新年会のシーズンです。新型コロナウイルスの新規感染者は増えていますが、政府による行動制限がないため、久しぶりに新年会を行う会社も多いと思います。宴会時に注意したいのが、酒の飲み過ぎです。中には泥酔するまで酒を飲み続けてしまい、帰宅途中に路上や駅構内などを吐しゃ物で汚す人もいます。

 もし、路上や公共施設を汚した場合、法的責任を問われる可能性はあるのでしょうか。芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

「緊急避難」が認められるケースも

Q.駅構内のような公共施設や路上、公園などを吐しゃ物やごみで汚した場合、汚した人は法的責任を問われる可能性があるのでしょうか。飲酒や急病によって体調が悪化し、やむを得ず汚してしまった場合はどうでしょうか。

牧野さん「軽犯罪法1条には『左の各号の一に該当する者は、これを拘留または科料に処する』とあり、26号で『街路または公園その他公衆の集合する場所で、たんつばを吐き、または大小便をし、もしくはこれをさせた者』に対する処罰を定めています。つまり、公共の場所を吐しゃ物などで汚した場合、拘留されたり、罰金を科されたりする可能性があるということです。

また、刑法261条の『他人の物を損壊し、または傷害した者(効用を害する場合を含む)』に該当して、器物損壊罪(3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料)に処せられる可能性があります。

しかし、飲酒や急病で気分が悪くなり、やむを得ず、公共施設や公園で嘔吐(おうと)した場合は罰せられる可能性は低いでしょう。形式的には先述の『街路または公園その他公衆の集合する場所で、たんつばを吐き』や『器物損壊』に該当しても、刑法37条1項で定められている『緊急避難』(本来であれば違法行為であっても、それが自分または他人の生命や財産などに対する危機を避ける目的で行われたと認められた場合は、例外的に罰せられないこと)が認められることがあるからです。

民事の損害賠償責任が発生する可能性はありますが、緊急避難が認められれば犯罪が成立しなくなるため、刑罰は科されません」

Q.では、住宅(一軒家の塀や玄関前、マンションの共同玄関や玄関前など)や店舗の敷地内(店内や店の外壁など)が吐しゃ物で汚された場合、住宅の住人、店舗の経営者・管理者は汚した人に賠償を請求することは可能なのでしょうか。また、警察に被害届を出した場合は受理されるのでしょうか。

牧野さん「そもそも、住宅や店舗の敷地内へ許可なく侵入すると住居侵入罪に該当する可能性がありますが、飲酒による体調不良が原因で住宅や店舗の敷地内を吐しゃ物で汚した場合、先述の緊急避難が認められることがあり、その場合、住居侵入罪や軽犯罪法違反、器物損壊罪をはじめとした犯罪が成立しません。警察に被害届を出しても受理される可能性は低いでしょう。

しかし、民事の損害賠償責任が発生する可能性があります。民法709条では、他人の権利を侵害し、損害を与える行為(不法行為)をした人に対して、損害を受けた人への損害賠償責任を定めています。住宅や店舗を汚す行為そのものは『不法行為』に該当するため、同法に基づき、住宅や店舗を汚した人は住宅の所有者や店舗の経営者・管理者に対する賠償責任が発生します」

Q.駅構内で、泥酔して嘔吐した人を駅員が救護することもあります。その際、鉄道会社側は泥酔した人に賠償を請求できるのでしょうか。

牧野さん「泥酔した利用者の行為によって、鉄道会社側に清掃の手間や費用が発生するため、形式的には先述の民法709条に基づき、原則として、利用者には損害賠償責任が発生します。ただし、鉄道会社側が過失などで利用者に悪意がないと判断した場合は、わび状に署名させるなどして賠償を請求しないことの方が多いでしょう」

Q.もし、電車内や路上、飲食店などにいたとき、近くにいた人が嘔吐したことで自分の衣服や所持品を汚された場合、吐しゃ物で汚された物を二度と使いたくないと思うこともあると思います。その場合、買い直すのに必要な費用を相手に請求することはできるのでしょうか。

牧野さん「自分の吐しゃ物で他人の衣服や所持品を汚す行為も他人の権利を侵害し、損害を与える行為に該当するので、民法709条に基づいて、汚した人は相手に賠償しなければなりません。ただし、その際の衣服や所持品は使用済みの物と見なされるため、賠償額の基準は原則として新品価格ではなく、中古品相当の時価となります」

Q.泥酔して他人とトラブルを起こさないためには、日頃からどのような対策が必要なのでしょうか。

牧野さん「『酔った勢いであれば、多少のことは責任を問われずに許される』と考えている人が少なくないのではないでしょうか。確かに、刑法39条には心神喪失者や心神耗弱者が不法行為を犯した場合に原則として、犯罪不成立、もしくは刑の減軽となる規定があります。

しかし、泥酔した場合であっても、その原因となった飲酒を始めた時点で『分別があった(故意・過失があった)』と認められれば、その後の犯罪行為も処罰するという刑法の判例理論(原因において自由な行為)があります。泥酔していたからといって無罪放免ではないので、前例のある人は特に、自宅以外の場所では飲み過ぎないなど分別を失わない対策が必要です」

Q.「自分は酔っていないが、泥酔している他人とトラブルになった」というケースの場合、どのように対処すればいいのでしょうか。

牧野さん「泥酔している他人とトラブルになった場合は冷静に行動する必要があります。泥酔者にはできるだけ関わらないことが一番ですが、万一、泥酔者が暴力を振るおうとしたら、警察に通報して対応をお願いするのがよいでしょう」