迫る物流危機を回避できるのか(写真:EKAKI/PIXTA)

「物流の2024年問題」のタイムリミットまで1年4カ月を切った。トラックドライバーの時間外労働の上限規制が2024年度から適用されるために、2019年度比で14%以上の輸送能力不足が顕在化するという問題だ。これによって物流コストが大幅に上昇するだけでなく、一部で貨物が運べなくなる事態が発生すると懸念されている。

過去にも物流危機が表面化したことがあった。2017年2月にヤマト運輸が、宅配便取り扱い能力が限界に達したとして総量規制に踏み切った。このときは宅配便の再配達問題が原因の一つとされ、不在でも荷物を受け取ることができる宅配ボックスの設置や置き配が進むことで事態の深刻化は回避された。

しかし、今回はトラックドライバー不足によって、長距離輸送を中心に輸送能力そのものが不足する産業構造問題に起因している。民間シンクタンクの試算によると、2024年度に不足する営業トラックの輸送トン数は4億トンと見込まれ、10トントラックで換算すると年間4000万台、1日当たり10万台以上も足りない計算だ。とくに農業・水産品の出荷では、不足する輸送能力が現状のままでは3割を超えるとの試算もある。

これまでも政府は「物流危機」が迫っていることを訴えてきたが、社会全体に十分に訴求できているとは言いがたい。危機感を強めた経済産業省、国土交通省、農林水産省の3省で今年9月から「持続可能な物流の実現に向けた検討会」を立ち上げ、近く対策を取りまとめる予定が、はたして危機を回避できるのか。

「フィジカルインターネット」の正体

物流問題に対して政府も業界も手をこまねいていたわけではない。今年3月には経産省・国交省が物流の構造問題を解決するための方策を示した「フィジカルインターネット・ロードマップ」を策定した。2040年を目標に「フィジカルインターネット」を実現するとの政府方針を示し、物流業界だけでなく、スーパーマーケット、百貨店、建設業などの業界ごとに具体的な方策を講じるための検討会も立ち上げている。

しかし、今年9月中旬に開催された「国際物流総合展」を取材しても「フィジカルインターネット」というキーワードをほとんど見かけなかった。グーグルでネット検索しても「フィジカルインターネット」を取り上げたニュース記事もほとんど出てこない。物流業界にも十分に浸透していない言葉を国民の多くが知らないのも当然だろう。

「フィジカル」とは「肉体・身体」の意味でよく使われるが、もともとは「物質的なもの」という意味。「フィジカルインターネット」とは、物体=荷物をインターネットのように大量かつ高速に送れる「物流ネットワーク」を表す言葉だ。インターネットやデジタル技術を使って物流システムを効率化するだけでなく、インターネットの仕組みを物流に応用して産業構造そのものをイノベーションしようという取り組みである。

1990年代に商用サービスが始まったインターネット以前のデジタル通信は、発信者と受信者を通信回線で直接つないでデータを送っていた。インターネットでは、データを標準サイズの「パケット(小包)」に分割し、「TCP/IP」と呼ばれる標準通信手順を使い、異なる通信ネットワークを相互接続する「ハブ/ルーター」などの通信機器を経由してデータを送っている。混雑している通信回線を避け、空いている通信回線を経由することで、効率的に大量のデータが送れるようになったわけだ。

これを物流に当てはめると、パケットは「段ボール箱」や荷物をまとめて運ぶための「パレット(荷台)」、TCP/IPは「伝票・納品書」、ハブ/ルーターは「倉庫・物流施設」に相当する。つまり、物流ネットワークを「フィジカルインターネット」として機能させるためには、ロボットなどの機械で荷物を自動的に搬送できるように段ボール箱やパレットを標準化し、伝票・納品書などのデータも標準化して中小事業者を含めた情報連携基盤を構築する。

さらに倉庫・物流施設も大量の荷物を効率的に捌けるように徹底的に自動化・機械化を行い、道路、鉄道、フェリーなど輸送ネットワークの中継拠点に配置する必要がある。今、日本だけでなく世界的に物流施設の需要が高まっているのは、ネットショッピングなどのEC需要が拡大しているだけでなく、物流のフィジカルインターネット化が進み出しているからだろう。

2024年問題解消のカギを握る「標準化」

「物流分野で標準化されているのは、世界的にみてもコンテナのサイズと欧州で使われているユーロパレットしかない。日本でもT11型パレット(1100×1100ミリ)を標準と定めたが、本格普及はこれからだ」。大和ハウス工業グループの物流ITベンダー、フレームワークスの秋葉淳一社長は、物流分野の標準化動向をそう解説する。

トラックドライバーの勤務時間を調査すると、実際に運転している時間は全体の65%程度で、荷物の積み降ろしの荷待ち時間が13%、ドライバー自らが荷物の積み降ろし作業を行う荷役時間が13%を占める。つまり、倉庫・物流施設の自動化・機械化が進めば、2024年問題も一気に解消する可能性もあるわけだが、そのカギを握るのが標準化である。

技術的には、あらゆる荷物が標準パレットの上に積載されていれば、AI(人工知能)を搭載した自動運転フォークリフトで荷物の積み降ろしを自動化できて、ドライバーが荷役しなくても済む。荷物の入った段ボール箱も形状や強度がロボットで扱えるように標準化されていれば、標準パレットに荷物を積み降ろしする作業も自動化が可能だ。

