「若者の酒離れ」は本当に起きているのだろうか。ジャーナリストの永井隆さんは「1回の飲酒量は減っているが、若者がお酒を飲まなくなったわけではない。『若者の酒離れ』を理由に若者ニーズを無視すれば、ヒット商品は生まれないだろう」という――。
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「若者の酒離れ」は事実ではない?(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/AzmanL

■飲酒習慣は「20代男性19.4%、20代女性6.8%」

近年、「若者の酒離れ」を指摘する声が後を絶たない。

筆者の近刊『キリンを作った男』(プレジデント社)でもくわしく書いたが、国税庁によると、日本の酒類市場のピークは1999年度の1017万klだった。

しかし、少子高齢化と人口減の影響もあって、20年後に当たる2019年度には860万klにまで縮小している。

コロナ禍が始まった2020年度には814万klと、前年度を5.3%も下回った。

これは、ピークだった1999年の約8割という低水準である。

成人1人あたりの年間酒類消費量も、ピーク時である1992年度の101.8Lから、2019年度には78.1L、2020年度には75.0Lまで低下した。

市場縮小の原因の一つとして指摘されるのが「若者の酒離れ」だ。

厚生労働省によると、「週3日以上、清酒換算で1日1合以上飲酒する」飲酒習慣者の割合は、50〜60代男性では4割を超えているが、20代男性は19.4%、20代女性は6.8%という低い水準だ。

この数字だけを見れば、「最近の若者はお酒を飲んでいない」というふうにも見える。

だが、実態はもっと複雑なようだ。

■「1カ月に1回以上酒を飲む」20代は93%

「若者は酒から離れたわけではない」

こう話すのは、ハイト眞露(じんろ)(本社・ソウル)の日本法人、眞露(同・東京港区)の内藤聡マーケティング部門マーケティング兼宣伝販促チーム長だ。

「眞露が実施した5000人規模の市場調査では、『1カ月に1回以上酒を飲む』と答えた20代は93%もいた。また、世代間で大きな差はなかった。この調査の対象が『お酒を飲める人』に限定されていることを割り引いても、こうした数字を見るかぎり、『若者の酒離れ』はそれほど起きていないように思います」(内藤氏)

■1回に飲む量は減っているが、飲む機会は減っていない

ではなぜ「若者は酒離れしている」と思われたのだろうか。

「1回に飲むお酒の量は確かに減っています。ただ、飲む機会自体は減っていないのです。外食に行く頻度(ひんど)を調査したところ、20代男女の頻度は変わっていませんでした。おそらく、外食時の人数が減ったことと、人々の嗜好(しこう)が多様化したことが、1回に飲むお酒の量の低下をもたらしていると思います」(内藤氏)

確かに近年、日本では「大勢でガンガン飲む」光景を見かけなくなっている。

「かつては、会社の飲み会など、10人以上で外食する機会がたくさんありました。しかし、いまは大人数で飲む機会が減りましたし、飲む時のお店選びも変化しています。

最近の人は食習慣が多様化していて、今日はイタリアン、翌日はアジア料理と、いろいろなお店に行きます。行きつけのお店を作らないので、ボトルを置く習慣も薄(うす)れてきています。

その結果、1回の食事で飲む量が減っているのだと思います」(内藤氏)

また、飲むお酒の種類も多様化しているようだ。

「とりあえずビール、という光景が少なくなりました。市場調査でお酒の飲用経験を尋ねたところ、ビールの飲用経験は約6割、ビールをメインで飲む人は34%しかいませんでした」(内藤氏)

ビールを飲まなくなったことで、余計に『酒離れ』の印象が強まっているのかもしれない。

■若者は「チャミスル」を飲んでいる

そんな中、若者のあいだではやっているのが韓国焼酎の「チャミスル」だ。

「チャミスル」は韓国のメーカーであるハイト眞露が醸造し、その日本法人の眞露が販売している。

竹炭を使い、原酒(粗留アルコールを連続蒸留したもの)を複数回ろ過することで、スッキリした味になっているのが特徴だ。

最近ではコンビニでも、チャミスルの360ml入りグリーンボトルを見かける。

マスカットやストロベリー、すもも、ピーチなど、いろいろなフレーバー(大半はアルコール度数13%)があるが、韓国ではプレーンな「フレッシュ」(アルコール度数16%)が国民酒的な位置付けだという。

写真提供=眞露
「チャミスル」フレッシュ(プレーン)&マスカット - 写真提供=眞露

「コロナ禍が始まった2020年から、売り上げが急に伸び始めました」(内藤氏)

