1月29日、ロックバンド「シーナ&ザ・ロケッツ」のギタリスト・鮎川誠さんが膵臓がんのため亡くなった。74歳だった。

バンドのTwitterアカウントで発表された声明によると、昨年5月に膵臓がんが発覚し余命5カ月程と宣告を受けたという。しかし、闘病を明かさずにステージに立ち続けたといい、鮎川さんの強い思いがこう綴られた。

《みんなに心配をかけたくないという強い希望から一切病気を公表せず、ライブの合間に治療を続けながら全国ツアーを続行しました。「自分が死ぬまでの間に1本でも多くシーナ&ロケッツのライブをやりたい」と1本1本のライブに全身全霊を注ぎながら行なってきました》

福岡県出身の鮎川さんは1970年に柴山俊之(75)らと「サンハウス」を結成し、博多を軸とするロックシーン「めんたいロック」の草分け的存在として活躍。バンドが解散した1978年に、妻でボーカリストのシーナさん(享年61)と上京し「シーナ&ザ・ロケッツ」を結成。同年に『涙のハイウェイ』でデビューすると、翌1979年にリリースしたシングル『ユー・メイ・ドリーム』がJALのCMソングに起用され一躍ブレイクを果たした。

2015年2月に最愛の妻・シーナさんが子宮頸がんのため他界するも、シーナさんの遺志を継いで音楽活動を続けた鮎川さん。膵臓がん発覚後も、昨年11月に45周年記念ライブを開催するなど、生涯ロックスターとして輝き続けた。

そんな鮎川さんを偲ぶ声が広がるなか、生前の“意外な番組出演”が再注目されているのだ。

それは、2020年5月に放送された『探偵!ナイトスクープ』(朝日放送テレビ)。「亡き父にそっくりな鮎川誠さんに父の代わりをしてもらい、思いっきり甘えてみたい」という依頼者の元に、鮎川さんがサプライズ出演した回だった。

「依頼者の亡き父に扮した鮎川さんは、形見の着物に身を包んで家族とご飯を食べたり、“娘”をおんぶしたり。まるで本物の家族団らんのようでした。さらに、鮎川さんから『ここまでよく頑張ったね』と声をかけられた依頼者の母は大号泣。“顔が似ているだけ”であっても、鮎川さんは誠心誠意尽くして依頼者の夢を叶えたのでした。VTRを見た増田紗織アナウンサー(26)が号泣するなど、視聴者の間でも“感動の神回”として反響が相次ぎました」(テレビ誌ライター)

偉大なロッカーがバラエティ番組で垣間見せた“ギャップ”。ネット上では、改めて鮎川さんの優しい人柄を讃える声が広がっている。

《鮎川誠さん、探偵ナイトスクープではめちゃくちゃ泣かされたよ。。。素敵な人柄が滲み出ていたなぁ》
《鮎川誠さんといえば、最近では探偵ナイトスクープで、亡くなった旦那さんが鮎川さん似なので1日だけ旦那さんとして来て欲しいというのを見た。優しい方だなと思って拝見した。号泣回だったな。御冥福をお祈りします》
《ロッカーには尖ったイメージを持っていましたが、鮎川さんはクールなままでありながら亡きお父様(依頼者さんの)に寄せようとしており、依頼者さんご一家に優しく寄り添っておられました。素晴らしい回だったので、何度も録画を見てしまいました…》

鮎川さんが心を尽くした“神回”は、この先も語り伝えられることだろう。