※本稿は、石井光太『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)の一部を再編集したものです。
■「オノマトペ」でしか罪を説明できない子供たち
以前、私が少年院で行った十七歳の少年へのインタビューの一部である。
「よくわかんない。あいつ(父)のせいで、頭グリグリになった。グリグリってグリグリ。そしたら、目の前に人がいたんで、バァーってやったんだ。女かどうかは知らねえ。とにかくバァーって。でもあんま覚えてなくて、道を歩いていたら、警察にガッてされてつれていかれた」
果たして何を話しているかわかるだろうか。
少年は重大な事件を起こした時のことを説明しているのだが、細かなところがすべて「グリグリ」とか「バアー」とか「ガッ」といったオノマトペ(擬態語、擬声語)になって何もつたわってこない。
後で少年院の法務教官に聞いたところ、この少年は幼い頃から解体業者を経営する義父の激しい虐待にさらされていたそうだ。中学も行かせてもらえず、義父の会社で働かされていた。
十六歳の時、そのストレスから会社の駐車場に停められた車や、近所の自転車のタイヤをナイフでパンクさせた。義父に気づかれて呼び出されたため、彼は「殺される」と思ってパニックになり、所持していたナイフで前を歩いていた見知らぬ中年女性を切りつけるという凶行に及んだらしい。そうすれば家に帰らなくても済むと考えたのだろう。
だが、いくら彼の話を聞いても、事件の細かなことは何もつたわってこなかった。
■少年院で実感した言語力の乏しさ
逮捕後、彼は警察や裁判所で犯行の内容を説明されたはずだし、少年院では犯した罪の振り返りをしているはずだ。それでも彼は適切な言葉で説明することができなかったのである。
これまで私は20カ所近くの少年院・少年刑務所を訪れ、そこに収容されている多数の少年少女にインタビューをしてきた。ここでも彼らの言語力の乏しさは明白だった。
かつての不良少年は、虐待、差別、貧困といったことで家庭や学校に居場所を見つけられなくなった者たちだった。彼らは、暴走族のような不良グループに属すことによって代わりの居場所を手に入れた。そこで現実逃避のためにシンナーを吸ったり、自分の存在証明のために暴力を振るったりすることで、少年院へ送致されたのだ。
だが、現在の少年院に収容されているのは、そうした一時代前の不良とは異なる。様々な要因によって居場所を失うところまでは同じだが、今の子供たちは、不良グループではなく、ネットやアニメなどの二次元の世界に居場所を見出す。すでに見てきたように、その負の側面がひきこもり、ゲーム依存、心身の疾患などだ。
これらは犯罪には当たらないため、保護された後、彼らは少年院ではなく、回復施設へ送られる。現在、全国的に少年院へ送致される子供が激減する一方で、ひきこもりやネット依存からの回復施設の数が急増しているのはその表れといえる。
■家庭内暴力、育児放棄、過干渉…
それでも日本社会から非行が消えたわけではない。現在、少年院に収容されているのは、ネットやアニメに居場所をつくることさえ許されなかった者たちだ。
冒頭の少年は、中学へも行かせてもらえずに義父の経営する解体業者で働かされていた。後に見るように、劣悪な家庭環境から逃げだした少女が生きていくために売春をするケースや、反社会的勢力につかまって詐欺に加担させられるケースもある。
なぜ彼らは押しなべて言葉で物事を考える力が弱いのか。長年、奈良少年刑務所で教育専門官を務めた乾井智彦は語る。
