大人気カレーチェーンの「CoCo壱番屋」。人気の秘訣は味だけでなく、客単価を上げる「メニュー表」の戦略にもあると筆者は分析します(筆者撮影)

飲食チェーン店の本店や、1号店をめぐる趣味を持つBUBBLE-B(バブル・ビー)さん。現在までに47都道府県のチェーン店、約490ブランドを訪ね歩いてきた実績を持ち、研究成果として書籍『全国飲食チェーン本店巡礼〜ルーツをめぐる旅』(大和書房)を著している、チェーン店の研究家です。

そんな彼は「飲食店のメニュー表は実に興味深い存在です。有名チェーン店から初めて入店するようなローカルチェーン店に至るまで、さまざまな方法でわれわれ、消費者に語りかけてくるんです」と話します。

奥深き、メニュー表の世界へ案内するこの連載。第2回となる今回は、カレーハウスCoCo壱番屋(愛称ココイチ)のメニュー表から見える戦略性について、BUBBLE-Bさんが解説します。

前回の記事では、飲食チェーン店のメニュー表には大きく3つのスタイルがあると分析した。今回からはさまざまな飲食チェーン店のメニュー表にスポットを当て、お店がメニュー表を通じて発信している内容を分析してみたい。

第2回で取り上げるお店は、日本最大のカレーチェーン店「カレーハウスCoCo壱番屋」。国内に1,000店舗以上、海外にも多くの店舗数を持つ同店は、カレーチェーン店の規模としてほかを圧倒する。名実共に日本を代表するカレーチェーン店だ。

CoCo壱番屋は、愛知県の郊外にあった喫茶店をルーツとする。そこで提供されていたカレーが美味しいと評判になり、喫茶店を運営していた夫妻が新たにカレー専門店を作って再出発したお店がCoCo壱番屋だ。さまざまな苦労を乗り越え、現在の規模にまで育て上げた経営手腕は驚嘆に値する。

多くのトッピングメニューとCoCo壱番屋の戦略

そんなCoCo壱番屋のメニュー表は、どのような構成になっているのか(配信先では写真を見られない可能性があります。その場合は東洋経済オンライン内でご覧ください)。


季節ごとの期間限定メニューが表紙に掲載されている(筆者撮影)

これがCoCo壱番屋のメニュー表の表紙。ここには季節ごとに期間限定メニューが掲載され、常連客に対して新鮮味を与えている。気の早いお客様が、表紙からいきなり注文することも可能だ。

1ページ目には、「カレーをもっと自由に」というコピーと共にさまざまな種類のカレーが並べられている。ここでは、どのカレーも2品以上のトッピングが組み合わされていることに着目したい。

1ページ目から観音開きになり、さまざまな種類のカレーが並ぶ様子にテンションが上がるメニュー表だ(筆者撮影)

カレーのバリエーションといえば、「カツカレー」や「ハンバーグカレー」といった「1つのカレーに、1つのトッピング」という形態が普通だった。

しかし多くのトッピングを持つCoCo壱番屋としては、2種類以上を同時にトッピングしてもらって、客単価を上げたい。その戦略は、巧みな工夫をもって表現されている。

「カレーをもっと自由に」の意味するところ


「カレーをもっと自由に」と言いつつ、オススメのトッピングも提案してくれる配慮がそこにある(筆者撮影)

上の写真を見てみてほしい。1ページ目には複数の具材がトッピングされたメニューが並んでいるが、各々の名前はあくまでも「ロースカツカレー」や「やさいカレー」のように、なじみのある単一トッピング名で表記されている。ここまでなら、ごく普通のメニュー表だ。

しかし、メニュー名の下に異なる色の文字で「プラス やさい」「プラス スクランブルエッグ」といった追記がなされ、価格は「プラス」のトッピングを含んだものが掲載されている。ここに、したたかな戦略性が見える。

「カツカレーでも食べようかな」とCoCo壱番屋に来店し、メニュー表を広げたお客様は、このページを見たときから誘惑との戦いが始まるのだ。

「おや? プラス やさい、と書いてあるな。カツカレー単品だったら物足りないかもしれないし、野菜不足だもんなぁ。ここはバランスよく野菜もトッピングしちゃおうかな。さらにチーズなんかも乗せたりして……」

孤独のグルメの独り言のようだが、誘惑と戦っているときは実に楽しいものだ。当初はシンプルに「カツカレー」をイメージしていたお客様も、トッピングの組み合わせの誘惑には勝てず、いつの間にか複数トッピングのオーダーしていたりする。

そこに、「カレーをもっと自由に」という大号令。自由に具材を組み合わせることでより美味しくなるんだよ!という空気が、メッセージ、デザイン、商品構成が三位一体となって見事に表現されているのがCoCo壱番屋のメニュー表ではないだろうか。

もっとも、「普通のカツカレーが食べたいんだけど……」というお客様も逃さない。次のページをめくれば、「○○カレー」のようなシンプルなラインナップも掲載されていることもここで添えておく。

メニュー表界きっての特殊な印刷で粘り強くアピール


「ちょいともう一品トッピング!」、略して「ちょいトピ!」で、嫌味なくトッピングを促している。カレーページとは背景の色合いを微妙に変えているのも小技がきいている(筆者撮影)

