兵庫県明石市は2020年の国勢調査で、全国の中核市(62市)の中で人口増加率1位になった。泉房穂市長は「市民にお金がない。お金がない時代だからこそ、行政が子どもにお金を使う。そうすればお金もまちも、すべてが回り始める」という――。

※本稿は、泉房穂『社会の変え方』(ライツ社)の第1章<「子どものまち」から始まる好循環>の一部を再編集したものです。

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■「子どもを応援しない社会に未来はない」

日本で生まれる子どもが減り始めたのは1982年。私が大学生のころです。教育学部で教育哲学を学び、「子どもを応援しない社会に未来はない」と論文に書きました。

残念ながら今もこの社会は、当時からほとんど変わっていません。40年以上、子どもはずっと減り続けています。少子化は加速し、長らく経済も停滞しています。その原因は、私たちの社会が子どもに冷たすぎるからだと思えてなりません。

2011年から、ついに総人口も本格的に減り始めました。そんな年の春に、私はようやく明石市長に就任。まずは「子ども」です。

■日本の政治はむしろ少子化を加速させている

どこもやらないなら、せめて明石市を子どもを応援するまちにしよう。

「こどもを核としたまちづくり」を掲げ、幅広く子ども・子育て施策を展開。子育ての経済的な負担を軽減する「5つの無料化」(注)もその1つです。

(注)18歳までの医療費、第2子以降の保育料、中学校の給食費、公共施設の遊び場、おむつ定期便(0才児見守り訪問)

たとえば医療費は、18才まで完全無料。市外の病院も無料、薬代も無料です。支払いはいりません。なぜなら、お金はすでに市民から先に税金や保険料で「預かっている」との認識だからです。

子どもを産みたいのにあきらめさせられる。未来を閉ざす社会が続いています。日本の政治は少子化対策でなく、むしろ少子化を加速させているとしか思えません。

市民の声、切実なニーズに応えるのが政治の役割です。

明石市では、子育てサービスを独自に無料化するだけでなく、困っている市民に「寄り添う」施策も順次拡大。国が動くのを待つことなく、子どもに関することは「あれも、これも、全部やる」。まちのみんなで子ども施策を進めてきました。

■全国62の中核市の中で人口増加率1位を達成

明石市の本気が口コミなどで伝わり、周辺から続々と子育て層が集まってきました。人口は過去最多となり、10年連続で増加。2020年の国勢調査では、全国の中核市(人口20万人以上の指定を受けた自治体)62市の中で、人口増加率が1位になりました。

誤解されがちですが、私はそもそも人口増論者ではありません。

人口を取り合うような発想でもなく、いかに市民一人ひとりが暮らしやすいまちをつくるかをベースにしています。子どものころから、冷たい社会を変え、やさしい社会をつくることを追い求めてきた立場です。明石のまちづくりが評価され、その結果として、人が集まっているに過ぎないとの認識です。

とはいえ日本全体でみると、人口減少は避けがたい流れ、少子化も歯止めがきかない状況です。それなのに、国もほとんどのまちも、いまだに子どもを放置している状況です。不十分な環境を変えるのは政治の役割。一刻も早く整備すべきと、国会などでも強く訴えてきました。

明石市は、まず子どもから始めました。

子育て層が増えると、まちは活気を取り戻します。商店街の売上は伸びる。新規出店も増える。住宅建設も続きます。地域経済も上向き、市の税収も増える。増えた財源は子どもだけでなく、障害者や高齢者、まちのみんなへの新たな施策につながります。

子どもから好循環が生まれ、回り始める。そのことを証明したのが明石のまちづくりです。

■閉店した駅前のダイエーが放置されたままのまちだった

明石市は大都市・神戸のとなりにある、コンパクトなまちです。南側には海が広がり、港では日本一のタコが揚がる。明石海峡の対岸は淡路島です。

写真=iStock.com/yasuhiroamano
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「神戸も大阪も近いし、家も安いから、人口増えるに決まってる」と言う方もいます。たしかに住むには好立地かもしれません。でも、それだけで人が動くとは考えていません。

私が市長に就任する前、中心市街地はまさに空洞化していました。明石駅前の一等地にあったダイエーが2005年に閉店した後、放置されたまま。さびれた地方のシャッター通りそのものでした。阪神・淡路大震災から市の財政は悪化しており、市の基金(貯金)はすでに2000年から毎年赤字続き、人口も減少傾向で、明石のまちは衰退しつつあったのです。

