2019年4月、東京・東池袋で2人が死亡、9人が負傷する事故が起きた。この事故の加害者家族に話を聞き、『家族が誰かを殺しても』(イースト・プレス)を書いた阿部恭子さんは「加害者家族は自分が起こした事故のように罪責感に苦しんでいた」という――。(第2回)

※本稿は、阿部恭子『家族が誰かを殺しても』(イースト・プレス)の一部を再編集したものです。

写真=時事通信フォト
東京・池袋で暴走した車にはねられ母子が死亡した事故現場で実況見分する警視庁の捜査員ら=2019年6月13日、東京都豊島区 - 写真=時事通信フォト

■「人殺し!」という声が響き渡った法廷

「人殺し……、人殺し!」

2021年2月、東京地方裁判所102号法廷。被告人が退廷している最中、中年女性の声が法廷に響き渡った。被告人席の目の前の傍聴席にいた私は、まるで後ろから矢を打たれたように、一瞬、息が止まる思いがした。「そこの人、発言を控えなさい!」職員が口々に、叫んでいる女性の発言を止めるよう叫び、法廷は一時、騒然となった。

2019年4月19日、東京・東池袋で当時87歳の被告人・飯塚幸三が運転していた車が暴走し、2名が死亡、9名が負傷する大惨事となった交通事故の刑事裁判。私は被告人である彼の目の前の特別傍聴席にいた。被害者とその家族、支援者、そして多数の報道陣が記者席に詰めかける中、私は針の筵(むしろ)に座る思いだった。

毎回、公判期日の前日は一睡もできず、緊張のままその日を迎えていた。重大事件とあって法廷は厳戒態勢が敷かれ、傍聴人の入廷から出廷まで複数の職員が対応していた。私はいつも、何か起きたら助けてほしいとの思いでそばにいる職員を確認し、席についた。  

事故を起こした責任を取ると遺書を残して自死した加害者、息子が起こした死亡事故に、自責の念に堪えられず自死した加害者の母親、父親が交通事故を起こして自ら命を絶ち、生活困窮から一家心中を考えたという加害者家族……。交通事故の加害者家族は想像以上に過酷な状況に置かれてきた。

ある日突然、一瞬の気の緩みから人命を奪ってしまった瞬間、「人殺し」「犯罪者」と呼ばれる。突然、重い十字架を背負うことになった加害者家族からは、後悔と無念の思いが語られてきた。

■実態が明らかにされていなかった「加害者家族」の現状

2014年より、私が代表を務めるNPO法人、World Open Heart(以下、当団体)は、実態が明らかにされていない全国の交通事故加害者家族に関する調査を行ってきた。

交通事故は、死亡事故であってもメディアスクラム(集団的過熱取材)が発生するケースは稀であり、家族が抱える問題は、被害者への対応や加害者とどのようにかかわるべきかといった身近な対人関係が中心となっていた。ところが2015年頃から、認知症の高齢者ドライバーによる事故報道が全国で相次ぎ社会的関心を呼ぶようになり、年末になると、交通事故の特集を組む番組からの取材依頼も増えるようになった。

事件報道の影響によって転居を検討しなければならない家族も増え、加害者家族の悩みは年々、深刻化しつつあった。本件は、高齢化社会に伴い増加する高齢者ドライバーの問題への関心が、高まりを見せていく最中に起きた。

この突然の大惨事に、当団体の加害者家族ホットラインにはコメントを求める取材依頼とともに、高齢者ドライバーがいる家族からも連日、相談が相次いだ。

「もし、同じような事故が起きたらどうすれば……」
「あの事故のご家族はどうなってしまうんでしょう……」

こうした電話に紛れて、長男からの電話があった。

「なぜこんなことになったのか、これからどうしたら良いのか……」

睡眠も食事も、まともに取ることができないという。電話の声だけで、憔悴(しょうすい)しきった状況は十分に伝わってきた。

写真=iStock.com/banabana-san
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/banabana-san

■「事故直後に息子に電話した」はデマだった

「事故を起こしてしまって、今から病院に行くという電話を父から受けました」

長男が父親から電話を受けたのは、携帯電話に残った着信記録によれば、事故発生から55分後である。ところが事故翌日、「容疑者(幸三)は『事故直後』に息子に電話をした」と報道され、これによって、救助活動もせずに真っ先に息子に電話した行為が非人道的だと、世間から猛烈なバッシングを受けることになった。

長男が警察の事情聴取の際に聞いた話では、事故1分後には近くを走っていた白バイが到着していた。当時の写真によれば、救急車も10分後には到着して救助活動が始まっていたのだ。長男への電話は、父親が病院に搬送される寸前のタイミングだったという。

事件直後の幸三の様子について、「人をいっぱいひいちゃった、とパニックになって息子に電話をかけた」と、新聞や週刊誌が報じたが、長男が受けた電話では、幸三はパニックに陥(おちい)っている様子はなかった。さらに、ウェブ情報の消去や事故の揉み消しを息子に依頼したのではないかなど、息子が犯罪の隠蔽(いんぺい)をしたような言説がネットで飛び交うようになった。

■SNSアカウントの消去が、デマ拡散の一因になってしまった

一部報道では、電話をかけたことがドライブレコーダーに残っていたと報道されているが、ごみ清掃車両のトラックと衝突した時点で電装系がズタズタに破壊され遮断されたことから、そもそもレコーダーにその後の音声が記録されることはないことは自明である。

警察の記者会見の際、レコーダーに「危ない」という妻の声が残っていたとの話に続いて、息子に電話をしていたとの話が続いたため、音声が残っていたと記者が勘違いしたのではないかと推測される。

