「パワハラ」になる基準、「セクハラ」との違い、「マタハラ」について詳しく紹介します(写真:Taka/PIXTA)

「いまどきの新入社員は何を考えているかわからない」「パワハラと訴えられるのがこわくて部下に注意ができない」「リモートワークの導入で部下の仕事が見えず、どう評価していいかわからない」など、部下との関係に悩む上司は後を絶ちません。最近では、部下に遠慮して言いたいことを我慢してストレスをためている上司も多いようです。

多くのリーダーは、上司になるための教育を受けずにリーダーになっています。部下の指導で悩むのも当然なのです。

実は、理想の上司を知るよりダメな上司を知るほうがビジネスには100倍役に立ちます。マネジメントに悩むリーダーがやってはいけない地雷を112項目にまとめた一冊『上司のやってはいけない!令和版』から3回にわたってお届けします。

1回目:ダメ上司ほど「部下への仕事の任せ方」が下手な訳
2回目:部下を育てたいなら理解すべき「Z世代」の3大特徴

2022年4月から中小企業にもパワーハラスメントの防止に関する法律(改正労働施策総合推進法)が適用されました。パワハラ行為をした者は、民事上の不法行為責任を負い、その場合には被害者の損害に対して賠償責任が生じます。その金額は数千万円に上ることもあるのです。さらに、違法性が高いとみなされた場合、刑事責任が発生するケースもあります。

名誉毀損や侮辱罪が成立

たとえば、上司が部下に対し、蹴ったり殴ったりしたら暴行罪や傷害罪が成立します。さらに、暴力ではなく言葉だけであったとしても、名誉毀損罪や侮辱罪が成立する可能性が現れるのです。

一定の要件に該当する場合には、

・脅迫罪
・強要罪
・強要未遂罪

が成立するケースも想定されます。悪質な場合には、警察に逮捕されて裁判となり、有罪判決を受けるケースもあります。

パワハラ防止に関して法律もできて、上司の皆さんはとても頭を抱えていますが、大きな解釈の間違いがあります。たとえば「部下がパワハラと感じたらパワハラとなる」です。

これは間違った解釈ですが、世間一般ではこのようにパワハラが理解されていることが多いと感じます。部下がパワハラと感じたらパワハラになってしまえば、業務が正しく進まない可能性が発生します。

「セクハラ」は受けた人間がセクハラと感じればセクハラに認定される可能性が高くなりますが、パワハラについては、そんなことはありません。厚生労働省のパワハラの定義について(2012年)には次のような記載があります。「業務上適正な範囲を超えない指示、注意、指導、命令等はたとえ相手が不満を感じたりしてもパワーハラスメントには当たらない」となっているのです。

しかし、多くの人たちが「パワハラと感じればパワハラになる」と思っているのはセクハラの定義と混同されているのではないでしょうか? 皆さんの中で「部下から言われたらパワハラになる」と考えていた方がいたら、ここで違いを正してくださいね。業務の範囲の指示、注意、指導、命令などは、パワハラにはならないのです。

パワハラを正確に理解しよう

上司たるもの、まずは「パワハラ」を正確に理解する必要があります。

「今までは、セクハラもパワハラもごちゃごちゃ言われることはなかったのに、生きにくい世の中になりましたね」などの声を現場で聞くことも多々あります。しかし、時代は変わり、企業として、個人として「ハラスメント」に向き合うことが必須となったのです。

では、セクハラとパワハラの違いを見てみましょう。

セクハラとパワハラは似たものと言われていますが、大きな違いがあります。それは、セクハラは被害を受けた者が「セクハラを受けた」と感じれば、セクハラとなります。しかし、パワハラは客観的な事実に基づいて、判断されるのです。それは、上司の口調が厳しくて、部下が「パワハラ」と感じても「業務指導の範囲内」であれば、パワハラに該当しないのです。これに関する裁判があります。

[国・品川労基署長事件 東京地裁 令和元年8月19日]

・社員Aは上司から「パワーハラスメントを受けた」と主張した。
・これにより、抑うつ状態・適応障害を発病し休業に至ったと主張した。
・そして、所轄の品川労働基準監督署長に対し、労災法の休業補償給付の請求をした。
・しかし、労基署は、「業務が原因で発症したのではない」と判断し、休業補償給付を支給しないと判断した。
・Aは、この決定に納得がいかず、不服申し立てをしたが、労災保険審査官も不支給処分の審査請求について棄却の決定をした。
・そのため、Aは処分の取消しを求めて裁判を起こした。

