続投する森保一監督のもとでコーチを務めることになった名波浩と前田遼一の両氏は、言わずと知れた元日本代表選手である。だが、名波が50歳で前田が41歳という年齢が示すとおり、活躍した年代には10年ほど開きがある。指導者としてのキャリアも名波の方が長い。ジュビロ磐田で6年、松本山雅で2年、監督業を計8年間、務めた名波に対し、前田は昨年1シーズン、磐田U-18のコーチを務めただけだ。
実績の浅い前田をあえてコーチとして雇った理由は、現役を引退して日が浅い元技巧派ストライカーに、半ばデモンストレーター役を期待してのものと考えるのが自然だ。
名波にも監督としての華やかな実績はない。パッサーとして一時代を築いた左利きの元名手だが、監督としての名声は現役時代に遠く及んでいない。「名選手名監督にあらず」を地で行く人物だ。現役時代、地味な存在だった森保監督と対照的な関係にある。
いわゆるコーチは大きく、教えることが巧いコーチと、作戦を立てるのが巧い参謀タイプのコーチとに大別できる。とりあえず前者としてスタートするはずの前田に対し、名波はどんな立ち位置になるのか。監督としての実績では森保監督に劣るが、キャリアに関しては4歳年上の森保監督と拮抗している。
名波は若い頃は攻撃的MFで、年齢とともにポジションを下げ、守備的MFに収まった経緯がある。日本代表で、ラモス瑠偉の影武者的な役割を演じた森保監督がそうだったように、その昔、守備的MFは地味なポジションだった。そのイメージを変えたのが名波で、森保に足りない要素を備えた選手だった。両者の間にはボール操作術に関して著しい差があった。その違いは日本代表でどのように反映されるのか。
もっとも監督としてのスタイルは森保監督に似ていた。一言でいえば守備的である。5バックになりやすい3バックを好むという点で一致する。名波はイタリア・セリエAに昇格したベネチアでプレーした時「ボールが自分の上を通過していく」と、後ろを大人数で固め、少ない人数でロングボールを多用するカテナチオスタイルのカウンターサッカーを嘆いていた。監督になれば、てっきり攻撃的サッカーを標榜するものと思っていた。方向性においては森保、名波両者は馬の合う間柄となる。
その一方で何の因果か、サンフレッチェ広島時代から森保監督とコンビを組んできた日本代表前コーチ、横内昭展氏は、今季から名波、前田の古巣であるジュビロ磐田の監督に就任する。その経緯について思わず詮索したくなる。反町康治技術委員長と名波も近すぎる関係にある。ともに最近、松本山雅の監督を務めた過去がある。反町技術委員長が退任した1年半後(2021年)、名波がその座に就いている。こちらについても詮索したくなるが、やはり筆者がそれ以上に正したくなるのは名波の役割になる。
作戦参謀的なコーチとなれば、守備的な色はより強まりそうで怖い。少なくとも筆者としては歓迎できない選択になる。一方、技巧的なプレーを教える実技中心のコーチであっても、それはそれで問題になる。前田コーチにも同様なことがあてはまるが、代表チームは年間を通して活動するクラブチームではない。試合のだいたい3日前に集合し、試合が終われば即解散だ。トレーニングによって選手を育て、能力の向上を図る場ではない。パッと集まってパッと解散する。それが代表チームの現実だ。
代表チームに欧州組の占める割合が増えるほど、チームとしての練習時間は減る。誰をどのように起用するか。誰と誰をどう組み合わせるか。招集メンバーを発表した際に、構想をあらかた決めておく必要がある。
名波、前田を代表チームのコーチに招いて何をする気なのか。どのように活用するつもりなのか。森保監督に必要不可欠なコーチは参謀タイプの戦術家だ。カタールW杯の反省に基づけば、森保監督に足りない能力は、決勝トーナメント1回戦のクロアチア戦がそうだったように、土壇場で策が打てなかったことにある。交代枠を使い切らず、次第に相手に傾いていく試合の推移を、PK戦に逃げるように傍観した。
布陣を攻撃的な4バックに変更し、左ウイングバックとして先発させた三笘薫を左ウイングに一列上げ、攻撃を強化するとか、挑戦者の監督として森保監督はもう少しジタバタしなければいけなかった。ベスト8と言いながら、それをたぐり寄せる采配ができなかった。土壇場で思考停止の状態に陥ることになった。不足している要素はわかりやすいはずなのだ。
守備的サッカーの誘惑にはまり混み、そこから抜け出すことができなくなったとも言える。森保ジャパンに足りないパーツは、正統派の攻撃的サッカーを実践できる戦術家だと筆者は固く信じるが、名波コーチがとてもそれに相応しい人材には見えない。前田コーチはもちろんである。
そもそも両コーチの招聘は誰の発案か。森保「続投」に次ぐこの人事。こちらの心には響かないのである。外部リンク杉山茂樹のBLOG