眞露は「チャミスル」の販売数量を公表していないが、若者を中心に大きく伸びているのは間違いない。

■「韓国ドラマで見た」ことでヒット

なぜ、こうした現象が起きたのか。

紀行作家のチョン・ウンスクさん(ソウル在住)は、『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』(双葉社)など、韓国の酒に関して多数の著作をもつ。

そのチョンさんは、チャミスルのヒットについて、次のように話す。

「コロナ禍で韓国のドラマや映画をネット配信で観る人が増えました。韓国人の喜怒哀楽に酒はつきもの。うれしいときに一杯、悲しいときも一杯というのが韓国の文化です。その様子は、ドラマ・映画にもよく登場します。

その際の、乾杯のかけ声や、『ソメク』と呼ばれるソジュ(韓国焼酎)のビール割りの作り方など、日本とは違う飲酒文化が目を引いたのでしょう」(チョン氏)

コロナ禍で、『梨泰院クラス』や『愛の不時着』といった韓国ドラマが日本でもヒットした。そうした韓国ドラマには、グリーンボトルの「チャミスル」が登場する。

コロナ禍で在宅勤務が増え、家飲みが中心になる中、日本の若い女性たちが韓国ドラマの中に発見したのが「チャミスル」だったというわけだ。

■韓国のチャミスルは「プレーン味」

興味深いのは、日本と韓国で「チャミスル」の売れ筋、飲み方が違うという点だ。

韓国では「チャミスル」というと、ほぼ「フレッシュ(プレーン味)」一択。

マスカットやすももなどの、フレーバータイプも販売されているが、流通量はごく少数だという。

「韓国で『チャミスル』と言えば、『フレッシュ(プレーン味)』のことです。普通はストレートで飲まれますが、ビールで割って飲むこともある。一気飲みの習慣もある」(ソウルに駐在経験を持つ総合商社幹部)

■日本のチャミスルは「マスカット味などの甘い酒」

一方、日本の若者のあいだで飲まれているのは、マスカット味などのフレーバータイプだ。

しかも、ソーダ等で割って飲むことも多いという。

「日本のコンビニには、マスカット味などのフレーバータイプが並んでいますが、韓国でよく飲まれているのはプレーン味です。日本ではお酒を割って飲む人が多いせいかもしれません」(チョン氏)

実際にコンビニを訪問して確認したところ、さいたま市にある筆者の自宅近くのセブン‐イレブンには、「フレッシュ(プレーン味)」があった。

しかし、同じくファミリーマートは、マスカット味など5種類のフレーバータイプは置いていたが、「フレッシュ」はなかった。

日本では「フレッシュ(プレーン味)」を置かない店すらあるのだ。

眞露の宇佐見映里菜マーケ部門宣伝販促チーム課長代理は、「韓国では年齢・性別を問わず『フレッシュ(プレーン味)』が飲まれています。一方、日本ではマスカット味などのフレーバータイプが好まれています。また、メインユーザーは20〜30代の女性が中心で、その点でも韓国とは異なっています」と指摘する。

■「チャミスルの午後ティー割り」がはやる理由

フレーバータイプの「チャミスル」は甘い酒だ。甘い酒は、ビールのように、大量に飲むには不向きだが、苦いお酒が苦手な人や、お酒に慣れていない若者、普段あまり飲まない人などにとっては、飲みやすい酒だ。

ただし、フレーバータイプの「チャミスル」でも、アルコール度数は13%もある。韓国のようにストレートで飲むにはややつらい。

日本に多いモンゴロイド系統の人は、もともとアルコールを分解する機能が弱いとされている。そのため日本では、焼酎やウイスキーを水やお湯、ソーダなどで割って飲む文化が根強い。

「チャミスル」も日本では割って飲まれているという。

特に、割り材としてネット上で紹介されているのが「紅茶」だ。

特にキリンビバレッジの「午後の紅茶・ストレート」で「チャミスル・マスカット」を割る飲み方が、TwitterなどSNS上で目立つ。

「チャミスルの午後ティー割り」がはやっている(TikTokより)

1対1で割れば、アルコール度数は6.5%。

また、「チャミスル」グリーンボトルは360ml、「午後の紅茶・ストレート」のペットボトルは500mlなので、それをそのまま混ぜると、アルコール度数は約5.4%と、ビール並みに下がる。

