してるのよ」
結子はプイと横を向く。

「じゃあ、慣らしで僕と付き合うってのは、ちょうどいいじゃないですか」
「いや、そんな簡単に言われても…」
結子はようやく日向の方を見る。
「日向くんは気にならないの?同じ会社だし。私、あなたより4つも上だし…」
「同じ会社じゃないと知り合えなかったし、僕は、末永さんの年上っぽい感じがいいなあ、と思ってますよ」
― とはいっても、社内恋愛は何かとリスクがつきもの。この年で付き合ったら結婚とかも考えるし…。
付き合うにしても、断るにしても、両者納得の状態を目指して慎重にことを進めなければならない、と結子は思う。だから、そう簡単に付き合うなんて言えないのだ。
「それに、会社の人に知られたら、どう思われるか」
「他人にどう思われるかなんて考えたことありません。でも、そんなに気になるなら、バレないようにすればいいのでは?」
こうやって話していると、彼が生半可な気持ちではないのはよくわかる。
そして、結子自身も、ああ言えばこう返す彼の必死さを可愛いと思い始めてしまっている。
そんな結子の心の動きを日向も察している。
「今のところ僕は、末永さんに嫌われている訳ではなさそうなので、嫌がられない程度にお誘いします。
で、ご飯いつ行きますか?」
懲りない人なのか、一生懸命なのか。考えていると次第におかしくなってきて、結子は噴き出して笑った。
「いいけど、今週はバタバタしてるし、来週なら平日でも週末でも。ところで今週金曜日の打ち上げはくるの?」
「遅れて、参加予定です」
◆

金曜日。
予定より長引いてしまったミーティングの後、結子は大急ぎで表参道にある『やんも』に向かった。
先日完了したプロジェクトの打ち上げだ。
入り口の階段を下り、店に入ると小上がりには、すでにチームのメンバーたちが集まっていた。
「末永さん、お疲れさまです」
「うん、遅くなってごめんね」
すでに、刺身やさつま揚げをつまみに、軽く飲み始めていた。
「ハイボールください!」
結子がオーダーすると「やっぱ末永さん、糖質控えてるんですか?」と、ちゃちゃが入る。
「まあね。30超えたら、お酒はハイボール、お肉は赤身、食事はいつでも腹八分を心掛けないと体のラインに出るのよ」
結子がそう言うと入社2年目の女の子が「ええっ?人知れずそんな努力を?」と大袈裟に驚いている。
「そうですよね?我孫子(あびこ)さん」
「そうそう。40代の俺は、それにプラスして週2でパーソナルトレーニングね」
結子と同じくハイボールを注文した40代の男性上司が同調した。
「パーソナルでどんなことやってるんですか?」
聞いてほしそうな気配を察して、結子が尋ねる。
「主に加圧ね。日向が紹介してくれたジムなんだけど、体がみるみる変わった感じがするね。どう?わかる?」
「わかりますよ」と答えながら、日向の2文字に思わずドキッとしてしまう。
すると、入り口の方から「遅くなりました」と声がした。
「おっ!日向。今、パーソナルの話をしていたところなんだよ」
すっかり出来上がっている上司に日向は「続いてるんですね」とだけ言って、テーブルの端に腰を下ろした。
― よかった。日向くんとちょっと離れてて。
結子は内心ホッとした。
近くになっても、意識してしまって会話が続かないか、あるいは逆にあらぬことを喋り過ぎてしまうかのどちらかになるだろう。
「どした?末永。酒、強いはずなのに、今日は耳まで赤いな」
― えっ、うそ?我孫子に想定外の指摘をされ、結子はますます顔が火照るのを感じた。
「きっと年だな。お酒に弱くなったんじゃないのか?」
「そうなんですかね〜」
我孫子は口が悪いが、仕事の仕方に部下への思いやりを感じることがしょっちゅうある。
だから、失礼な発言も我孫子に言われると、結子はなんとなく流せてしまう。
「我孫子さん、失礼ですよー!社内で末永さんに憧れている女性社員は多いんですから」
後輩の女の子の咄嗟のフォローに、「ほんとにー?嬉しい」と結子は返す。
「末永さんみたいな人は、どんな人と付き合ってるんだろう、って昨日も同期と話していたばかりです。彼ってどんな方ですか?」

恋人がいる前提の発言をされるのは、悪い気はしない。だが、何も今日のこの場で聞かなくたって、と結子は思う。
「あー、今は彼、いないんだ」
テーブルの角の方を見ないようにしながら、答えた。
「いつからいないんですか?」
「3年前からかな」
日向が座っているのは、2人挟んだ斜め向かいだ。
― 別に聞こえちゃマズいわけじゃないけど…。
「やっぱ仕事が忙しくて別れたって感じですか?何年くらい付き合ってたんですか?」
結子は日向の方をチラ見すると、目の前に座っている後輩社員の雑談に付き合っているようだった。
「4年かな」
「じゃあ、末永さんは彼、募集中ってことですね!結婚願望ってあるんですか?」
後輩の質問は続いている。
酔いが回り、職場じゃ聞けないことも口から出てしまうのは仕方がない。
だが、何もここで言わなくても、と結子は思う。
だから、この話題をきっぱり終わらせたいあまり、心にもないことを口走ってしまう。
それも大声で。
「ない!そもそも彼なんていなくていいと思ってるから!」
しまった!と結子が思った時にはすでに遅かった。
― なんか気まずいかも…。
今の「答え」と思われたら後味悪過ぎ。気になってチラリと日向の方を見た。

一瞬目が合った。だが、途端彼の方から視線を外したのを結子は見逃さなかった。
「ちょっと外で電話してきます」
とりあえず酔いを冷まそうと結子は立ち上がり、店の外に出る。
「あーなんか、もう、帰りたくなってきた」
入り口を出てすぐの階段を上りながら結子はつぶやいた。
「僕もです。もう帰りたい」
すぐ後から、被せるように続く声に、結子は振り向いた。
「食事に誘っている女性に、彼氏いらないって言われるなんて…」
ふてくされた様子の日向。
「ごめん、社内の打ち上げだから!」
なぜか結子の口から、言い訳めいた言葉が飛び出した。
すると日向が嬉しそうに笑って言った。
「来週末、空けておいてくださいね」
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