フェラーリは、今年11月、同社初の新型SUV「プロサングエ」を日本初公開した。モータージャーナリストの清水草一さんは「他の超高級自動車メーカーがこれまで出してきたSUVとはビジネスモデルがまったく違う。『純血』の名に恥じない車だ」という――。
画像提供=フェラーリ・ジャパン
フェラーリ・プロサングエ - 画像提供=フェラーリ・ジャパン

■なぜ超高級スポーツカーメーカーがSUVを作るのか

2021年、日本国内のSUV販売比率は初めて30%を超え、ミニバンに迫った(軽を除く乗用車)。SUVとは「スポーツ・ユーティリティ・ビークル」のこと。日本人にはピンと来ない名称だが、トヨタ・ハリアーに代表されるボディタイプと言えばわかってもらえるだろうか。

最低地上高(路面とボディ床面との間隔)が大きく、路面の凸凹に強いのが特長だが、近年の主流はクロスオーバーSUVという、舗装路を走ることを主眼にした都会派モデルだ。

日本には、ミニバンというドメスティックな大勢力が存在するので、SUVの販売比率はまだ30%程度だが、欧米ではすでに50%を超え、最もポピュラーな乗用車の形になっている。すでにSUVの中で分化が進み、コンパクトサイズから、超高級スポーツモデルまで、さまざまなタイプが生まれている。

ポルシェの販売の6割がSUV

超高級スポーツSUVの嚆矢(こうし)は、2002年に誕生したポルシェ・カイエンだ。当時、私を含むカーマニアは、「ポルシェがこんなクルマを出すなんて」と、ネガティブに反応したが、カイエンは世界的に大ヒットし、ポルシェ社の経営を立て直したばかりか、世界有数の超優良企業に成長させた。

2018年には、ランボルギーニがウルスを発表。これまた大ヒットし、ランボルギーニの販売台数を倍増させた。

超高級スポーツカーメーカーにとって、SUVは打ち出の小槌。ポルシェもランボルギーニも、現在ではSUVの販売比率が6割に達している。負けじとアストンマーティンやベントレー、ロールス・ロイスまでもがSUVを開発し、柳の下のどじょうを狙った。

スポーツカーは車高が低くて車内は狭く、ふだん使いには不便だ。対するSUVは乗り降りが楽だし車内も広い。しかもポルシェやランボルギーニなら、メルセデスやBMWといった普通の高級車に比べ、明らかにプレゼンス性が高い。超高級スポーツSUVは、富裕層のふだんの足に最適だった。

■「フェラーリよ、お前もか」

これに対してわれわれカーマニアは、あくまで冷淡な反応を続けている。カイエンやウルスは、決して本物のポルシェやランボルギーニではない。

その証拠に、エンジンはどちらもVW製をベースにしている(ポルシェとランボルギーニは、ともにVW傘下)。ポルシェ伝統の水平対向6気筒エンジンも、ランボルギーニの象徴であるV12エンジンも、SUVには積まれていない。カイエンやウルスは、金儲けのための量産型イミテーションだ……と。

ポルシェ・カイエン V6 ティプトロニック 3.0(写真=Vauxford/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

買えもしないくせに上から目線のカーマニア(私を含む)は、フェラーリが出すと噂されていたSUVに対しても、「フェラーリよ、お前もか」と冷めた目で見ていた。どうせフェラーリも同じビジネスモデルを思い描いているんだろう。SUVを出せば、それだけで販売台数は倍増し、利益はそれ以上に増える。でもそれは本物のフェラーリではない! と。

■搭載されたエンジンはまさかの“恐竜”

ところが、昨年9月に本国イタリアで発表されたフェラーリ・プロサングエ(イタリア語で「純血」の意)は、われわれの予想とは大きく違っていた。

ルックスはおおむね想像の範囲内で、背の低いスポーティーなSUVタイプである。フェラーリはこれをSUVとは呼ばず、4ドアスポーツカーと自称している。確かにリヤドアは小さめの後ろヒンジ。つまり、マツダRX-8のような観音開きを採用している。カイエンやウルスに比べると、スポーツカー寄りなスタイリングだ。

画像提供=フェラーリ・ジャパン

それより驚いたのは、エンジンがV12自然吸気だったことだ。排気量は6.5リッター、最高出力725馬力。間もなく生産が終了するフラッグシップモデルの812スーパーファストと、基本的には同じエンジンを積んでいた。812の最高出力は800馬力なので、チューニングの差はあるが、V12には変わりない。

