韓国が独自開発したK9自走155mm榴弾砲は、誕生から四半世紀が経ち性能向上の計画も進行中です。ただ、先に見据えるのは乗員ひとりで1個砲班を動かす究極の「ワンマンオペレーション」だとか。現地で話を聞いてきました。

K9自走砲の採用国、次々と増加中

「K9」は韓国が開発した自走榴弾砲です。メーカーは同国の防衛関連企業であるハンファ・エアロスペース(2022年まではハンファ・ディフェンス)で、同国が一から独自に設計した自走砲としては初のものです。


高速でのデモ走行を披露するK9自走砲。公称の最高速度は67km/h(布留川 司撮影)。

 主兵装の155mm榴弾砲は最大射程が約40km(メーカー公称)。車体後部に備えた半自動の装填装置と、砲塔内に設置されている砲弾ラックを用いることにより、最大で毎分6発の連続射撃を行うことができます。また、バースト射撃という短時間に限り多数の砲弾を撃ち出す方法では、15秒間に3発の砲弾を発射できます。この3発の砲弾を、角度を変えて撃ち出せば、それらを同時に弾着させるToT(Time on Target:陸上自衛隊の総火演でも展示される射撃砲)を単独で行うことで、より威力の高い砲撃を行うことも可能です。

 また、自走砲であるため機動性も高く、移動状態から60秒で射撃状態に移行することができます。戦場での砲撃戦では、相手側に弾道をトレースされて反撃射撃を受けることが多いものの、K9は射撃と移動を繰り返すことで、それを回避することが可能であり、その点は陸上自衛隊の99式自走155mm榴弾砲を始めとして、他国の砲塔型自走砲と一緒だと言えるでしょう。

 開発は1989(平成元)年にスタートし、1999(平成11)年より量産を開始。韓国陸軍には2022年現在、約1100両が配備されており、2010(平成12)年11月に起きたいわゆる「延坪島砲撃事件」では、先に攻撃してきた北朝鮮軍陣地にたいして射撃を実施。実戦も経験しています。

 なお、この事件では当初、韓国側の反撃が遅れたことから、それに付随してK9自体の性能に疑問符が付く報道も多くなされました。しかし、現地に展開していたK9の一部は最初の北朝鮮の砲撃によって被弾するも、その直後に反撃を実施しており、乗員の死傷者も出していません。

 この一件は、現在でもK9を評価するうえで引っ張り出される事例ですが、少なくともその高い生存性と実戦経験は外国の軍隊からは評価されているようで、この自走砲は2022年現在、韓国を含めて世界9か国で導入および採用(現地でのライセンス生産も含む)が決定しています。

最新モデルK9A1 兵士の感想は?

 好調なセールスを記録しているK9ですが、メーカーであるハンファ・エアロスペースは、そのアップグレードも現在、進められているといいます。筆者(布留川 司:ルポライター・カメラマン)は2022年9月にソウル近郊で行われた防衛装備展示会「DX KOREA」に行ってきましたが、そこではK9の最新モデル「K9A1」の実物が展示されていました。

 K9A1は2018年より韓国陸軍に配備が始まった最新型です。外見的には従来のK9と大差ないものの、いくつかの新しい装備品が増設されたことで、自走砲としての能力が大きく向上しています。


射撃姿勢を取るK9自走砲。輸出する際のニックネームは「サンダー」

(布留川 司撮影)。

 K9A1で新しく追加された装備は3つあります。GPSとINS(慣性航法装置)を組み合わせた位置標定装置、砲塔後部のAPU(補助動力装置)、そして車体の前後に搭載された視界確認用のカメラです。これらアップグレードによって、どのような効果が見込めるのか、実際に運用している韓国陸軍の兵士にハナシを聞いてみました。

「GPSとINSを組み合わせた装置を使うと、自車の座標と攻撃目標の位置が直ちにわかるので、K9自体の射撃精度と対応速度が向上しています。また、APUを使えばエンジンを停止した状態での射撃が可能なので、停止時や砲撃陣地に居るときには車両から出る赤外線(排熱)や騒音が抑えられ、敵側に見つかりにくくなりました。前後の監視モニターは基本的に車のバックモニターと同じですが、これによって乗員は車内にいながらすべての作業を行うことが可能です。GPS+INSによる射撃精度の向上と、監視モニターとAPUによる生存性の向上。これがK9A1の特徴です」

5両一組を兵士たった1人で動かすなんて!?

