うつ病はこれまで「神経伝達物質のセロトニンの欠乏」が原因と考えられていました。しかし臨床研究の結果、うつ病の発症原因はセロトニンの欠乏だけでなく、もっと複雑であることが明らかになっています。

The serotonin theory of depression: a systematic umbrella review of the evidence | Molecular Psychiatry

https://doi.org/10.1038/s41380-022-01661-0

Is the chemical imbalance an ‘urban legend’? An exploration of the status of the serotonin theory of depression in the scientific literature - ScienceDirect

https://doi.org/10.1016/j.ssmmh.2022.100098

The Cause of Depression Is Probably Not What You Think | Quanta Magazine

https://www.quantamagazine.org/the-cause-of-depression-is-probably-not-what-you-think-20230126/

ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンのジョアンナ・モンクリーフ氏らの研究チームが従来の論文を調査した結果、セロトニンの欠乏がうつ病を引き起こす、あるいはうつ病の発症に関連するという証拠は見つからなかったとのこと。また、遺伝子研究でもセロトニンの量に影響を与える遺伝子とうつ病との関連性は発見できなかったとされています。この結果、モンクリーフ氏らの研究チームはうつ病の本当の原因について考え直す必要が生じました。

うつ病の原因としてセロトニンに注目が集まったのは、1950年代に結核の治療薬として開発されたイプロニアジドが、一部の患者の気分を改善したと報告されたためとされています。その後の調査により、イプロニアジドの「モノアミン神経伝達物質」と呼ばれるセロトニンを含む化合物の再吸収を阻害する働きが発見され、この結果うつ病の原因はセロトニンの欠乏であるという仮説につながりました。

その後、この仮説は医薬品開発と神経科学的な研究に応用され、プロザックなどの選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の開発につながりました。

しかしSSRIの効果には個人差があり、期待を裏切る結果が生じることもあったため、1990年代半ばになるとうつ病の原因としてのセロトニンは疑問視されるようになりましたが、一部の専門家はいまだにうつ病の原因がセロトニンであると信じており、抗うつ薬としてSSRIを処方しているとのこと。

SSRIの臨床試験で得られたうつ病の改善のメカニズムは現在でもはっきりしておらず、セロトニンの前駆体であるトリプトファンがうつ病の改善に関連しているといった仮説や、グルタミン酸やγ-アミノ酪酸といった他の神経伝達物質もうつ病に関連している可能性が挙げられています。



さらに、うつ病の遺伝についても研究が進んでおり、うつ病のリスクを高めるという遺伝子が発見されている一方で、遺伝とうつ病の関係は複雑で、さらなる研究が求められています。

また、テキサス大学オースティン校のチャールズ・ネメロフ氏らの研究によって、関節リウマチなどの慢性的な炎症の患者はうつ病の発症率が高いことが確認されています。さらに、C型肝炎などの治療に使用されるインターフェロンαの副作用の食欲不振や倦怠(けんたい)感、精神的な落ち込みなどはうつ病と同様の症状を引き起こします。

そのため、慢性的な炎症とうつ病の関係に関する研究が進むにつれて、「うつ病の原因は人によって異なるため、治療は個人に応じて変えるべき」という考えが広まってきています。

うつ病には化学物質のバランスや遺伝的要因、脳の構造、慢性的な炎症などが関係している可能性があり、その原因に応じた対処法を採用することで



将来的には、うつ病の治療法は1つに限らず、認知行動療法やライフスタイルの変化、神経の調節、遺伝的誘因の回避、薬物療法などの方法を組み合わせることでそれぞれのうつ病患者に即した最適な治療のアプローチが可能になるとされています。

これらのアプローチによるうつ病の治療は従来よりも多くの時間や労力を要しますが、最終的にはうつ病患者にとってこれまでより大きな影響を与える可能性があります。