日産グローバル本社(神奈川県横浜市)で、話題を呼んだ「魔法の自動運転モップ」の仕掛け人である小倉氏を直撃。特別にウワサのモップを見せてもらった

10月1日、さいたまスーパーアリーナで開催された「NBA JAPAN GAMES 2022」に日産が開発した"魔法の自動運転モップ"が登場し、会場を沸かせた。そこで、仕掛け人である日産自動車日本マーケティング本部ブランド&メディア戦略部、シニアマネージャーの小倉遵也(おぐら・じゅんや)氏に話を聞いた。

【写真】「プロパイロットモップ」と“魔法の用品”たち

■魔法のモップが動く仕組みとは?

――モップが手放しで動き、ダンサーともシンクロする。このファンタジーあふれるパフォーマンスにNBA JAPAN GAMES 2022の会場は一瞬で魅了され、SNSでも熱狂の渦が巻き起こりました。そんな"魔法の自動運転モップ"の仕掛け人である日産の小倉さんに今回お話を伺います。まず反響から教えてください。

小倉 おかげさまでNBAファンの皆さまにも共感していただけましたし、SNSでも非常に多くの「いいね」をいただくことができました。海外でも話題になっていたのは想定外と言いますか、うれしい誤算でしたね。

あと、うちの女性スタッフが「日産の自動モップはスゴかったよね」「うんうん」という声をたくさん耳にしたそうで、非常にありがたいなと。


日産が開発した「プロパイロットモップ」。自立したモップが勝手に動いてコートを磨く

――ちなみに"魔法の自動運転モップ"の正式名称は?

小倉 「プロパイロットモップ」です。2019年に世界初で発売を開始した日産の先進運転支援技術「プロパイロット2.0」から着想を得て開発しました。これは高速道路でハンズオフを可能にした技術で当初はスカイライン、そして現在はアリアに搭載する日産の英知を結集した最新の技術ですね。

――つまり、あのモップの動きはプロパイロット2.0を表現したものであると?

小倉 そのとおりです。プロパイロット2.0が誇る「ハンズオフ走行」や「車線維持」、そして「追い越しのアシスト」などをコート上で表現しました。


「プロパイロットモップ」

――日産が誇る最新技術のアピールを狙ったパフォーマンスに仕上げたと?

小倉 ええ。もちろん、"技術の日産"ならではの「アイデア」で、「ワクワク」する体験をお届けしつつ、大前提としてはNBAファンと一緒に盛り上がろうと。

――開発費やスペックは非公開ということですが、言える範囲でかまいません。プロパイロットモップの仕組みを教えてください。どうすればあんな動きができる?

小倉 事前にプロパイロットモップにバスケットコートをインプットします。プロパイロットモップはセンサーによる緻密な位置制御を行なう機能を搭載していますので、それによりハンズオフでモップがコート上を動き、障害物と接触することなく自動でモップがけを実行できます。

プロパイロット2.0の特徴である"人と機械が通じ合うような世界"を、清掃員に扮(ふん)したダンスチームとのシンクロで表現しました。


残念ながら開発費やスペックは非公開とのこと。しかし、モップの中身は公開してくれた

■モップ以外にも魔法の用品がズラリ!

――このプロパイロットモップが登場したのはNBA JAPAN GAMESの会場でした。コロナの関係で約3年ぶりの開催ということもあり、観戦チケットは事前に即完売するなど、非常に高い注目を集めていました。

小倉 対戦カードは、昨シーズンに王座を奪還したNBA屈指のスーパースターが集まる「ゴールデンステート・ウォリアーズ」と、日本人プレーヤーである八村塁選手が所属する「ワシントン・ウィザーズ」ですからね。コロナもあってライブ観戦が渇望されており注目度は抜群でした。

――なぜNBA JAPAN GAMESをプロパイロットモップのパフォーマンスの場に選んだ?