そして、裁判所は以下の判断を下したのです。

・Aが業務をできるようになるまで上司が根気強く指導する中で、「あほ」など口調が厳しくなったが業務指導の範囲内であり、仮に逸脱する部分があったとしても嫌がらせなどとはいえない。
・本件の疾病は、業務上の疾病には当たらず、不支給処分は、いずれも適法であると判断した。

この裁判を詳しく見ていきましょう。

上司である課長は、Aに対し、「君の考えはどうなんだ?」「君がどうしたいっていうのはないの?」などと同じ質問を繰り返していた。それとともに、「ふざけんなおまえ」「あほ」と述べるなど、時折、厳しい口調で指導していた事実は認められました。

しかし、Aが単純な計算を誤ったり、課長の話を聞かず、要領を得ない回答を繰り返したりしたためでした。そして、課長の指導の口調が厳しくなる場面があったのです。それから、Aが自分で計算できるようになるまで、根気強く指導がされていたことが認められ、病気の発症は業務上の疾病には当たらないと判断されたのです。

パワハラの認定で、指導の範囲内か、または、逸脱して違法か、の判断は微妙な問題です。そして、個別具体的な裁判上の証拠調べの結果にゆだねられることが多いです。しかし、パワハラの違法性は、セクハラと異なり「主観」ではなく、指導での業務範囲の「大幅な逸脱が認められるか?」が要件となります。

とくに「相手に対して、人格否定を行う」ことが、パワハラと認められるポイントとなります。この境界線を意識して、ハラスメント対策を行うことが重要となりますので、みなさんの会社でも対策を立てるときは、このことを意識しましょう。

業務とは? 業務の範囲とは?

パワハラを考えることは、業務とは何か? そして、業務の範囲はどこまでなのか? を突き止めることです。厚生労働省の定義によると、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは、次のような記載がありました。

社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、またはその態様が相当でないものを指します。

(例)
・業務上明らかに必要性のない言動
・業務の目的を大きく逸脱した言動
・業務を遂行するための手段として不適当な言動
・当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
(出典:厚生労働省 あかるい職場応援団HP、ハラスメントの定義より)

この定義をみると、業務上の関わりがある言動であれば、「よっぽど」のことがない限りパワハラには該当しないと考えられます。よく言われるのが「相手への人権侵害」の有無でパワハラかパワハラでないかの判断に左右されます。

ここで考えなければならないのが、「ついつい口走ってしまう」ことです。


部下に対し、大きな感情が動くときは「怒り」が先に出てしまい、勢いで「余計な一言」が、結果、人権侵害的な一言となり、パワハラを招いてしまう例が多いのではないでしょうか? また、実際に現場で、多く相談されます。

気持ち的に理解はできる部分はあるにせよ、「売り言葉に買い言葉」の要素が高いので、そこで悩まれるのはもったいないです。

それを防止するためには、一呼吸整えて深呼吸し、それから言葉を選んで注意することがポイントとなるでしょう。そうすれば、かなりの確率でパワハラ防止になるはずです。ここだけでも覚えておいてくださいね。

マタハラの具体例を紹介

妊娠・出産、育児休業・介護休業などに対する事業主の不利益取扱は、すでに法律で禁止されていますが、新たに「上司・同僚からの職場における妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメント」をマタニティー・ハラスメント(マタハラ)として禁止することになりました。そしてセクハラと同様に、雇用主に対して防止措置を講じることが義務づけられました。

マタハラの具体例として、次のようなものがあります。

・上司に妊娠を報告し育児休業を請求したら、「ウチは育休を取れる状況ではない」と言われた
・育児時間をとって早く帰ると、同僚から嫌味を言われる
・つわりがひどいのに、上司から「妊娠は病気ではないので甘えないでほしい」と言われた
・子どもが発熱して遅刻や早退を申し出るたびに、同僚から「本当に迷惑」と嫌味を言われる

マタハラは、たとえ法律違反にならないとしても、多方面に悪影響をもたらし、企業に多くのデメリットをもたらします。起きてしまった場合の悪影響としては次のようなものが挙げられます。

・妊産婦・胎児の健康への影響
・働く女性のモチベーションの低下
・退職などで優秀な人材を失う
・取引先などからの評価が下がる
・社会的な信用を失う

マタハラも法律で定義されたものなので、この対応もしっかりと行わないといけないのです。

(内海 正人 : 人事コンサルタント・社会保険労務士)