毛沢東で日本人が連想するのは天安門の肖像画だが、中国人にとっては人民元紙幣に描かれた肖像画の方だろう。富の偏在化が進む中国では、そんな人民元の再分配を大富豪に迫る政策がすすめられている
今年10月に行なわれた中国共産党大会で、習近平政権の3期目発足が確定となった。台湾問題や少子高齢問題、ゼロコロナ政策による失業率の悪化や経済成長の鈍化、各地における暴動の散発など、今中国では、様々な問題が山積みとなっている。そうしたなか、政権が目玉政策として掲げるのが「共同富裕」だ。この共同富裕について、中国人ジャーナリストの周来友氏が解説する。

【写真】1兆円以上が中国政府に! 募金額ランキング(2022年)

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「共同富裕」とは、経済成長による所得格差を是正し国民全体で豊かになっていくことを目指す、新社会主義的な概念です。このキーワードのもと、習近平政権は富裕層や莫大な利益を上げる企業に対し、積極的な慈善活動や募金を行なうよう呼び掛けてきました。

中国の民間経済シンクタンクである『胡潤研究院』が発表した、2022年度版の「中国募金額ランキング」によると、募金額首位となったのは中国の電子商取引企業大手の「京東集団」(JDドット・コム)の創業者兼CEO、劉強東(リュウ・キョウトウ)の149億元(約3000億円)でした。ちなみに、劉の個人資産は約1兆2000億円以上に上ると報じられています。

2位には中国フードデリバリー大手・美団の創業者兼CEOの王興(オウ・コウ)で147億元(約2940億円)、3位には中国の家電メーカーでスマートフォンメーカーとして知られるXiaomi(シャオミ)の創業者兼CEOの雷軍(ライ・グン)で145億元(約2900億円)が続いています。


CEO・劉強東の巨額寄付を大々的に報じる中国紙(済南時報)
今年は上位49位までの富裕層が1億元以上(約20億円)もの多額の募金をしており、1億元以上の募金をした人数は昨年から10名も増加しています。今年はすでに過去最高となる728億元(1兆4560億円)の募金が寄せられたそうです。募金の多くは教育分野や環境問題対策、貧困対策などに活用されていくと伝えられています。

■ただの慈善ではない巨額寄付者の本当の動機

ただ、こうした高額募金者の動機は、欧米などで見られる大富豪の慈善活動とは少し異なります。高額募金のもっとも主要な動機は、政権への忠誠を示すため、さらには一般市民からの批判をかわすため、というのが実際のところです。

3年ほど前から習近平政権は中国国内のテック企業や大手新興企業に次々と多額の罰金刑を言い渡してきました。2021年4月、中国国家市場監督管理総局は、電子商取引最大手のアリババ集団に対し、独占禁止法違反の名目で182億元(約3640億円)の罰金を課しました。

中国は数年前からアリババ集団に対し調査を行なっており、創業者の馬雲(ジャック・マー)は、政権との対立を避けるためすでにCEOを退任し、現在は貧困農村部への教育支援に向け基金会を設立するなど、政権が提唱する共同富裕政策に従う動きを見せています。


民間シンクタンク「胡潤百富」が発表した2022年募金額ランキング。中国を代表する大企業のトップがずらりとランク入り
今回、多額の募金を行った劉強東、王興、雷軍らも、いずれも経営する企業がこの数年で当局から、「不当な価格操作」「独占禁止法違反」「誇大広告」などの名目で多額の罰金刑を言い渡されています。習近平政権は巨大な利益を上げる企業の影響力の拡大を警戒し、その影響力を削ぎ監視下に置くことを目的に、多額の罰金刑を言い渡してきました。

こうした企業の経営者たちが積極的に多額の募金を行なうようになった背景には、政権に対する忠誠心を示し、対立する意図がないことをアピールする狙いがあるのです。超富裕層に対する一種の税金、もしくは御上への上納金という捉え方もできるかもしれません。

外資系企業も逃れられません。中国市場を重要視するルイ・ヴィトンは、中国で20億元(約400億円)規模の基金会を設立するなど、外資系企業へも共同富裕政策に賛同する流れが加速しています。中国に進出する日系企業にも、今後は共同富裕政策への対応を迫られることになるかもしれません。

ちなみに募金額首位だった劉強東を含め、多くの富裕層は自社株を基金団体に寄付するという手段をとっています。ただ、149億元(約3000億円)の寄付をした劉の場合、その後の京東集団の株価の下落もあり、募金額の価値は100億元(約2000億円)にまで目減りしていると報じられています。

■過去のスキャンダルを清算する

一方で、高額寄付は過去の過ちを帳消しにするための"免罪符"という側面もあります。

劉強東は2018年、アメリカで中国人女子学生をレイプしたとして逮捕勾留される事件を起こしていました。今年10月、両者の間で和解が成立し不起訴処分となった劉強東でしたが、中国国内では厳しい声が多く寄せられていました。

ところが今回、3000億円の寄付が明らかになったことでネット上では、「過去に色々あったが社会貢献は素晴らしいことだ」「もう彼を責めるのはやめよう。彼のおかげで多くの人民が救われた」など称賛するコメントが多く寄せられています。

格差社会となった中国では、一部の富裕層に厳しい目が向けられるようになりました。共同富裕政策のもとでの寄付行為は、政権への忠誠心を誓う重要な手段であると同時に、社会からの評価を得るための手段でもあるのです。

もちろん、富める者からの再配分によって救われる人がいることは良いことです。しかし、そうした風潮が広がりすぎると、「金持ちは何でも許されるという社会になりかねない」という危惧もあります。

ところで、中国の本当の姿を知ってもらうため、日本で情報発信をしている私ですが、一部中国人ネットユーザーからは「裏切者」など敵視されることも少なくありません。そんな私は、いくら寄付したら許してもらえるのでしょうか(笑)

●周来友氏
ジャーナリスト
1963年、中国浙江省紹興市生まれ。1987年に私費留学生として来日し、司法通訳人を経て現職。翻訳・通訳派遣会社も経営している。

構成/広瀬大介 写真/済南時報、胡潤百富