V12自然吸気エンジンは、フェラーリの魂。エンツォ・フェラーリによる創業以来、フェラーリの本流はV12エンジンだ。V12はガソリンエンジンとして究極の高性能と官能性を持つが、燃費は最悪である。

間もなくガソリンエンジンそのものが禁止されようとしているご時世だ。フェラーリのSUVは、最低限プラグインハイブリッドか? と予想していたのだが、まさかこんな恐竜を積んで登場するとは。ちなみにディープなカーマニアほど電動化を憎み、恐竜を激しく愛している。

■顧客による奪い合いが始まった

さらに驚愕したのは、「プロサングエの生産台数は、フェラーリ全体の2割以下にとどめる」と発表されたことだ。つまり、ポルシェやランボルギーニのようにSUVをバカバカ売って儲けるつもりはありません、ということ。ビジネスモデルが違ったのである。

それは、価格設定によく表れている。プロサングエは、現地価格で39万ユーロ。発表当時のレートだと5620万円! 1118万円から買えるカイエンや、同じく3068万円からのウルスとは別次元にあり、ロールスロイス・カリナンの4258万円をも大きく上回っていた。

フェラーリはこのプロサングエを、量産型の普及版フェラーリどころか、新たなフラッグシップとして誕生させた。これには、口さがないカーマニアも黙るしかなかった。

フェラーリの優良顧客たちは鋭く反応し、即座に激しい奪い合いが始まった。なにしろプロサングエは、フェラーリの新たなフラッグシップ。生産台数も限られている。つまり資産価値が非常に高い。それでいて4人が乗れて荷物も積める。これまでのフェラーリに比べると断然便利だ。

都心の一般道では、都心に住む富裕層が乗るフェラーリを頻繁に見かけるが、どこか無理をしているように見えてしまう。私は30年来フェラーリを所有しているが、ふだん用に使ったことは一度もなく、フェラーリに乗ることだけを目的に、ごくたまに走らせるのみだ。それが正しいフェラーリの使い方だった(と信じる)。

しかしプロサングエなら、お買い物用に使っても違和感がない上に、プレゼンス性は地上最高。富裕層にとっては、ぜひ1台欲しい存在だ。

■日本だけ800万円も安い謎

11月8日。京都・仁和寺にて、プロサングエの日本発表会が開催された。

衝撃は続いた。日本向けの価格が4760万円と発表されたのだ。本国価格より800万円以上安い。いったいどういうことだろう?

確かにこのところ、円相場は急落したが、それはドルに対してで、ユーロに対してはそれほどでもない。ここ5年間のユーロ/円の平均相場は130円前後。その計算でも、本国価格は5070万円になる。遠い日本までの運送費を考えると、信じられないバーゲンプライスだ。この価格設定には、いったいどんな狙いがあるのか?

日本は、超高級スポーツカーメーカーにとって、大変ピュアな市場である。ポルシェでもランボルギーニでも、フラッグシップの911やアヴェンタドールの販売比率が世界で最も高く、逆にSUVの販売比率は比較的低い。

フェラーリでは、V8ミドシップモデルの人気が高く、フロントエンジンのV12モデルは「スーパーカーらしくない」ということで不人気だった。70年代のスーパーカーブームの影響が今でも続いているのだ。

■たとえ6000万円でも即完する

フェラーリとしては、ピュアな顧客である日本市場に、もっとV12モデルを買ってもらいたいという意思の表れなのかもしれない。それはそれでありがたい配慮だが(個人的には無縁ですが)、富裕層にとっては、1000万円くらいの価格差は無関係。たとえプロサングエの価格が6000万円だったとしても、同じように争奪戦になっただろう。

プロサングエの注文を許された選ばれし日本のフェラーリユーザーたちは、「俺のはいつ納車になるのかな」と、みな心待ちにしている。早く納車されることこそが、最高のステータスなのだから。

----------
清水 草一(しみず・そういち)
モータージャーナリスト
1962年東京生まれ。慶大法卒。編集者を経てフリーライター。代表作『そのフェラーリください!』(三推社)をはじめとするお笑いフェラーリ文学のほか、『首都高はなぜ渋滞するのか⁉』(三推社)などの著作で道路交通ジャーナリストとして活動している。
----------

(モータージャーナリスト 清水 草一)