夕刊スポーツ紙を発行する東京スポーツ新聞社が2021年、餃子をプロデュースした。高級な国産ニンニクを通常の3倍も入れた商品は、その名も「東スポ餃子」。なぜ餃子に目を付けたのか。ノンフィクションライターの岡田五知信さんの著書『起死回生 東スポ餃子の奇跡』(MdN)より、一部を紹介する――。

■リストラ報道の中、爆誕した「東スポ餃子」

あれは2021年10月上旬のこと――。新型コロナウイルス感染症の2回目ワクチン接種が世の中に浸透し、国会では菅義偉内閣が同年10月4日に総辞職。直前の9月29日には自民党総裁選挙が行われ、河野太郎を決戦投票で破った岸田文雄が自民党総裁に選出されていた。

愛読している夕刊スポーツ紙「東京スポーツ」略して東スポに、いつものように目を通していると、次のような見出しが目に飛び込んできた。

《ネタじゃない! 東スポ餃子が爆誕》

「東スポ餃子」? 爆誕? 意味がよく分からない。「ネッシー出産」といったトンデモ記事を一面に堂々と出す東スポお得意のUMAネタかと思ったが、餃子といっているからには食べ物の話のようだ。しかも、「東スポはガセネタや誤報ばかり」といわれているのを意識してか、わざわざご丁寧に「ネタじゃない!」と断りを入れている。

いったい、どうしてしまったんだ、東スポ? 大丈夫か……?

さかのぼること半年前……。『週刊文春』(2021年4月22日号)で「同社は45〜59歳の160人の社員を対象に希望退職者を募集。社員全体の3分の1近くをリストラする予定……」と報じられている。

東スポが経営危機に陥って社員のリストラをするという報道が出たばかりで餃子販売……? 1980年代からの東スポファンとしては、いてもたってもいられない事件発生だ。

そこで私は東スポにいったい何が起きているのか、真相を探ることにしたのである。

■ニンニク3倍マシマシの魅力

ここで、「東スポ餃子」について簡単に解説しておこう。

画像提供=東京スポーツ新聞社
東スポの見出しを彷彿とさせる「東スポ餃子」の商品パッケージ - 画像提供=東京スポーツ新聞社

東スポWebで《ネタじゃない! 東スポ餃子が爆誕》と、「東スポ餃子」の誕生が大々的に宣言されたのは、2021年10月6日のことだった。当日午後に発売の東スポ本紙にも、同様の記事が掲載された。

当初発売されたのは業務用の50個入りパッケージのみで、価格は税込み2484円。その「東スポ餃子」最大のウリはなんといっても、青森県産ニンニクを100%使用し、ニンニクの量も通常の3倍、つまり“マシマシ”で入っていること。その他の豚肉や野菜もすべて国産と、素材にも味にも大いにこだわっている点だ。

■背徳感漂う香りの青森県産ニンニク

一般に販売されている冷凍ニンニク入り餃子の多くは、中国など外国産の比較的安価なニンニクを使用しているが、東スポ餃子に入っている青森県産は仕入れ価格がその5〜10倍はする。特に青森県産のニンニクには独特の甘みもあるため、ニンニクのパンチ力を感じさせながらも、ニンニク特有の辛味が少なく、香りがいいうえにニンニクの甘みも感じられる味わいになっている。

実際、フライパンで焼いて食してみても、焼いている最中からニンニクの匂いがキッチンの中に濃厚に漂う。しかし、それは決して嫌な匂いではなくむしろビールなどのアルコールを欲する魅惑的で背徳感漂う香りだ。

画像提供=東京スポーツ新聞社
調理中からニンニクのニオイが漂う「東スポ餃子」 - 画像提供=東京スポーツ新聞社

味は謳い文句の“マシマシ”のニンニクを感じるが、それほど刺激は強くなく、肉と野菜の甘みの中にさらにニンニクの甘みも加わり、絶妙なバランスが保たれた具材のおいしさが際立つ。

しかも、通常の3倍のニンニクが練り込まれている割には、食した後のニンニク臭もマイルドに感じられる。ニンニクはちょっと苦手という女性や子どもにもウケること間違いない味わいだ。それもこれも青森県産のニンニクにこだわった結果なのだろう。

■本気のPRが奏功し、メディアで話題に

「東スポ餃子」のお披露目として、自社での試食会を行ってから九州・福岡市では地元の人気ラーメンチェーン店にプロレスラー大仁田厚、アイドルグループ「HKT48」の坂口理子、山下エミリー、村川緋杏らを呼んでの試食会、中京・名古屋市では高須クリニック名古屋院の高須幹弥院長とアイドルグループ「SKE48」の熊崎晴香、太田彩夏が参加してのマスコミ発表会&試食会など、各地でさまざまなPR活動を行った。