時代は変わっているのに、行政だけが漫然と従来のままなんて、ありえません。すべてが右肩上がりに成長する時代は終わりました。まちの未来、方針を決定するのは市長の権限、果たすべき大事な役割です。

まちの特性、プラスとなる良さをどう活かし、マイナスとなる弱みをどうクリアするか。私の方針は最初から明確でした。

■学ぶ、働く、遊ぶはあきらめた

海沿いの狭い市域に30万人が暮らすまちです。似た人口規模でも、市の広さが16倍強の青森市や18倍強の秋田市とは、立地も気候も、インフラ整備への考えやコストも違ってきます。

すぐ先の神戸、大阪、京都は大きな都市圏。学校も、お店も、企業も溢れかえっています。

大学を誘致しようにも、すでに有名校、伝統校が近隣にたくさんあります。企業を呼べる条件のいい立地でもありません。遊ぶのも、神戸で夜景を見ながらデートすればいいのです。いまさら競争を始めるのはリアリティがありません。

大学を誘致したい、企業を誘致したい、若者が集まるまちにしたい。

多くの政治家は地域の特性も考慮せず、いまだに「あれもこれもする」と言います。私はそのようなことは言いません。

今の時代の、明石という立地だからこそ、やるべき政策がある。極めて冷静に戦略を描いた結果、まず「子ども」から始めたのです。まちの優先度からすると「学ぶ」「働く」「遊ぶ」はある意味、あきらめる方針になりました。

明石市が置かれている現状から、18才で若者がいなくなるのも、ある程度は仕方がありません。22才ごろに就職でさらに出ていく。これも一定程度は仕方のないことです。当然、結婚は働きに出た先でしますから、そのまちで1人目の子育てを始める方がほとんどです。

■「2人目が欲しい」若いカップルの選択肢となりうるまちに

注目したのは、その後です。

「2人目が欲しい」となれば、不安も夢も広がります。「お金は大丈夫か」「仕事と育児を両立できるか」「そろそろ家を買いたい」「できれば1人に1つ、子ども部屋を用意してあげたい」。

写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz
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どこに住むか、どこで育てるか。その選択肢として挙がるまちにすればいいのです。

神戸はもちろん、西宮市や芦屋市といった周辺の高級住宅地よりも安く、同じ値段で、子ども部屋を1つ増やせる。海が近くて気候も温暖、子どもがのびのび遊べる環境がすでにある。

あとは、安心して子育てができるよう、国を待つことなく子育ての負担を軽減する政策があれば選ばれる。こうして明石市は「暮らす」「育てる」に特化しました。

事実、30才前後の子育て世帯が小さな子どもを連れて、続々と引っ越してきています。

私が他のまちの市長なら、別の方法を選ぶかもしれません。立地や特性で戦略が違うのは当然です。

■取り残された「若い中間層」にも光を当てる

国会にいたころ、フランスの少子化対策を学ぶ機会がありました。

家族手当や「高校までの学費無料」といったわかりやすい施策だけでなく、びっくりしたのは子どもの数が多いほど支援が手厚くなるよう、国が積極的に子育て支援をしていたことです。わかりやすいインセンティブを効かせれば、わかりやすく子どもは増える。ヨーロッパ最高水準の出生率に持ち直したことにも驚きました。

明石市長になり、5つの無料化などを順次導入し、「お金の不安」を軽減。合わせて、さまざまな寄り添う施策で「もしもの不安」も軽減。子育て層の「2つの不安」に本気で向き合ってきました。だからこそ、「安心して我が子を育てられるまち」として明石市が選ばれてきたのです。人はもしものときの安心がないと、お金だけでは動きません。

貧困対策は全国どこでもやっていますが、支援から取り残された中間層も苦しいのが今の日本です。分断せず中間層にも光を当てる。若い中間層は共働きが多く、明石に引っ越してきたら家を買い長く住まれる方がほとんどですから、税収増、新たな市民サービスの実施につながります。人が増えれば商売も繁盛、地域経済も潤うという戦略でもあります。

■行政が子どもにお金を使えば良い循環が生まれる

難しいことではありません。必要なのは、完全な「発想の転換」です。

最初に「事業者」を支援するのではなく、まずは「子ども」から支援する。「企業」でなく、消費者である「市民」の側から始めるからこそ経済が回り、持続可能な好循環につながります。