■「チーズタッカルビ」実は日本発祥だった

日本の消費者、特に若者たちは、韓国ではマイナーなフレーバータイプの「チャミスル」を発見した。

しかも、その飲み方も、自分なりにアレンジしてはやらせている。

このように日本の消費者が、韓国の文化を自由にアレンジして取り入れた例はほかにもある。

「チーズタッカルビ」は、その一例と言える。

「チーズタッカルビ」は、韓国料理の「タッカルビ(鶏肉の甘辛炒め)」にとろけるチーズを合わせたものだ。「チャミスル」同様に「インスタ映え」する料理として、コロナ前から人気が高まっている。

写真=iStock.com/Promo_Link
「チーズタッカルビ」実は日本発祥だった(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Promo_Link

この「チーズタッカルビ」だが、もともと韓国にはなかった料理である。

2012年ごろから竹島問題などで日韓関係が悪化し、新大久保などのコリアタウンも客足が遠のいていた。

どうすればお客さんを呼べるか。新大久保のお店が模索する中、若い女性にアピールするメニューとして開発されたのが「チーズタッカルビ」だった。

「チャミスル」のヒットは、この「チーズタッカルビ」のブームを彷彿とさせる。

つまり、もともと韓国にないか、あってもマイナーだった料理・お酒が、日本で「発見」され、ブームになっているのだ。

■若者ニーズをあきらめてはいけない

いまは第4次韓流ブームと言われる。「竹島問題」をきっかけにした日韓関係の冷え込みは薄れている。韓国ドラマ、韓国映画に加え、「NiziU」や「ル・セラフィム」(5人のメンバー中2人は日本人)など、韓国のアイドルグループはいまや世界的にも人気だ。

さらにはスマホの「ギャラクシー」や有機ELテレビなど工業製品でも韓国製は多い。日本の若者にとって韓国は身近な国だ。

「若者の酒離れ」が叫ばれる中、「チャミスル」が流行した事実は、若者のニーズをうまく捉えることで、ヒット商品を開発できることを示している。

逆に、「若者は酒離れしている」と、若者ニーズを諦めてしまっては、ヒット商品を作りようがない。

『キリンを作った男』の主人公で「一番搾り」をはじめ多くのヒット商品を生んだのが、“マーケティングの天才”とうたわれた前田仁(ひとし)氏(1950〜2020年)。前田氏が1986年に商品化した麦芽100%ビール「ハーランド」は、いまなお販売され続けるロングセラー商品だ。

「ハートランド」の表のコンセプトは「素(もと)=もの本来の価値の発見」だが、外部には出さず開発チーム内で共有した裏のコンセプトは「お客様に見つけさせる商品」だった。

「チャミスル」のヒットは眞露が意図したものではなかったが、日本の若者たちは「チャミスル」の価値を見つけ出した。

その「チャミスルが売れていったプロセス」と、前田氏がつくった「ハートランドのコンセプト」は、重なり合っているように見える。時代を超えた、ヒットの共通項といえよう。

2022年4月、眞露は発泡性の「チャミスルトクトク」(アルコール度数5%・275ml)を日本限定で発売した。

これは、先述した「チャミスルの午後ティー割り」など、日本ではチャミスルを割って飲んでいることに着目して、日本で開発した商品だ。

韓国からの輸入ではなく、日本国内でライセンス生産されている。

フレーバーは「マスカット」「すもも」「パイナップル」の3種類、価格は230円前後だ。

写真提供=眞露
「チャミスルトクトク」マスカット、すもも、パイナップル - 写真提供=眞露

価格や度数、味・フレーバーから「スミノフアイス」などと競合すると思われる。

「チャミスルトクトク」の販売について、眞露はやはり販売数量を公表していないが、「好調に推移」(同社)しているそうだ。

眞露のほかにも、日本進出を急ぐ韓国の焼酎メーカーがあるという。コンビニの小さな棚に「チャミスル」の類似商品の投入を始めている。

コロナ後の市場は波乱含みだが、こうした新しい動きが、市場全体を活性化させていくだろう。

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永井 隆(ながい・たかし)
ジャーナリスト
1958年、群馬県生まれ。明治大学経営学部卒業。東京タイムズ記者を経て、1992年フリーとして独立。現在、雑誌や新聞、ウェブで取材執筆活動をおこなう傍ら、テレビ、ラジオのコメンテーターも務める。著書に『キリンを作った男』(プレジデント社)、『サントリー対キリン』『ビール15年戦争』『ビール最終戦争』『人事と出世の方程式』(日本経済新聞出版社)、『国産エコ技術の突破力!』(技術評論社)、『敗れざるサラリーマンたち』(講談社)、『一身上の都合』(SBクリエイティブ)、『現場力』(PHP研究所)などがある。
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(ジャーナリスト 永井 隆)