※本稿は、谷本真由美『世界のニュースを日本人は何も知らない4』(ワニブックスPLUS新書)の一部を再編集したものです。
■なぜ日本人は上司や経営者を襲撃しないのか
外国人が日本人に対して疑問に思うことのひとつに、日本人はひどい就労環境であっても、なぜか上司や経営者を襲撃しないということがあります。
他の国は一般的に気性が激しい人が多いので、就労環境があまりにもひどいと夜暗いところで待ち伏せをして後ろから殴りつけるとか、ひどい場合は銃撃してしまいます。
直接暴力を振るうのがヤバいなと思う人々は、職場でわざと仕事をやらないとか工場などの生産業務で欠陥品を大量に入れるとか、お客が怒るように仕向けるなどありとあらゆる手段を駆使して上司に復讐を果たします。頭が良い人間ほど複雑な復讐の仕掛けを講じるのでたいへん恐ろしいのです。
■Twitter社が解雇者のアクセスを遮断したワケ
2022年11月には「Twitter」が従業員の50%にあたる3500人を突然解雇しました。解雇者にはメールでの事前通知すらなく、リモートワーク用のノートパソコンや業務用スマートフォン、メールなどが突然ロックされたり、社内システムに入れなくなったり、オフィスから突然退去させられた人が大半でした。
これも従業員によるデータの持ち出しや秘密の漏洩、会社や他の従業員へ物理的に危害を加えることを防ぐためです。とくにアメリカは銃を所持できるので、幹部や経営者は解雇された従業員に襲われて死ぬ可能性があります。
さらには解雇された人のノートパソコンやスマートフォン、業務システムからは即データを消す仕組みになっている企業も多数あります。ですから企業側からの集中的なデータアクセスを制御できるシンクライアントという仕組みのノートパソコンや、データセンターにおいてあるデータにアクセスする仕組みのクラウドが普及しているのです。
■劣悪な環境で働いていても同情されない
これはアメリカ、イギリス、カナダではわりとふつうのことで、私も突然解雇になって警備員に抱えられてオフィスから連行される人を何人も見たことがあります。
これらの国の高賃金の企業は、利益率や実績に厳しいため、このような厳しい解雇が当たり前です。実績は数値で提示され、女性や子持ち、病気持ちでも関係ありません。パフォーマンスがわるく、会社の利益に貢献しないのであれば容赦なく「さようなら」です。会社はお金を稼ぐところなので当たり前という考え方なのです。
これは前線の歩兵が、士官を集団で殴りつけるとか銃撃するようなことと似ています。旧日本軍でもかなり稀にこういうことがあったようですが、現代の日本人は怒りのパワーがないのか、現場の環境に満足してしまうのか、そのようなことはしないようです。
外国人が不思議に思うのは、特に他の先進国の場合は、日本人と同じような仕事をしているのに、はるかに良い就労環境で働いています。人によっては日本人よりも給料を2倍から3倍もらっているのにもかかわらず、日本人はそのひどい環境と安い給料に耐えまくっているということです。
彼ら外国人はそんな環境下にいる日本人をかわいそうとは思わないのです。
なぜ日本人が怒らないのか、怒るパワーすらないのか、それとも外のことを知らずに自分がひどい扱いをされているということに気がつかないバカなのか、と外国人は思っているのです。
■日本人の労働環境が改善しない根本原因
日本人は自分の給料が安く就労環境がひどいと、他の人に「こんなにひどい!」と話し同情してもらい、それで満足してしまうのですが、それは他の国からするとまったく理解ができないメンタリティということです。
日本の働く人における就労条件の悪さに驚く外国人が多いのですが、日本人の賃金が上がらず待遇が悪いのは、働く人が改善を要求しないからというだけではなく、構造的な問題もあるということが長い間、指摘されています。
これは海外の人たちは日本人よりもはっきりとわかっています。ところが日本の業界はこれを長く放置していてまったく改善しようとしないのです。また政府もなぜか目をつぶったままなのです。
■解決策は多重下請けを禁止することだが…
これは物流業界に関する「アクセンチュア」による研究結果でも指摘されています。日本の「多重下請けによる中抜き」を認めるルールがトラック運転手の労働条件を悪化させているのです。
この多重下請け禁止に関する米国型の制度への移行により環境が良好になるとの指摘がされており、解決策は実にはっきりとしています。物流業界だけではなく他の業界も多重下請けが生産性を下げ、労働環境が悪化している原因です。
しかしこういった調査の結果は、なぜか日本では大きく報道されず興味を持つ人も多くはないのです。現場に目をつぶってしまい、解決策がわかっているのに無視している日本人は海外の人からするとたいへん不思議な存在です。
■勤勉だけど、本当は仕事が好きではない
日本では自分が不幸だと考える人は少なくありません。その大きな理由は、日本人の労働条件が悪くて給料も安く、仕事に関するストレスがあまりにも大きいことです。
日本人は他の国の人よりも勤労意欲が高く、真面目で手を抜かず熱心に働くのですが、仕事自体は大きなストレスがかかっていると思っており、本当は仕事が好きではない人が多いのです。
たとえば、たいへん興味深いことに、コロナ禍では日本の自殺が20%も減っているのです。産業医による分析では、コロナ禍で出勤しないことが増えたことで自殺激減に大きく貢献したというのです。
テレワーク業務が普及したことにより職場に行かないので、苦手な人と顔を合わせる必要がなくなりストレスが激減。オンライン会議では威圧的な人の影が弱くなるので、以前より自由闊達(かったつ)に意見を述べることができたようです。
これではっきりするのは、日本人は職場で人と接触したくないと思っている社員が多いことです。日本の職場はプレゼンティズム、つまり「職場に物理的にいること」を強要するところが多く、知識産業や大学でさえも職場に来ることを求めるのです。
■日本人はハッピーになる答えを持っている
ところが多くの仕事は職場に行かなくても処理が可能なのです。それを無視して無理やり出勤させて通勤でストレスを与え、職場ではやたらとコミュニケーションを強調し、飲み会やさまざまな懇親会、イベントなど人と触れ合う機会をやたらとつくるのでストレスが激増するわけです。
他の先進国はこれをよくわかっており、特にアメリカやヨーロッパ北部など第3次産業が発達している地域では対面で作業する必要がないので、コロナ禍の前からオンラインでの仕事が増えているし、コロナが落ち着いてもリモートでの仕事を継続している職場は多いです。
仕事が処理されればよいだけなので、合理的に判断するとリモートでも可能な仕事はリモートで継続したほうがよいです。日本は通信インフラも整備されているし、コンピュータの値段も比較的安いのに、なぜこのような合理的な判断がなされないのか不思議に思っている外国人はとても多いのですよ。
----------
谷本 真由美(たにもと・まゆみ)
著述家、元国連職員
1975年、神奈川県生まれ。シラキュース大学大学院にて国際関係論および情報管理学修士を取得。ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経て、現在はロンドン在住。日本、イギリス、アメリカ、イタリアなど世界各国での就労経験がある。ツイッター上では、「May_Roma」(めいろま)として舌鋒鋭いツイートで好評を博する。
----------
(著述家、元国連職員 谷本 真由美)
外部リンクプレジデントオンライン