小倉 まずNBA JAPAN GAMESという枠組みの中で日産の技術で観客を熱狂させ、共にNBA JAPAN GAMESを盛り上げることで、企業イメージ向上への貢献という部分が中心にあります。

そして、日産のブランドメッセージ伝達の手段としてプロパイロットモップの企画が存在します。ですから、決してモップの出口としてNBAの会場を選んだというわけではありません。

――だとすると、日産がNBAを選んだ理由は?

小倉 企業が伝えたいことを発信する広告型アプローチだと、特に若い世代へリーチできません。それが近年の企業のマーケティング上の課題となっています。いわゆる"エモ消費"に代表されるような若い世代の特性をとらえ、単なるブランド露出ではなく、彼らに寄り添う新しいマーケティングの機会をちょうど模索していたんですよね。

――そこに浮上したのが、NBA JAPAN GAMESの開催であったと?

小倉 NBAが若い世代に対して魅力を持っていることはマーケティング調査でも裏づけられています。NBAのソーシャルアカウントにも多くのフォロワーがいますしね。八村塁選手など日本人プレーヤーの活躍も大きいのかなと。

――それにしても、バスケとモップが見事にひもづきました。これは狙いどおりなんですか?

小倉 日産がNBA JAPAN GAMES 2022に協賛することを決定したとき、バスケファンのインサイトをとらえるためにバスケに精通したスタッフを集めました。実は私も中学生の頃からずっとバスケに取り組んできた人間なんですよ。

――なるほど。

小倉 なので、バスケに欠かすことのできないモップでのフロア清掃作業を自動化技術でストレスなく楽にサポートし、今までの常識をガラリと変えたらどうかと考えまして。日産らしい「驚き」と「楽しさ」を表現しようと。

――そのアイデアは急に浮かんだものですか?

小倉 いいえ、バスケ少年だった頃から、私の頭の中にボンヤリあったんです。公式戦のモップ担当は、自分の試合の前後いずれかで持ち回りなんです。そのとき、「モップが自動で動いたら楽だしおもしろいだろうなぁ」と思っていたんですよね。

――つまり、長年の夢を現実にしたと。今回の企画を通す際、上司というか、会社の反応はいかがでした?

小倉 "やっちゃえ日産"じゃないですけど、「ぜひ、やろう」と言われました。ご存じのように一般的に広告というのは敬遠されがちです。でも、それってもったいないなと。だから、私がやるなら多くの人を楽しませようと。

――具体的にプロジェクトが動き出したのはいつです?

小倉 協賛が決まったのが今年の5月末です。その後、約3ヵ月でプロパイロットモップを開発しました。

――えっ、全然時間がないじゃないですか。よくそんな短期間で開発できましたね?

小倉 いろいろ大変でしたが、今までにも日産には「TECH for LIFE」という取り組みがありまして。


2016年2月、手を叩くと自動で元の位置に戻る「インテリジェントパーキングチェア」を発表。これは自動駐車技術を活用したもの


2016年9月に発表の「プロパイロットチェア」は、先頭にいる人が店内に入ると自動的にイスが列の後方に回り、次のイスが先頭に来る

――ほお。

小倉 具体的には「車両技術で培った技術を、皆さまの生活の中に」というもので、会議後に散らかったイスが自動で元の位置に戻る「インテリジェントパーキングチェア」。人気店の行列を自動で整理するイス「プロパイロットチェア」。

自動で整列するスリッパや座布団などが堪能できる「プロパイロットパーク旅館」。ゴルフパターでボールを軽く打つだけで確実にカップインする「プロパイロットゴルフボール」。ラーメンをこぼすことなく、お客さまの席まで熱々を最速でお届けする「e−4ORCE ラーメンカウンター」。これらで積み重ねてきた経験や知見があったのが大きいですね。