「子育てや教育にお金がかかりすぎる」「経済的な問題で子どもを持てない」との声が多いことは、国も全国調査で把握しています。

日本では1990年代から給与が上がらず、雇用もさらに不安定になっています。他の先進国では給与も物価も上昇しているのに、私たちの国は値上がりの一方で可処分所得が減り続けているわけですから、生活はますます苦しくなっています。

市民にお金がない。お金がない時代だからこそ、行政が子どもにお金を使う。そうすればお金もまちも、すべてが回り始めるのです。

■日本は「異様に子どもを大事にしていない国」

どうして「子ども」なのか。よく聞かれます。

「高齢者は?」「子どものいない人は放置?」それぞれ立場が違いますから、そう言いたくなるのもわかります。

子ども施策がよく注目されますが、明石市は高齢者も、障害者も、犯罪被害者にも全国トップクラスの施策を実施しています。決して、子どもだけではありません。まず「子どもから始めた」だけなのです。

それはなぜか。

私たちが暮らすこの日本が、異様に子どもを大事にしていない国だからです。

■「子どもの貧困」の原因は「政治の貧困」

弁護士になって間もないころ、児童虐待で亡くなった子どもに関わりました。「なんでこんな理不尽なことが放置されるんや!」と、感じた不条理は忘れません。その後、既存の法律を使う弁護士から、法律そのものの内容を変えていく国会議員になりました。

当時、子ども担当の官僚を呼ぼうとしたら、子どもに直接寄り添える担当はおらず、「親」にお金を配るのは厚生労働省、「先生」に給料を払うのは文部科学省、長期の「計画」は内閣府と、関係テーマで縦割りになっていました。それなのに当の「子ども」の声を聞く省庁はありません。トータルに子どもの立場に立つ担当は誰もいなかったのです。愕然としました。

ようやく2023年に「こども家庭庁」が設置されますが、お金の配分はもっと象徴的です。

私が大学生だった40年前、日本政府の子どもに関する予算は、他の先進国の半分程度でした。一方で、道路やダムをつくる公共事業関係費は、平均の倍近く。お金の配分が真逆だったのです。近年少しはましになってきましたが、あいかわらず子どもに冷たい社会は大きくは変わっていないように感じます。

「子どもの貧困」がよく取り沙汰されますが、私に言わせれば、その原因は「政治の貧困」そのものです。

国がやらないなら、自腹でも明石がやるしかありません。国民の生活に一番近い行政は市区町村だからです。「基礎自治体」と言われる身近な行政が、困っている方に寄り添うのは当然です。

■「財源がない」は言い訳

「5つの無料化」は、明石でなくても、どこでもできること。決して難しいことではありません。すでにしている市民サービスを無料にするだけのことですから、発想の転換で簡単に実現できます。

泉房穂『社会の変え方』(ライツ社)

「制度上難しい」「財源がない」「人が足りない」という言い訳を聞くこともあります。

どれも勘違いです。それほど難しくも、厳しくも、足りないこともありません。なぜなら、新たな制度設計も、組織編成もいらないからです。

ただ予算の配分を変えればいいのです。優先度を見直し、お金をシフトする。

そして、予算の配分を変える権限は自治体のトップにあります。だから近年、他の自治体にも広がってきているのです。

地方自治法には首長の「権限」として、「普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体の事務を管理し及びこれを執行する」「予算を調製し、及びこれを執行すること」と明記されています。都道府県知事にも国の総理大臣にも、同じような権限がある。つまり無料化を実行できるかどうかというのは、政治のトップがやる気かどうか、ただそれだけの問題です。既存の制度を新たな市民負担なしで運用するだけ、かなりやりやすい施策なのです。

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泉 房穂(いずみ・ふさほ)
明石市長
1963年明石市二見町生まれ。1987年、東京大学教育学部卒業。NHKディレクター、衆議院議員などを経て2011年より明石市長。「5つの無料化」に代表される子ども施策のほか、高齢、障害者福祉などに力を入れて取り組み、市の人口、出生数、税収、基金、地域経済などの好循環を実現。人口は10年連続増を達成。柔道3段、手話検定2級、明石タコ検定初代達人。
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(明石市長 泉 房穂)