 なお、ハンファ社によるとK9はさらなるアップグレードも計画されており、「DX KOREA」の同社屋内ブースには計画工程表(ロードマップ)がパネルで展示され、それに関する大まかな内容をスタッフがわかりやすく筆者に説明してくれました。


2022年10月に行われた兵器見本市「DX KOREA」で展示されたK9A1自走砲。昨年納入されたばかりの新しい車両だそう(布留川 司撮影)。

 まず、次に計画されているのがK9A2モデルです。特徴は砲塔内部の自動化による無人化、そして駆動システムに電動方式を採用すること、砲塔上部に車内から遠隔操作するリモート・ウェポン・システムを装備することだそう。現在のK9A1では、砲塔内部に弾薬の装填手が2名必要ですが、機械によって自動化することで装填速度を向上させ、さらに人員の削減も可能になるとのこと。現在のK9A1では全部で5名の乗員が必要ですが、K9A2では前述の装填手2名が必要なくなり3名(操縦手、射手、車長)まで削減されます。

 さらに、その先に計画されているK9A3モデルでは、砲塔内部どころか車両自体の無人化も計画しているとのこと。省人化・無人化は現代兵器におけるひとつのトレンドですが、K9A3の場合は単純な無人化とは少し違います。

 説明によると、1部隊を5両編成とし、その内の1車だけを1人乗りの有人車両にして、残りの4両を遠隔操作で操縦するというのです。つまり、K9A1では5両で計25名の人員が必要だったのを、K9A3ではたった1名で肩代わりさせるというもので、これは技術的にも非常に野心的な計画といえるでしょう。

 実は最近の軍事のトレンドでは、完全な兵器の無人化だけでなく、有人プラットフォームと無人プラットフォームを組み合わせたMUM-T(manned-unmanned teaming:有人と無人のチーム化)というコンセプトが話題となっています。無人兵器は現在でも数多く実用化されて実戦などで使われています。しかし、その多くは人間による遠隔操作を必要とし、自動で動く自律型も自爆型ドローンや偵察機など一部の任務に用途が限られています。

ご長寿兵器になる可能性も秘めたK9

 さまざまな状況下で素早く臨機応変な対応をするには、AIなどの自動化ではいまだ能力不足であり、どうしても人間による判断と決定が求められます。MUM-Tでは、戦場において有人プラットフォームが中心となり、それに無人プラットフォームが付き従い連携することで、兵士の人員削減と攻撃を受けた時の人員的被害を減らすことを狙っています。

 K9A2やK9A3は、まだ兵器では実用化されていない技術が用いられており、車両よりもそれら技術の研究開発を先に行う必要があるでしょう。メーカー側でもこれが技術的な挑戦であることは理解しているようで、K9A2だけ捉えても配備に至るまでには最大で8年程度かかると考慮しているとの答えでした。


2022年10月の「DX KOREA」で、ハンファ・ディフェンス(当時)のブースに展示されていたK9自走砲とK10弾薬運搬車の模型(布留川 司撮影)。

 兵器開発において計画だけで終わったものは数多くあり、このK9自走砲のアップグレード型も実際に生産にこぎつける保証はどこにもありません。しかし、前述したようにK9自走砲自体は海外輸出が好調であることから、今も生産が続く現在進行形の兵器と形容できます。そのため、ゼロから開発しなければならない新型と比べて、成熟した技術者や組織が開発にあたることができ、その計画の現実性は他の兵器よりも高いともいえるでしょう。

 また、これまでの輸出によってK9とその派生型を運用する軍は世界中に広がっているため、それらの国が将来、アップグレード型を導入する可能性は無きにしもあらずです。つまり、9か国で運用されている自走砲は、それ自体が巨大な市場を形成しているといえ、それらを見込んでメーカーは多くの資金や人員を投入することが可能だと推測できます。

 自国の韓国陸軍や外国への輸出で一定の成功を収めているK9自走砲は、これまで紹介したアップグレード型の開発が順調に進めば、今後数十年に渡って世界で運用される長寿兵器になる可能性を秘めているといえるでしょう。