「少年たちが言葉を持てない原因の一つは、家庭環境の悪さにあると思います。家庭内暴力、育児放棄、過干渉などにさらされている子が多いのは統計で明らかになっています。実際に子供たちと接していると、統計以上ですね。こうした環境で育つと、子供は何を言っても聞いてもらえないとか、自分の意見を持っても意味がないとして思考そのものを諦めるようになります。少年刑務所に来たばかりの頃、彼らは口癖のように『意味ねえ』とか『くだらない』と言います。諦める以前に、しっかりと現実を見ようとしていない。家庭環境が、彼らをそういう思考にさせてしまっているんです。それでますます言葉で考える力を失っていくのです」
■劣悪な家庭で育った子供が8〜9割
家庭環境の劣悪さが子供に及ぼす影響は一章で見た通りだ。ただし、一般的な被虐待の子供と比べると、彼らが受けてきた虐待は桁違いに悪質であることが多いため、人格のゆがみも著しい。法務省が少年院にいる少年少女の被虐待率を調べたものが図表1だ。
男子の三人に一人、女子の二人に一人が虐待家庭で育っているとされているが、これは表現力に乏しい子供たちへの調査を元にしたものであり、教育虐待など旧来型の虐待に当てはまらないものは含まれていない。
実際、これまで私がインタビューした数十人の法務教官の大半が、劣悪な家庭環境で育った少年少女は統計以上に多いと口をそろえる。三〜五割どころか、八〜九割というのが現場の感覚だ。
それがどのように非行に結びつくのか、一つ例を挙げたい。次は、女子少年院に収容された十七歳の少女の体験である。
■少女(R華)はなぜ売春をしたのか
R華は母親の顔を覚えていない。物心つく前に、母親が浮気相手と駆け落ちしたため、父親に育てられたのだ。
父親はトラック運転手をして全国を回っており、週の半分以上は家に帰ってこなかった。幼少時代は父親の知人のフィリピン人女性が弁当を届けてくれたが、小学校に上がってからは自分で弁当を買わされた。保育園へは行っておらず、朝から晩までテレビの前で過ごしたという。
家の電気や水道が未払いで止まることも度々だったというから、ネグレクト状態にあったといえるだろう。
父親は長距離の仕事の後に二、三日の連休をもらっていたが、そんな日は朝から浴びるほど酒を飲んだ。昼過ぎには泥酔し、機嫌が悪くなってくると、テレビの前にいるR華を理由もなく殴りつけた。R華は毎回サンドバッグのように心を無にして殴られ、ひたすら暴力が収まるのを待った。考える気持ちを捨てなければ、不条理に耐えられなかったのだろう。
こうした家庭環境によってR華は人間不信に陥り、意見をまったく言わない子供に育った。
授業中に先生に声をかけられても黙りつづけ、休み時間は誰とも話さずに禿ができるほど髪を抜いたり、指の皮をむいたりして過ごす。同級生からからかわれ、小学五年からは不登校になった。
■父親に命じられ、スナックで働き始める
中学に上がると、父親はR華に「学校へ行かないなら働いて家計を助けろ」と言って、知人のスナック店で働かせた。R華はスナックが何をするところかも知らないまま言いなりになり、十九時から午前二時頃まで働いた。給料はすべて父親が奪った。
十五歳のある日、店の常連だった半グレの男たちに目をつけられた。中学生を働かせているくらいだから質(たち)の悪い店だったにちがいない。半グレの男たちはこう言った。
「店に来てない時間は暇なんだろ。客を紹介するから売春しろ」
R華は男性経験もなかったが、抗うことなく一日三〜五人の客を取った。最初は客が払う二万円のうち半額をもらえる約束だったものの、毎日半グレの男たちから「腕時計を買え」「酒代を払え」とたかられ、すべて言いなりになって払ったせいで、金はまったく残らなかった。
彼女は私の質問にこう答えている。
――男たちに金を払ったのはなぜ?
言われたから。
――悔しくなかった?
……サンキューって言ってくれる人もいた。
――売春は嫌だった?
そうだけど、他にすることないし……。
――後悔してる?