また、CoCo壱番屋のメニュー表は、印刷物としての特殊性が高いことも特徴だ。

例えば、メニュー表の1ページ目は観音開きとなっており、左側のページはやや小さな版となっている(各メニューの写真が小さい)。ここには「ちょいともう一品トッピング!」と書かれた少量トッピングのコーナーと、各種サラダのラインナップが掲載されている。

ここは小さなページにすることで、メインページのインパクトを損ねないような配慮をしつつも、畳まなければほかのページを見ていてもつねに開きっぱなしになるので、少量トッピングやサラダの追加注文を誘ってくるという仕掛けだ。


ライスの量や辛さ、甘さなどは、どのページを開いていても見えるようになっている。案内する従業員の負担も軽減する作りだ(筆者撮影)

また、最後のページは上部に突き出るような裁断がなされている。この突き出た部分には、ライスの量、辛さ、甘さの表が記載されており、どのページからでも見ることができるようになっている。CoCo壱番屋ではオーダー時に必ずライスの量を聞かれるが、その際にグラム数に応じた追加価格がここで確認できる。


トッピング・セットメニューについて書かれた小さなページが接着。1ページ目を見なかったシンプル志向の客がスムーズに注文できるように配慮しつつ、それでも一応トッピングや追加メニューを提案する(筆者撮影)

そして、先ほどの単一トッピングメニューページの谷には、セットメニューやトッピングについて書かれた小さなページが接着されている。

1ページ目の複雑なラインナップはスルーして、シンプルに「カツカレーを食べたい」と思ってページをめくったお客様に対し、「さらにトッピングできますよ! サラダやドリンクもセットにできますよ!」と粘り強くアピールしてくるのがこのページの役割だ。

オーダーをスムーズに、かつ客単価も高める工夫

ここからわかるのは、CoCo壱番屋のオーダー方法には大きく2つのスタイルがあるということだ。

1つ目は、「ビーフソースになすとパリパリチキンをトッピングで」という、「ソースベース」にトッピングを組み立てていくスタイル。

もう1つは、「チーズカレーにクリームコロッケをトッピングで」という、「トッピングベース」ありきのスタイルだ。(この場合、ソースはポークとなる)

どちらのスタイルのお客様にもスムーズにオーダーしてもらい、かつ、客単価を高める戦略も盛り込む。そのための工夫として、このような小さな版のガイドが必要になるのだろう。


ここでも違う大きさのページが登場。とは言え商品はドーンと掲載されており、メリハリが楽しい(筆者撮影)

さらにページをめくると、期間限定メニューがまた違う大きさの版で登場する。

なお、期間限定メニューは店舗によって提供されない場合もある。その場合、このページそのものがメニュー表に組み込まれない。

CoCo壱番屋は「ウォーターフロー式」メニュー表


選択肢の多いCoCo壱番屋ならではの、わかりやすい図解だ(筆者撮影)

裏表紙には、CoCo壱番屋の注文方法が記載されている。ベースのカレーを選び、ライスの量を選び、辛さと甘さを選び、最後にトッピングを選ぶという、上述の「ソースベース」のスタイルになる。

このページでは、上から下へと視線を移動するように見ていくことで、CoCo壱番屋の注文方法がわかるような作りとなっている。前回の記事で、筆者は飲食店のメニュー表は3形態に分類できると書いたが、このページを含め、CoCo壱番屋では基本的に「ウォーターフロー式」が用いられている。

これは、メニュー表の左上からスタートし、表の中で視線を動かしつつ、最後には右下を見ることでオーダーを完了させるスタイルのメニュー表で、「サイドメニューやトッピングも頼んでね」という店側の強い意志を表現しやすい形態だ。


左上から右下まで視線を動かせ、サイドメニューやトッピングを注文させる。本記事3枚目の写真とあわせて見てみてほしい(編集部作成)

CoCo壱番屋の実際のメニュー表を見てきた今では「たしかにそういう作りになっているな」と感じるとともに、CoCo壱番屋のメニュー表の作りのスゴさを感じていただけることだろう。

値下げは行わず、価値を高めるCoCo壱番屋イズム


取材した日、食べたカレー。メニュー表に思いを馳せながら(筆者撮影)

CoCo壱番屋は、創業以来一度も値下げをしたことがないという。2000年以降のデフレ経済下で、多くの飲食チェーン店が価格競争を行っても、CoCo壱番屋はその競走にはいっさい参加しなかった。


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なぜなら、CoCo壱番屋創業者であり、ルーツとなった喫茶店「バッカス」のオーナーだった宗次徳二氏が掲げた経営哲学である「現場主義の接客第一」が貫かれているからにほかならない。それは、つねにお客様の声に耳を傾け続けることを最重要視し、お店はもちろんお店の周辺の掃除を毎日すること、といった行動に表わされている。

安易な値下げに走るのではなく、お客様によりよい価値を感じていただくことで、結果的に経営の持続性を向上させる。それが今日のCoCo壱番屋の成功へつながっているのではないだろうか。

そう思うと、「カレーをもっと自由に」というメッセージから、創業者の哲学が伝わって来ませんか?

(BUBBLE-B : 飲食チェーン店トラベラー・音楽家)