貴方は、自分の意外な一面に戸惑った経験はないだろうか。
コインに表と裏があるように、人は或るとき突然、“もう1人の自分”に出会うことがある。
それは思わぬ窮地に立たされたときだったり、あるいは幸せの絶頂にいるときかも知れない。
……そして大抵、“彼ら”は人を蛇の道に誘うのだ。
今回は、28歳のOL・真帆が“もう1人の私”に出会うまでのストーリーを紹介する。
▶前回:20代で結婚したいのに、恋人と長続きしない…。27歳商社OLがぶち当たった婚活成就への壁

Vol.12 運命の出会いを果たした真帆(28)
― 2023年になっちゃったなぁ。
恵比寿駅構内のブルーボトルコーヒーで、窓辺のカウンター席から道行く人たちをぼんやりと眺める。
お正月ムードが終わり、いつの間にか当たり前の日常が戻ってきて、気づけば2月。街の至るところで「Valentine's Day」の文字が踊っていた。
― 今年は誰と過ごすんだろう。今のままだったら、ひとりぼっちのバレンタインになりそうだけど……。
昨年の10月、1年半交際していた恋人に振られた。
元彼の悠斗(30)は慶應大学のアメフト部出身。大手証券会社の営業をしている“THE・体育会系”のイケメンだった。
スポーツマンがタイプの私は、食事会で出会った彼に一目惚れ。向こうも初対面から私に好印象を抱いてくれたみたいで、2〜3回ほどのデートの後すぐに付き合うことになった。交際は順調で、このまますんなり結婚の流れになるだろうと思い込んでいた。
だがある日突然、一方的に別れを告げられたのだ。
どうやら彼より8歳も年下の、新卒の女と良い雰囲気になってしまったらしい。「他に好きな子ができた」と、彼は私の前から去った。
納得がいかなかった私は、別れたあとも彼にしつこくLINEを送ったし、家に押し掛けたこともあった。それでも彼の気持ちは変わらず、悲しみに暮れた私は昨年からずっと荒んだ生活を送っていた。
掃除をする気になれず部屋は常に散らかり放題。寂しさを紛らわそうと毎日のようにフラフラ飲み歩くようになり、結果、体調を崩して仕事も休みがちになった。
そんな私を見かねた友人が「いい加減に新しい出会いでも探せ」とマッチングアプリを勧めてくれて、これまでに十数人と会ってみたのだが……。
やっぱり、私は誰のことも好きになれない。悠斗とは、出会った瞬間恋に落ちたのに。
今日もこのあとランチデートの予定を入れているが、まったく乗り気じゃなかった。メッセージの段階ではちょっとだけ「アリかも」と思えるのだが、いざ対面してみると「悠斗のほうが良い」と感じてしまうのだ。
新しい男性と出会うたび、かえって悠斗の魅力を再認識させられるようで、私の心は辛くなる一方だった。
― どうせ今回もうまくいかないだろうけど、ドタキャンするのも忍びないし。そろそろ行くか……。
重い腰を上げ、店を出る。冷たい風が吹きすさび、待ち合わせのレストランへ行くのが余計に億劫になった。
― ちょっと早かったかな……。
駅からレストランまでは徒歩10分とあったが、思いのほか早く着きそうだ。待ち合わせの時間までは、あと15分ほど余裕がある。先に着いて待っているのは、なんだか“やる気満々”みたいで嫌だし、とはいえ時間まで外をうろうろするのは寒いから嫌だ。
どこか少しだけ立ち寄れそうな場所はないかと辺りを見回すと、目に飛び込んできたのは“ペットショップ”。動物好きな私は、その店に吸い寄せられて行った。
― そういえば、悠斗、結婚したら猫飼いたいって言ってたな……。
そんなことを考えながら、店のドアに手をかける。可愛い犬や猫たちを見て荒んだ心を癒やし、少しだけ暖を取らせてもらおうと店内に入った。
「……ん?」
最初に目についたのは、もっとも目立つところに置かれた大きなゲージ。中にはキャットタワーが設置されており、数匹の子猫が楽しそうにじゃれあっている。しかし、一匹だけゲージのすみで縮こまり、小刻みに震えている子がいた。
体調でも悪いのかと思いゲージを覗き込むと、その子猫と目があった。こぼれ落ちそうなほど大きな瞳は、どこか不安そうに揺れている。誰かに、助けを求めているかのような……。
「……連れて帰りたい」
無意識のうちに漏れ出ていた声に自分でも驚き、慌てて辺りを見回す。誰からも怪しまれてはいないようで、小さく胸をなでおろした。
子猫に視線を戻すと、その子はずっとこちらを見つめている。胸が締め付けられるような感覚だ。まるで恋のような、いや、恋よりももっと深く温かい感情が全身を駆け巡っていく。
― どうしよう、出会っちゃったかもしれない……運命の相手に。