フレームワークスは、2015年に発足したロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)に加盟し、ロボット利活用推進ワーキンググループ(WG)内の物流倉庫テクニカルコミッティ(TC)で秋葉氏が座長を務めている。昨年9月からは大和ハウス工業、フォークリフトの豊田自動織機、イオングローバルSCM、花王、日立物流と共同実証事業を開始。先月からはキリンビバレッジ、日立物流などとアーム型ロボットで扱える段ボール箱やシステムインターフェースの標準化を進めるための共同実証事業に着手した。

「重い荷物を梱包した段ボールをアーム型ロボットの吸盤で持ち上げたときに破損することがある。包装コストを抑えながらロボットで扱える段ボールを標準化できれば、自動化機器を最大活用できる」(秋葉氏)。物流の自動化・機械化は物流施設を利用するすべての荷主企業が取り組むべき課題なのだ。

新時代のソフトバンクは現れるか

インターネットの普及に大きな役割を果たしたのが、インターネットサービスプロバイダー(ISP)と呼ばれるネットワーク接続事業者だ。日本でも超高速のブロードバンド(広帯域)インターネットの常時接続サービスが始まった2001年に、ソフトバンクが通信接続機器のモデムを無料配布するなど思い切った戦略で通信事業者へと飛躍するきっかけになった。

フィジカルインターネットでもISPとなる企業は現れるのか。その有力候補の1社が、昨年9月に物流施設「Landport習志野」にパートナー企業26社と連携して物流実証拠点「Techrum(テクラム)」を開設した野村不動産だ。いまやパートナー企業数は50社を超え、さまざまな機器やロボットを組み合わせて最適な物流設備を構築できる機能を備えており、今月からはNTT東日本の協力を得てローカル5Gの検証環境を整えた。

「(アマゾンなどの)ECや(ユニクロなどの)SPA系アパレルの大手は、最適な物流設備を自ら構築できるが、大半の荷主企業は自分たちに適した物流設備を選定・検証・導入するのが難しい状況だ。テクラムにはパートナー企業との協業でさまざまなロボットや搬送機器を設置しており、パートナー事業との協業によるエンジニアリング体制のほか、野村不動産内部でも顧客の課題抽出やコーディネートのための人員体制を強化し、顧客ニーズに応じた物流設備の構築をサポートしていく」(都市開発第2事業部物流事業部事業企画課・網晃一課長)

まさに荷主企業をフィジカルインターネットに接続するためのサービスを提供するISPの役割を果たそうとしているわけだ。物流施設事業者は、荷主企業、物流企業、トラック・物流搬送機器メーカーとも競合関係にはないので、物流システム全体を調整しやすい立場にあり、しかも用途に応じて適切な立地を提供できる。

物流業界全体のデジタル化が遅れている

フレームワークスの秋葉氏も「いずれ深刻な人手不足で物流危機が訪れることはわかっていたので、その解決に貢献するにはどこと組むべきか。物流会社や大手ITベンダーではなく、物流インフラを整備する企業だろうと考え、ちょうど声をかけてくれた大和ハウスグループに入ったのが10年前」と振り返る。

今年9月にはソフトバンクグループが搬送ロボットなどで物流ロボット事業に参入しており、フィジカルインターネットでもISPに名乗りをあげる企業が今後も出てくると予想される。

物流業界全体のデジタル化が遅れていることも大きな課題だ。トラック輸送事業者の9割以上が中小企業で、現状では大半が紙の伝票類、電話、ファックスで業務を行っており、「90年代のインターネットが普及する以前に似たような状態にある」(野村不動産・網氏)。

インターネットでは大容量の画像データなどを送るために通信回線の高速化が進められてきたが、フィジカルインターネットでドライバー不足に対応するには、トラックの積載率アップや大量輸送可能な鉄道や船舶の活用などで輸送能力を確保するしかない。最適な輸送経路と手段を選択するにはさまざまな物流データが必要となるものの、デジタル化が進んでいないためデータが得られず活用も進んでいない。

物流大手の日立物流では、今年1月から自社の物流業務支援システム「SSCV-Smart」を中小物流事業者が1事業所当たり月額1000円で利用できるサービスを開始。カーナビゲーションシステムのジオテクノロジーズは、10月からドライバーのスマートフォンでトラック向けカーナビ、集荷配送先情報共有、動態管理が可能な「スグロジ」を月額2000円で提供するなど、中小事業者のデジタル化を支援するサービスが登場している。物流ITベンチャーのHacobuは、物流DX人材育成のための「MOVOアカデミー」を来年1月から開講する。

フィジカルインターネットは物流革命を起こすのか

これまで紹介した取り組みで「物流の2024年問題」を解決するのは簡単ではないかもしれない。抜本的な解決策は「トラックなどの自動運転システムが本格導入されること」(経産省・中野剛志物流企画室長)だが、当分、先の話だ。「物流危機を回避するためにやれることは何でもやる」との覚悟で、長年の商慣習の改革にも挑む必要があるだろう。

これまで物流コストは発荷主がすべて負担し、着荷主はコストを払わずにトラックドライバーなど物流事業者に荷降ろし作業などを負担させてきた。現状では着荷主には荷下ろし作業の自動化・機械化に投資するインセンティブが働きにくいだけに、物流コストの透明化と公正な負担を進める必要もあるだろう。

インターネットの普及がIT革命をもたらしたように、フィジカルインターネットも物流革命を起こすのだろうか。物流に関わるすべての関係者が危機感と将来ビジョンを共有し、さまざまな課題をひとつずつ乗り越えていけるかがカギを握っている。

(千葉 利宏 : ジャーナリスト)