20歳の時に事故で右手と両足を失い、義足で歩いている山田千紘さん(31)は、大きなチャレンジとして2023年夏に富士山登頂を目指している。練習の一環で最近登ったのは、茨城・つくば市にある標高900メートル弱の筑波山。「登れるだろう」と思っていたが、いざ挑むと自身の力不足を思い知ることになった。

山頂にたどり着いた時、「悔し涙がボロボロ出た」という山田さん。なぜ悔しかったのか。筑波山登山の経験で感じたことを語る。

【連載】山田千紘の「プラスを数える」〜手足3本失った僕が気づいたこと〜 (この連載では、身体障害の当事者である山田千紘さんが社会や日常の中で気づいたことなどを、自身の視点から述べています。)

「半分くらい登った」と思っていた地点、実は...

今年8月に予定している富士登山に向けて、昨年11月に筑波山に登りました。標高は877メートル、大人の足で1時間半〜2時間くらいで登頂できると聞いていたので、手足がない僕でも、ある程度時間はかかっても登れるだろうと思いました。義肢装具士の方など4人に同行してもらいました。

当日はあいにくの天候で、道がぬかるんでいました。1時間と少し経ち、体感では「半分くらい登った」と思ったところで雨が強くなり、危険だということで下山しました。往復3時間くらいでした。

登るのに苦しむ場面は特になく、下山を勧められた時も僕は「まだ行ける」と一度拒みました。でも実際に下山したら、引き返す判断は正解でした。雷は鳴るし、滑って転ぶ人もいました。あのまま登り続けていたら命に関わった。それに当時は、その先に待つ試練をまだ知りませんでした。

筑波山は12月下旬にリベンジしました。その日は晴天。序盤は順調でした。ところが前回引き返した地点に来た時、さっき言ったように僕は「半分くらい」登ったと思っていたけど、実際は「2〜3割」の地点だと教えてもらいました。「え!?」。驚きました。「どんどんここからきつくなっていくよ」と言われました。

山頂に近づくにつれて斜面がきつくなり、岩が多くなりました。残りの標高が200メートルくらいになると、いっそう大きな岩が切り立ち、足の踏み場もほぼなくなって、ロッククライミングかと思いました。

左手だけで体を持ち上げるのは難しく、どうにかよじ登り、時には岩場にいったん座って、足を手で持ち上げて、また立ち上がって...。登山に慣れておらず、そんな風に手探りで進みました。細くてもどうにか足を置ける隙間を探し、それもなければ同行者の肩を借りざるを得ませんでした。一歩一歩が慎重でした。

真冬に半そで半ズボンで登ったけど、大汗をかきました。1.5リットルの水分を取ったけどトイレにも行きたくならなかった。こんなにしんどいのかと思い知りました。吐くかと思いました。

山頂に着いた時はめちゃくちゃ悔しかった

時間との闘いでもありました。僕の体では登るスピードが遅く、他の登山者にどんどん抜かれました。中学生か高校生の部活動の子供たちもいました。すごい速さで抜かされて、悔しく情けなくなりました。下山中の人とすれ違った時は「頑張ってください」と声を掛けてもらいました。力が出たけど「もう山頂に着いて下りてきているのか」と思うと焦りも感じました。

日没までに登り切れるかどうか、というくらい時間が過ぎていきました。朝スタートして、日が沈む16時半ごろをリミットに考えていました。当初の想定では3時間で登って3時間で下りるつもりだったけど、ようやく登頂したのは約8時間経った夕方でした。

山頂に着いた時はめちゃくちゃ悔しかったです。悔し涙がボロボロ出ました。景色に感動したし、達成感もあったけど、それ以上に自分の不甲斐なさで喜べなかった。同行してくれた皆さんをはじめ、サポートしてくれているいろんな人への「ありがとう」と「ごめんなさい」の両方で涙が止まらなかった。自力で下山もできなくて、ロープウェイで下りました。もしロープウェイがなかったらどうなっていたんだろう。

「こんなはずじゃなかった」と思いました。想像していた自分の姿ではなかった。登れない自分、刻々と過ぎていく時間。日常生活では10年以上義足で歩いているし、急坂も上ってきたし、段差も上がれる。バランスを崩しそうになっても、登山のために作ってもらったストックつきの義手がある。「やってきたことと持っているものを組み合わせていけば登れる」。そう思っていたけど、全然登れませんでした。

収穫だらけだった筑波山

ただ、僕にとって良い機会になりました。力不足を痛感したし、モチベーションがめちゃくちゃ上がりました。悔しいからやめるのではなく、悔しいからもっと頑張る。筑波山の山頂から富士山が見えて、「必ず登るんだ」という気持ちは強くなりました。

やらないといけないことも浮き彫りになりました。下山直後は今までにないくらい体が疲れて、足が上がらなくなりました。トレーニングを積めていないからだし、そもそも運動不足だと思います。かと言って、週5日フルタイムで仕事しているので、運動にかけられる時間も限りがある。だから、まずは日常生活の中で鍛えていきます。坂道を上るとか下るとか、長距離を歩くとか、1人でもできることを日々積み上げていかないと、8月に間に合いません。

時間も課題です。想像以上に登山は時間がかかる。筑波山は息を整えながらゆっくり登ったけど、想定が甘かった。スピードアップし、行けるところはガンガン攻める気持ちでいないといけません。

前回紹介したストックつきの義手は、杖の部分を太くしてもらいました。10月に金冠山を登った時、下りでストックに体重をかけると折れそうになったので。安定感が増し、体を預けても安心感がありました。

絶対にあった方がいいのは間違いないけど、逆になくていい場面もありました。岩場を上がる時にはストックがつっかえてしまったんです。長さ調節はできるけど、もっと短くできるようにしてもらった方がいいかもしれません。それも実際に使って登山しないと分かりませんでした。

筑波山の登山は収穫だらけでした。11月の1回目が雨だったことも、今考えると良かった。山の天気は変わりやすく、いつも晴れているわけじゃない。逆に晴れているからといって余裕を持ちすぎると時間が足りなくなる。悔しさを味わい、やる気が増したのも収穫です。富士山に向けて足りないこと、良かったことが数多く見える経験になりました。

(構成:J-CASTニュース編集部 青木正典)

(1月23日13時30分編集部追記)見出しと本文の一部を修正しました。