それらが奏功し、さまざまなメディアでも「東スポ餃子」が取り上げられた。2022年4月には、その1年前に東スポのリストラをスクープした『週刊文春』までが、《盛るのは話だけではなかった…東スポが生き残りをかけたニンニクマシマシ「東スポ餃子」》と、記事で紹介するほどだ。

■リストラ騒動の裏で進んでいたプロジェクト

ここまで話題になり売り上げが伸長してきた「東スポ餃子」だが、そもそも新聞社の東京スポーツが“「東スポ餃子」プロジェクト”を立ち上げたきっかけは何だったのか。

2021年10月に「東スポ餃子」の発売を開始したということは、企画を検討してから発売までの準備期間を、短く見積もっても早期退職制度で多くの社員との丁々発止の直後にはスタートしていなければならないのだ。

とすると、リストラを実施する前からこのプロジェクトは水面下で進んでいたことになるはずだが、「東スポ餃子」の企画販売を先導した東京スポーツ新聞社取締役編集局長の平鍋幸治氏は新規事業のスタートについて、次のように語り出した。

■東スポと「何か作れば面白いんじゃないかな」

「プロジェクトを立ち上げたといっても、ほんとに偶然が重なっただけです。何か新しいことをやろうとしてこの東スポ餃子を考え出したわけではありません。2021年3月末に希望退職者制度を始めて、それが6月まで続いたので、その年の上半期はとにかく目まぐるしい毎日だった。

それらが落ち着いた7月上旬に、都内の中華料理店で、生鮮食品や青果の仕入れ販売や流通を行っている有限会社戸田商事の鈴木英弘副社長と会食をしたときのことです。鈴木氏とは15年ほどのお付き合いがあり、折々会食をしてはお互いの近況を話す親しい間柄でした。戸田商事は商社でもあり、またM&Aも多く行い、現在は数十の法人が傘下にあります。

食事をしながら雑談をしていると、鈴木氏がポツリと一言。

『宇都宮で餃子を作っている大和フーズという食品メーカーが仲間に加わったんだけど……。東スポと何か仕掛けられないかな? 例えば餃子とか……。何か作れば面白いんじゃないかな……』

そう語ったのです。おそらく冗談半分でいったのだと思います。私もいつもなら大笑いをしてやり過ごすような些細な一言だったのですが、会社の状況も切羽詰まっていたこともあったのでしょう。その言葉を聞いた瞬間“ピン”ときました。何か脳天を突き抜けた感覚ですね。

『東スポ餃子……。これは面白い。やりましょう!』」

■「新聞→競馬→ビール→餃子」のひらめき

「これがまさに『東スポ餃子』を始めるきっかけになりました。私の頭の中には、そこからすぐに『新聞→競馬→ビール→餃子』というイメージが浮かんだんです。思いつきというかひらめきですよ。

そこからは速攻でした。その場で鈴木氏に、

『鈴木さん、真剣にやります。私は本気ですから……』

といって握手した。そのとき私のいった、

『本気です』

というフレーズは、後々、販促用ポスターを作った際にキャッチフレーズに使用されました。すっかり本気になった私は会食の最中も4〜5回、

『本気です』

を繰り返していたと思います。それに鈴木氏も応じ、

『本当に真剣に進めるの? 分かりました。それでは次回、担当者を連れてくるので、将来的なことについて打ち合わせをしましょう……』

と、何だか話がとんとん拍子に進んでいったのです」

■定評のある宇都宮の餃子メーカーとコラボ

大和フーズの食品作りには定評があった。材料に強いこだわりを持ち、職人気質のある社内風土で食品業界でも知られる存在だった。通常、冷凍餃子には廉価な外国産ニンニクを使うケースが多い。しかし、大和フーズでは青森県産のニンニクを使い、他の食についても国産にこだわっている。その結果、製造原価が高くなり、どうしても販売価格も高めになっていた。

しかし、餃子の味は明らかに他の宇都宮餃子よりおいしいと評判の会社だった。同じ宇都宮の地場で餃子を製造する食品メーカーとは異なった、青森県産のニンニクを使ってこだわりの餃子を作り続けていた結果、宇都宮の餃子メーカーの中でも少々目立つ存在だったのだ。

しかし、地元で孤立し、利益率も低減……。会社の経営にテコ入れを行わざるを得ず、戸田商事の傘下に加わったのだ。

そんなこだわりの餃子作りに専念する職人気質も東スポと相性がよかったようで、実際に戸田商事、大和フーズ2社と「東スポ餃子」との製造販売の話はすんなりとまとまった。残りは東スポ社内の調整だが、平鍋氏は上層部に決済を取ると自分の責任においてプロジェクトを軌道に乗せたのだ。

■“良い加減”のニンニク量が差別化の鍵

「『東スポ餃子』は絶対に成功するという根拠のない自信がありました。『失敗』の文字すら浮かばなかった。ですから、戸田商事の鈴木氏と2人でどんどん進めていったのです。社内で会議にかけることによって意見調整をするなどの時間がかかることが嫌だったということもあったので自分が責任を取る形で勝手に進めようと……」

