アークテリクスはカナダのノースバンクバーに本社がある本格派のアウトドアブランド。古代に生息した始祖鳥の化石をイメージしたロゴがトレードマークだ。写真は原宿の直営店(記者撮影)

クリスマスを直前に控えた2022年12月中旬の週末。東京・原宿の明治通り沿いにあるカナダのアウトドアブランド、アークテリクス(以下アーク)の旗艦直営店は、若いカップルや男性客でにぎわっていた。ただ、年末商戦のまっただ中にもかかわらず、メンズコーナーに陳列されている商品は目に見えて少なく、なんとも寂しい印象だ。

「(化繊綿入りアウターの)アトムARフーディーはないんですか?」「シェルのベータLTジャケットがほしいんですけど」

来店客からの質問に、スタッフたちがあちこちで頭を下げている。「すいません、店頭に出ている商品以外は売れてしまって在庫がないんです。次回の入荷があるかどうかもわからない状況でして……」。

2022年の国内販売額は過去最高

こうした風景は直営店だけではない。「ご覧の通り、アークの秋冬物はもうほとんど何も残ってないですよ。ちょっと前までは登山で使うモノに強いこだわりを持った方が買うブランドだったのに、今じゃあノース(ザ・ノース・フェイス)並みの人気ですからね。もともと入荷数自体が少ないブランドですし、若い人たちが買われて、あっという間に売り切れました」。そう話すのは、都内に店舗を構えるアウトドア専門店の販売員だ。


2022年10月には東京・丸の内に国内13店舗目となる直営店をオープンした(記者撮影)

この専門店では長年にわたってアークの商品を取り扱ってきたが、2年ぐらい前から在庫や入荷の問い合わせ電話が増え始め、2022年はその数が一気に増えたという。「秋冬物が入荷し始める10月以降は、多い日には10件ぐらい問い合わせの電話がかかってきて、その対応だけでも大変でした」。

アークの国内販売責任者を務めるアメアスポーツジャパンの高木賢・ブランドヘッドは、「とくにこの1、2年で新たなお客さんが非常に増えている」と話す。金額は非公表だが、コロナ影響がまだ残る環境下にもかかわらず、2022年の国内販売額は前年に続いて過去最高を記録した。

アークは1989年にカナダで創業した本格派のアウトドアブランド。クライミング用のハーネス(ロープと体をつなぐ安全用具)の製造からスタートし、現在は主に山岳用のウェアやザックを展開。高い品質・機能性と無駄を削ぎ落としたシンプルなデザインが特徴で、山岳ガイドをはじめ、登山やクライミング、大自然の雪山を滑るバックカントリーなどの熱心な愛好家たちから高い支持を集めているブランドだ。


厳冬期のアウトドアに欠かせない防風・完全防水のシェルは、アークが最も力を入れる商品だ(記者撮影)

アークの商品はほかの有名アウトドアブランドと比較しても値段が高い。定番の秋冬用の化繊綿入りジャケットは約4万円、アウトドアフィールドに欠かせないゴアテックスの高機能素材を用いた防風防水シェルは廉価版でも5万円、本格仕様だと8万〜12万円もする。

そんな本格派の高級アウトドアブランドが今、日本で飛ぶように売れている。店頭に並べればすぐに売り切れるほどの人気ぶりで、公式のオンライン通販も多くの商品が完売状態。安価なファストファッションにおされて不振が続くアパレル業界から見れば、なんともうらやましい話だ。

「登山に関心のない人たち」が消費を牽引

ではなぜ、これほどまでに人気に火がついたのか――。

アークは長年にわたってアジアでは現地の代理店に販売を任せていたが、買収して親会社になったフィンランドの総合スポーツ用品企業、アメアスポーツが2014年から直接販売する体制に変更。これを機に日本でも直営店の展開を始め、2022年10月には東京・丸の内に国内13店舗目となる直営店をオープンした。

「直営店の出店によって、主要な商品を一堂に展示し、ブランドの全体像を消費者にきちんと伝えることができるようになった。ブランドイメージの訴求で大きな効果があったと思う」。アメアスポーツジャパンの高木氏はそう振り返る。

以前と大きく変わったのは客層だ。先述したようにアークの商品は値段が高いため、タウン用のリュックなど一部の商品を除けば、これまでのメイン客層は「経済的に余裕があり、登山など本格的なアウトドアを趣味とする40〜50代の男性」(高木氏)だった。