2018年1月に発表した「プロパイロットパーク旅館」。旅館の玄関先などのスリッパがスイッチひとつで客を迎える位置に整列。客室では座布団やリモコンが自動で移動する


2019年8月には「確実にカップインするゴルフボール」である「プロパイロットゴルフボール」が登場。このゴルフボールはカップまでの最適なルートを解析して自走する


今年3月にはラーメンを載せ、スープをこぼすことなく客の席へと運ぶという電動トレイ「e−4ORCE ラーメンカウンター」を開発。加速性能や揺れの少なさを表現したという

■土壇場で使用禁止が出たプロパイロットモップ

――実はNBA JAPAN GAMESのコートには日産のフラッグシップEVであるアリアが登場し、そのアリアを跳び越えてダンクシュートするというパフォーマンスもありました。こちらも大きな話題を呼びましたが、段取り含めて苦労されたのでは?

小倉 NBAのコートの上でクルマを走らせて登場させるなんて前代未聞です。正直、折衝は大変でした。ダンクもぶっつけ本番でしたしね。

ただ、累計販売60万台以上を誇る世界初の量産型EV「リーフ」を世に送り出したパイオニアたる日産のイメージを訴求する上では必要なパフォーマンスでした。しかし、土壇場でもっと大きなイレギュラーが発生したんです。


日産のフラッグシップEV「アリア」がコートにまさかの登場。そして、このアリアを跳び越えてダンクを決めるパフォーマンスに会場は大熱狂

――というと?

小倉 選手の安全管理の観点から「万が一コートが傷ついたりして、選手がパフォーマンスを発揮できなくなる可能性があるので、プロパイロットモップのパフォーマンスは許可できない」と。

――マジか! で、どうしたんですか?

小倉 緊急で(NBA本部の)ニューヨークと会議ですよ。先方に動画をお見せしながら、絶対コートに傷はつかないとか、ほかのリスクについても回避策を取っているという事実を丁寧にご説明し、なんとかOKをもらいましたが、いやぁ、内心ヒヤヒヤでした。

――そんな紆余(うよ)曲折を経て、モップが自立して勝手にコートを磨くという、日産の最新技術をアピールするパフォーマンスは無事に終わりました。このプロジェクトを取り仕切った人間として、その瞬間の気持ちは? 

小倉 心から安堵(あんど)しました。達成感よりも、「無事にモップが動いた。終わった。良かった」と(笑)。本当に時間がありませんでしたから。このプロジェクトのスタッフは疲労困憊(こんぱい)だったと思います。

ただ、どんな困難が立ちはだかっても最後まで諦めず、みんなで粘って前に進んだことが、大きな反響に結びついたのかなと。

――今回の仕事の中で小倉さんが大切にしたことは?

小倉 「好き」という気持ちを大切にしました。私はバスケが好きです。しかも、好きなバスケと仕事を融合できた。苦しい面はもちろんありましたが、好きを抱えながらの仕事は楽しいですよね。


小倉氏は2019年に日産自動車入社。木村拓哉さん出演の新ブランドキャンペーンの立ち上げや電気自動車を中心としたブランド戦略を推進。2021年よりメディア戦略を統括している

――最後に単刀直入に聞きます。ズバリ、このプロパイロットモップのライバルはルンバですか? どうです?

小倉 いやいやいや。ルンバさんに対しておこがましいです(汗)。あくまで今回のプロパイロットモップはハンズオフ技術を伴った世界初のプロパイロット2.0を訴求するものでして、販売や製品化は考えておりません。

――と言いつつプロパイロットモップに続く隠し玉があるのでは?

小倉 今後も"技術の日産"ならではの「驚き」と「楽しさ」をお届けします。そこは、ぜひともご期待ください。

――「プロパイロットモップを生で見たい!」という声もあります。

小倉 現時点では何も決まっていませんが、例えば小学校、中学校、高校のバスケ部の大会などでプロパイロットモップを披露し、少しでも楽しんでもらえたら......元バスケ少年としてはうれしいですね(ニッコリ)。

取材・文/黒羽幸宏 撮影/望月浩彦 写真提供/日産自動車