わかんない。
■家出少女たちを連れ込む半グレ男たち
売春をはじめて三週間後、R華は半グレの男たちのたまり場のアパートで暮らすようになる。父親にしてみればスナックの給料さえもらえれば娘なんて知ったことではなかったのだろう。
半グレの男たちはいろんな家出少女をアパートへ連れ込み、覚醒剤を打っては強姦(ごうかん)し、売春をさせた。何人かの少女は泣きじゃくっていた。R華は目の前で強姦が行われても、誰かが殴られても、スマホのゲームをして知らん顔していた。たまに何かの拍子に現実にもどると、得体の知れない不安に陥りリストカットをした。手首を切れば「心がパッとした」そうだ。
ある日、アパートにいた別の家出少女から「死にたい」と相談された。R華は理由も訊かず、「わかった」と練炭を用意するなど自殺を手伝った。最終的に、自殺は失敗に終わったが、少女が病院へ搬送されたことで一連の犯罪が明るみに出る。
警察がアパートに踏み込み、男たちとともにR華も逮捕された。R華は売春だけでなく、家出少女の監禁の手伝いや、自殺幇助をしたとされ、少年院に送られた。
■自分はどうしたらいいか、わからない
読者は、R華の人生にいくつもの「なぜ」を挟みたくなるだろう。
なぜ黙って父親の虐待を受け入れたのか、なぜ命じられるままに水商売や売春をしたのか、なぜ逃げださなかったのか、なぜ自殺を手伝ったのか……。
彼女の言葉はおよそ二通りだ。「わかんない」か「言われたから」である。言いなりになればどういう事態になるのか、逃げるために何をすべきなのか、自分はどうしたいのかといった思考が皆無なのだ。
R華の人生をトータルで見ると、その原因が家庭環境にあることは否めない。幼い頃に虐待下で身につけた思考停止の習慣は、暴力に満ちた現実を生き延びる術だったはずだ。しかし、思春期になって環境が変わったことで、その特性は他人からいいように利用される弱点となる。
彼女は父親や半グレの男たちからの身勝手な要求を思考停止のまま次々に受け入れ、最後は押しつぶされた。
彼女を担当していた少年院の法務教官は次のように述べていた。
「昔の非行をする少年って、恐喝にしても、リンチにしても、悪いことだと自覚してやっていたと思うんです。少年にしてみれば、それがグループの行動原理だから、やらざるをえなかったし、やることによってグループの仲間に自分を認めてもらっていた。だから、少年院では、『その考えは間違っているよね。だから直そうね』という指導ができました。
一方、R華のような今の少年たちは、自分がなんで悪いことに巻き込まれ、どれだけ重大なことをしているかに無自覚です。少年院に来ても、なんで自分がここにいるのかわかっていない。そうなると、まずそれをわからせるところからスタートしなければならなくなります」
■悲しい、苦しい気持ちを言葉にできない
これは女子に限ったことではなく、男子の非行にも当てはまる。男子の非行は暴力という形で現れる傾向にある。
先の乾井は述べる。
「不幸な境遇で育った少年は、『悲しい』とか『苦しい』とか自分の感情を言語化するのが不得意です。彼らにとって厳しい現実と向き合い、言葉によって気持ちを深く掘り下げていくのはつらいことなので、向き合おうとしないのです。考えれば考えるだけ苦しむことになる。だから、自己分析がとても苦手です。
一方で、怒りの感情は『むかつく』『殺す』『死ね』など驚くほど簡単に口にします。これらは自分ではなく、他者に向けられるものなので言語化しやすいのかもしれません。自分の内面から目をそらし、他者に向けて放てばいいだけですから。でも、そんな言葉を発すれば、相手と衝突しますし、後先考えずに手を出せば暴力行為になります」
こうした子供たちに言葉を持たせるのは容易いことではない。乾井も言うように、言葉を持つのは自分を傷つける行為でもあるためだ。
だが、その痛みを伴う一歩を踏み出さなければ、更生の道は開けない。
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石井 光太(いしい・こうた)
ノンフィクション作家
1977年東京生まれ。作家。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執筆活動をおこなう。著書に『物乞う仏陀』(文春文庫)、『神の棄てた裸体 イスラームの夜を歩く』『遺体 震災、津波の果てに』(いずれも新潮文庫)など多数。2021年『こどもホスピスの奇跡』(新潮社)で新潮ドキュメント賞を受賞。
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(ノンフィクション作家 石井 光太)