そう語る平鍋氏だが、実はプロジェクト成功の秘策も織り込まれていたのである。

東スポが餃子を売り出すというからには他との差別化も必要になるだろう。もちろん、これまで経験をしたことのない業種でビジネスを始めるにあたって、商品性についても知りたいことは多い。その点について平鍋氏は語る。

「東スポが餃子を販売するからには、こだわりというか、東スポらしいものを出そうと考えました。やはり東スポらしく、『尖っているイメージ』を出したかったのです。もちろん普通の餃子では失敗するだろうとも思いました。そこで、何をするかを検討して、試行錯誤したのです。」

■2倍だと物足りず、4倍だとおいしくない

「大和フーズが製造していた餃子には『ニラ餃子』や『ニンニク餃子』、『野菜餃子』など数種類の餃子がありました。それらの餃子を一通り食べてみましたが、いずれも『東スポ餃子』と銘打つにはいま一つインパクトが不足している印象でした。

そこで、素材の中でも人気が高いといわれているニンニクをフィーチャーする方向で商品作りを進めることにしました。ニンニクを多めに入れることにしたのです。しかも、中国産の廉価な普通のニンニク餃子と同じでは意味がありませんから、ニンニクのインパクトには気を使いました。その他、皮へのこだわりも重要で、その点については大和フーズ自身が持っているノウハウと秘伝の調理法を存分に発揮していただきました。

ニンニクを2倍、3倍、4倍、5倍とさまざまな量を加えて餃子を試食してみました。すると面白いことが分かったのです。4倍、5倍だとニンニクばかりになって全然おいしくない。とはいえ2倍では物足りなさがあり、実は3倍くらいでほどよくニンニクがきき、さらに“尖っている感”が出ていたのです」

写真=iStock.com/Fotolgart
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Fotolgart

「東スポ餃子」はこのようにして誕生し、合わせて商品名も必然的に「ニンニクマシマシ 東スポ餃子」に決定されていった。

■「東スポ餃子」はどこで食べられるのか

そもそも東スポ餃子はどこで販売されているのだろうか? 平鍋氏に聞いてみた。

「2022年夏の段階では居酒屋やラーメン店など400店舗前後で取り扱いをしています。九州では、地元で有名なラーメンチェーンの辛麺屋桝元と取り引きがあり、『東スポ餃子』を提供してもらっています。お店にはもともと餃子はありましたが、試食したところ、『東スポ餃子』のニンニクと辛麺の辛さが非常に合い、桝元の社長は、

『この餃子はうちのイメージとぴったりだ』

ということで、そこから取り引きするようになりました」

今後はますます販路を拡大していくということだが、その戦略をさらに具体的に訊ねると、平鍋氏は意外な展開を話し出した。

■販路はどんどん広がり、目標は「年商10億円」

「取引先としては、日本全国から集めたスイーツを出している南麻布の天現寺カフェのネットショップでも販売しています。天現寺カフェの場合には親会社の社長直々に、

『取り扱ってみたいからサンプルを送ってほしい』

と連絡があり、後日、

『これは面白い! やるよ‼』

という運びになったんです。

業務用だけの販売から、一般販売も始めました。渋谷のドン・キホーテでは当初から、業務用を売っていたのですが、同じ渋谷にある肉のテーマパーク渋谷肉横丁でも販売することになり、そこをテレビ局が取材して紹介されたのがきっかけで、話題になったのです。

『面白そうな餃子だね』

岡田五知信『起死回生 東スポ餃子の奇跡』(MdN)

業務用から一般販売に拡大したのも、すべて勢いです。渋谷を震源地として広めていこうというイメージで販売戦略を立て、さらに2022年7月4日から全国のスーパーで販売を開始するに至りました。

もちろん味には自信があります。当面の目標は年商1億円いや10億円……です。プロジェクトがスタートしてすぐの頃はまだ小さな売り上げでしたが、それでも毎月ロイヤリティが入ってきました。私たちはPRやパブリシティを一生懸命行い、ビジネスとして拡大させながら続けていく。

今後、販路が拡大すれば売り上げはますます増えていきます。今の2倍、3倍の売り上げになる可能性はあります。時間はかかるかもしれませんが、年商1億円は十分可能な数字だと考えています」

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岡田 五知信(おかだ・さちのぶ)
ノンフィクションライター
早稲田大学卒。徳間書店『週刊アサヒ芸能』編集部や新潮社『フォーカス』編集部で編集記者を経て1997年に在京キー局に中途入社。バラエティー番組や情報番組、特番などでディレクターやプロデューサーを担う。その後、報道局、コンテンツ事業局、宣伝部などを歴任し現在は配信系事業を担務する。その傍ら大学院においてコンテンツツーリズム、地域再生、メディア文化論などの研究に携わる。著書に『起死回生 東スポ餃子の奇跡』(MdN)がある。
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(ノンフィクションライター 岡田 五知信)