結局その日、私は10分ほど遅刻してレストランに向かい、会話はすべて上の空。ずっとあの子猫のことばかり考えてしまい、全くデートは盛り上がらなかった(デート後に一応お礼のメッセージを送ったが、当然、返信はない)。
帰宅後、私はすぐに子猫の飼い方を調べた。あらかじめ準備するべきものや、一緒に暮らす上で気をつけなくてはいけないことを頭に叩き込む。
幸い、私が暮らす赤羽橋のマンションはペット可物件だったので、契約内容を変更すれば子猫の受け入れができることはわかった。
しかし同時に、今の荒んだ環境では、せっかく家族になった子猫を不幸にしてしまうかもしれないということも思い知ったのだ。
― あの子を迎えるために、変わらないと……。
2ヶ月後。
「ふわああ、モコたん、今日もおりこうさんでしゅねえ」
私はついに子猫を迎え入れた。
“自分を変えよう”と決心してから、数ヶ月間散らかし放題だった部屋を隅々まで掃除。夜の飲み歩きをやめ、子猫を迎え入れるための準備を大急ぎで行った。
そして、初めて出会った日から2週間後。あのペットショップへ再び足を運んだとき、この子はちゃんと私を待っていてくれたのだ。
子猫は、ふわふわもこもこの長毛種なので“モコ”と名付けた。安直なネーミングだが、モコは自分の名前だと理解しているのか、呼べば必ず何かしらの反応を見せてくれる。
本当に賢い子だ。世界一、賢い猫かもしれない。…なんて親バカな気分に浸るのも楽しかった。

「モコたん、ママはすぐにお仕事を済ませてくるから、そしたらまた遊ぼうねぇ」
モコをゲージに戻すと、悲痛な鳴き声が聞こえてくる。しかし、そこは心を鬼にしなければいけない。私はモコを養うためにも一生懸命働かなくてはいけないのだ。
早く仕事を終えてモコと遊びたいので、大急ぎで資料を作成する。リモートワークになって以降、夜遅くまでダラダラ仕事をしてしまうことが多かったが、モコが来てからはオンオフをしっかり切り分けられるようになった。
モコのために外食や飲み歩きを控え、自炊が中心になったので健康的になれた。痩せて、むくみもなくなり、モコのおかげか表情も明るくなったので「綺麗になったね」と言われることも増えた。
それに加えて、最近すごく良い出会いがあった。細々と続けていたマッチングアプリで猫好きの経営者男性とマッチングし、お互いの猫自慢で盛り上がり、久々に「また会いたい」と思えたのだ。ずっと過去にとらわれていた自分にとって、それはとても大きな一歩だった。
― モコと出会ってから、良いことばっかり。あの子は私の天使だったんだわ。一生、大切にしなきゃ。
スマホの待ち受けに映る可愛いモコを見て、思わず頬が緩む。しかしその画面は、突然のLINE通知によって塞がれた。
もしかしたら、いま気になっている猫好きの彼からの連絡かもしれない。少しの期待を胸にLINEを開くと、そこに表示されていた名前を見て心臓がドクンと跳ね上がった。
「ゆ、悠斗……?」
もう二度と連絡が来ることはないだろうと思っていた男からの、突然のメッセージ。急に、彼に執着していた頃の感情が蘇る。
― もしかして、私とよりを戻したいとか……? でも、まさか。
さまざまな想いを巡らせながら、恐る恐るメッセージを開く。すると。
『悠斗:久しぶり。元気してる?そういえばこの前、Facebook見たよ。猫飼ったんだね!羨ましいな〜。
でも、独身女子がペットなんて飼っちゃったら完全に婚期逃すぞ〜(笑)?まあ、良かったら今度飲みにでも行こうや』
メッセージを目にした瞬間、頭にカッと血が上っていくのを感じた。私は無心で文字を打ち込み、読み返すこともなく、勢いに任せて送信ボタンを押した。
『真帆:人の家族をペット呼ばわりしないで
あと、もう二度と連絡してこないで。サイテー男!』
「……ふーっ」
悠斗のアカウントをブロックし、スマホを閉じる。椅子の背もたれに身体を預け、天井を見上げた。
― 今まで何を言われても、悠斗のことが大好きだったから絶対に反抗なんてしなかったのに……まさか、こんなに怒れるなんて。
自分のこんな一面に驚きつつも、もう悠斗への未練はまったく残っていないことに心底安堵した。
それと同時に、それだけモコへの愛が強いことを再確認し、なんとなく幸せな気分にもなれた。
「よし、もうひと頑張りするか〜」
スマホをベッドに放り、PC画面に向き直る。一秒でも早く仕事を終わらせて、モコと遊びたい。頭の中は、もうモコのことでいっぱいだった。
▶NEXT:2月8日 木曜更新予定
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