一方、今のアーク人気を牽引するのは20〜30代の若い世代だ。といっても、彼らがアークのジャケットやシェルを着て山に出かけるわけではない。直営店や登山専門店の販売員は、「そのほとんどは登山などに関心のない人たち」だと口をそろえる。要は、若者が街着として購入しているのだ。

近年、日本では世界でも類を見ないほどアウトドアファッションが若い男性たちに浸透。その火付け役となったのが、アメリカで誕生し、国内ではゴールドウインが商標権を持つザ・ノース・フェイス(以下ノース)だった。街着としても大人気化したノースは国内売上高が年間800億円規模にまで成長し、今では街中でそのロゴを見かけない日はないほどだ。

ただ、さすがにここまでノースを着る人が増えてくると、ファッションにこだわりのある人ほど、街中でかぶりにくい、新たなカッコいいブランドを探し始める。そうしたタイミングでアウトドアファッション系のユーチューバーたちがこぞってアークの商品を取り上げ始めた影響もあり、いわゆる「にわかアークファン」が一気に増えたのだ。

中国人転売ヤーが出現

さらに品不足に拍車をかけているのが、人気に目をつけた転売ヤーの存在だ。転売が横行するのはノースの人気商品でも同じだが、アークの場合は、日本に住む留学生など多くの中国人転売ヤーが出現している点に大きな特徴がある。


化繊綿入りの「アトム」シリーズはアークを代表する人気商品。アウトドア用の行動着だが、普段使いもしやすく、店頭に並べばすぐに売り切れる(記者撮影)

中国ではかつての現地代理店が超高級ブランドとしてアークを売っていた経緯があり、アメアスポーツの直販体制になって以降も日本より5割以上高い定価で販売されてきた。それでも富裕層を中心にブランドが人気化。円安が進んだ今の日本なら現地の半値で買え、それを中国で売れば相当な転売益が得られるのだという。

「中国の転売ヤーの人たちは力の入れ方がすごくて、毎日のように入荷状況を調べに来る。店側としては対応に苦慮しています」。都内直営店のスタッフは苦笑いしながらそう話す。カナダの本社もこうした国をまたいだ転売問題を認識し、極端に高い中国内の定価を修正する方向で検討しているようだが、本格的な調整には時間を要する見通しだ。

アウトドアファッションの新たな定番ブランドとして一躍スポットライトを浴び、日本で飛ぶように売れ始めたアーク。急激に膨れ上がった需要にどう対応するかは大きな課題だが、これがなんとも難しい。コロナによる増産の制約に加え、アウトドアが盛んなお膝元の北米市場を筆頭に各地域で販売が伸びているため、日本への割り当て量だけを大幅に増やすわけにもいかない。


アークの国内販売を統括する高木賢氏は、「日本では街着として売れているが、本来のアウトドア用途でもっとブランドを浸透させたい」と語る(記者撮影)

国内販売を率いる高木氏は「もっと商品がほしいとリクエストはしているが、決めるのはあくまでカナダの本社。われわれとしては、決められた供給量の中でやるべきことをやっていく」と話し、日本市場の大きな課題として、本来のアウトドア用途でのファン層拡大を真っ先に挙げる。

アウトドアシーンでの着用率を上げたい

「街着として買っていただけるのはありがたいが、やはり登山やクライミング、バックカントリーなど、アウトドアでもっと多くの人に着てほしい。日本ではそうしたアウトドアシーンでのアークテリクスの着用率がまだまだ低い。そこを着実に上げていくのが一番の大きな課題だと考えている」(高木氏)

こうした想いは直営店の販売スタッフたちも同様だ。ある販売員はこうこぼす。「お客さんの数は増えたけど、タウンユースで買っていく方が大半なので、接客していてお客さんと山の話をしたり、登山の服装のアドバイスを求められたりすることがむしろ減った。それがすごく寂しいんですよ」。

限られた供給量の中で販売現場の混乱を最小限に抑えつつ、本来のアウトドア用途でのファンをいかに増やしていくか。日本でのアーク事業にとって、2023年は難しい舵取りを求められる1年になりそうだ。

(渡辺 清治 : 東洋経済 記者)