事故後、SNSには家族や知人の情報を含めた写真やフォロー・フォロワーが公開されていたことから、長男がアカウントを消去した。

SNS時代に情報拡散を防ぐことは、家族のみならず第三者のプライバシーを守るためにも、重大事件の加害者家族であれば真っ先に行わなければならないことである。そうしなければ、親族や知人にまで取材が殺到したり、情報が世間に出回ることで、取り返しのつかない迷惑をかけることになってしまうからである。ところが、事故直後の行動を巡る報道によって、幸三があたかも不都合な事実を隠蔽し、逮捕を免れようとしており、息子も加担しているという印象が植え付けられてしまった。

息子が電話を即時に解約した、グーグルストリートビューから自宅を見えないようにした等のデマが拡散したが、幸三の過去をウェブ検索した人々が情報にアクセスできない苛立ちから、怒りの矛先を家族に向けるようになっていたのではないか。 

■家族は警察に逮捕して欲しいと頼んでいた

実名が報道され、旧通商産業省の元官僚である事実が公になると、官僚のコネを利用して逮捕を免れたという「上級国民バッシング」が始まった。発端はやはり、交通事故に関係するある事故の報道からである。

この事故から2日後、神戸市で60代の男性が運転する市営バスが暴走し、男女2人が死亡、6人が負傷する事故が起き、運転手がすぐ逮捕されていたにもかかわらず、幸三が逮捕されないのはおかしいという主張が広まっていた。幸三は胸部骨折に加えて心筋挫傷とそれに伴う不整脈があり、入院して3日間は集中治療室に入った。

同乗していた妻(当時87歳)は、肋骨が多数折れて陥没呼吸となり、集中治療室に20日入ったうえ、2回手術を行っており、生死の境をさまよう症状だった。このような状態では、逮捕を行う警察の負担が大きいどころか、まともな捜査が可能とは到底思えない。

さらに、退院時には家宅捜索時を含めてすべての証拠保全がなされていたため、在宅捜査で十分ということは、後に専門家たちもさまざまな媒体でコメントしている。

「家族としてはむしろ逮捕してもらいたかったんです」

長男は、両親の身の安全を考え、むしろ身柄を拘束してくれるように、警察に頼んだことがあった。

■家族にまで向けられる制裁

「自宅の電話は鳴りやまない状況でしたし、ネットの反応を見る限り世間の憎悪は強くなる一方で……、警察には逮捕してくださいと言いました」

こうした家族の感情とは裏腹に、家族も不逮捕に協力したという批判は止まなかった。

「車庫入れが上手くできず、何度も妻から注意されて切り返していた」とも報道されていたが、運転経験がない妻は、車庫入れについて指示できるような能力はなかった。運転については一切を夫に任せており、駐車場に着くと待たずに先に部屋に戻っているのが常だったため、そのような事実はあるはずがないと妻は言う。

また駐車場自体が、回転テーブルがあるような非常に狭いところで、そもそも何度も切り返しが必要な場所だった。体力の衰えを自覚し、自ら免許を返納すべきだったと道義的責任を批判されることは致し方ないが、事故直後の報道は恣意(しい)的に、幸三に不利で悪質性を強調する情報だけが報道されているようにさえ感じた。
 

写真=iStock.com/GCShutter
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/GCShutter

■いまでもネット上にはデマが拡散されている

説明不十分で炎上を招いた報道もあった。

「飯塚幸三は足を悪くして通院していたが、運転免許を返納する考えはなかった。事故を起こした4月中に新車の購入を検討していた」というような、一見、事故を起こしてからも新車を検討していたかのように読める曖昧な文章が配信され、「こんな大惨事を起こしておいて新車の検討か!」と火が付いた。

実際には、車を乗り続けるなら安全装備の充実した車の方が良いと考え、3月に購入検討を進めていたという話だった。日に日に過激になる報道と相まって、ネット上には多くのデマが書き込まれ、バッシングの燃料となっていった。拡散速度は極めて速く、デマと言えども事件の評価に多大な影響を与えていた。
 

■バッシングを苛烈化させた「フレンチに遅れる」という報道

2019年11月の書類送検に合わせるような形で、上級国民バッシングをさらに苛烈化させた報道があった。「フレンチに遅れる」というテロップをつけ、一部のテレビ局が事故を報じたことだ。

事故当日、幸三が妻と昼食を取るために、レストランに向かっていた事実は間違いがない。しかし、向かっていた先は「町の洋食屋」ともいえるようなカジュアルなレストランであって、フランス料理を専門に出す店ではなく「フレンチ」と呼ぶには違和感があった。また「遅れる」と、あたかも昼食に急いでいたことが原因であるかのように報道されているが、夫婦馴染みのレストランで、たとえ遅れたとしても問題はなく、十分な余裕があったと考えて良いのである。

「捜査関係者によると」という前置きで流れたこの報道は、事故の原因となった理由があまりに身勝手で、幸三が「上級国民」であるという印象を決定的にし、再び世間からの苛烈なバッシングを引き起こした。

阿部恭子『家族が誰かを殺しても』(イースト・プレス)

次から次へと一方的な報道が出るたびにSNSでは炎上を繰り返し、このような状況に家族は悩まされていた。

「重大な事故を起こしたのでやむを得ないとは思いますが、メディアの虚偽報道や過剰報道には心を痛めています……」

目にしたくはない報道も日々、飛び込んでくる。それでも長男は、社会人として日々のニュースから目を背けるわけにもいかず、SNSの書き込みについても日々確認しなければならなかった。世間の人々の心無い言葉に胸を痛めていたのだ。 

----------
阿部 恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長
東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行支援などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)、『家族が誰かを殺しても』(イースト・プレス)がある。がある。
----------

(NPO法人World Open Heart理事長 阿部 恭子)