■「QRコード」で在来線も新幹線も乗れるように

JR東日本は11月8日、QRコード乗車券を2024年度以降、順次導入すると発表した。プレスリリースに記載されたサービス概要によると、チケット予約サイト「えきねっと」で乗車券類を予約・購入する際に「QR乗車」を選択できるようになり、えきねっとアプリ上に表示されるQRコードを自動改札機にかざすことで在来線と新幹線をチケットレスで利用できるという(チケットレスのため「券」ではないが、以降は便宜上「QR乗車券」と記載する)。

写真=時事通信フォト
報道公開されたJR高輪ゲートウェイ駅の改札機。ICカードタッチ部分に加えQRコード読み取り部分も搭載されている=2020年3月9日、東京都港区 - 写真=時事通信フォト

システムの仕組みは、自動改札機で読み取ったQRチケット情報をセンターサーバに送信。センターサーバはえきねっとで購入した予約情報と照合し、有効判定を行う。なおQRコード読み取り装置は2022年12月以降、順次設置される新型自動改札機に搭載される。

えきねっとでは2020年3月、もうひとつのチケットレスサービス「新幹線eチケットサービス」が導入されている。こちらはSuicaなどのICカードで自動改札をタッチすると、ICカードのIDと乗車券・特急券の予約情報を照合し、有効判定を行う仕組みだ。つまり「QR乗車」と「新幹線eチケットサービス」の原理は同様であり、事実上えきねっとチケットレスサービスに選択肢が加わる形である。

■便利なSuicaがあるのに、今さらQRコード?

サービスは2024年度下期に東北エリアへ導入。順次提供エリアを拡大していき、最終的にはJR東日本の全エリアに導入する予定だ。

つまりパソコンまたはスマホできっぷを予約した上で、それをQRコードで受け取り、自動改札機に読み込ませる(自動改札機がない駅ではスマホ上で自ら入出場時入力)というのが今回始まるサービスだ。

ここまで読んだ読者は何だか中途半端なQR乗車券だ、これでは使う人は限られるだろう、と思ったかもしれない。だがこれはあくまでも2024年度に開始するサービスの説明であり、最終的な完成形ではない。それはなぜか解説しよう。

航空会社のチケットにQRコードが採用されて久しいが、鉄道にもようやく普及の兆しが見えだした。

例えば近畿日本鉄道は今年春から主要7駅の自動改札機の一部にQRコードリーダーを設置し、デジタル企画乗車券の発売を開始した。また阪神電鉄も2020年3月から2021年2月まで大阪梅田駅など5駅でQR乗車券の実証実験を実施。良好な結果を収め、導入に向けて検討している。

そして今回、最大手のJR東日本が導入を発表したことでこの流れは決定的なものになるだろう。

では鉄道事業者はQR乗車券に何を期待しているのだろうか。

QRコード乗車券の利点は大きく分けて2つある。実際には表裏一体の関係にあるが、分かりやすくするために2つの観点から説明したい。

■1.駅でなくても買える、2.大幅なコストダウン

現在利用されている乗車券は裏面の磁気データを書き込み、自動改札機でこれを読み込むことで有効判定を行っている。つまりきっぷは特殊な用紙と磁気情報を書き込む機械がなければ作れない。

その結果、きっぷは駅か旅行代理店でしか発行できないので、他社のきっぷとのセット券や施設利用券とのセット券を出先で買うことができず、販路が限られてしまうのだ。それがQRコードであれば、どこでも印刷でき、画面上に表示しても使えるので駅に出向く必要がない。

また磁気券やICカードに書き込める情報は限られるが、サーバにデータを持たせるのであれば複雑な処理が可能で、従来は実現できなかった多様なサービスも可能になる。

これは出発から到着までさまざまな交通手段や観光地をシームレスに結びつけるMaaSとも相性が良い。近鉄がデジタル企画乗車券を導入した狙いはここにあるのだろう。

そしてもうひとつの目的がコストダウンだ。磁気乗車券には磁気データを保持できる塗料を用いた特別な用紙が必要で、また回収したきっぷも産業廃棄物として処理する必要があるなどコストが高い。何より磁気対応の自動券売機や自動改札機は、ベルトやローラーできっぷを搬送し、磁気データの読み込み・書き込み、印字などをする精密機械の塊であり、製造コストが非常に高い。

■1000万円以上する自動改札機を全廃したいが…

加えて定期的に点検・整備を行わないと券詰まりを起こすためメンテナンスコストがかかる。これを全廃したいというのが鉄道事業者の偽らざる本音だ。この問題の解決策は都市部と地方で対応が分かれる。

都市部では2000年代以降、ICカードが急速に普及し、磁気券の利用は大幅に減少した。JR東日本の首都圏エリアにおけるICカード利用率は2021年度に約95%に達している。

そのため自動改札機のほとんどは、ICリーダーのみが設置された「IC専用」となり、磁気対応の自動改札機はごく一部しか設置されていない。従来の自動改札機は1000万円以上するのに対し、ICリーダーは数十万円で済む上、可動部がなく故障しないのだから、鉄道事業者にとってはいいことづくめだ。

しかし日常的に鉄道を利用しない人にもICカードを強制するのは困難であるため、一回限りの利用はきっぷを買わざるを得ない。また近年、急速に廃止が進んではいるものの、回数券など磁気券しか対応していない割引乗車券もあった。

磁気券がわずかでも残る以上、磁気対応の自動改札機を完全に廃止することはできない。都市部では、この「残り5%」への対応が最大の課題であった。

■ローカル線では磁気券がまだまだ根強い

地方ではICカードの導入は限定的だ。JR東日本の場合、首都圏以外で導入されているのは人口約100万人の仙台市都市圏、約80万人の新潟市都市圏のみである(ただし首都圏エリアは一部、山梨・長野・福島を含む)。というのもICカードシステムは非常に高価であり、利用が多い都市部では元が取れるが、ローカル線に入れられるような代物ではないからだ。

JR東日本が作り上げたSuicaシステムは非常に複雑かつ洗練されたものだった。Suicaのサービスが始まった2001年当時、高速で安定した通信網が整備されていなかったことから、「ICカード」「端末(自動改札機など)」「ステーションサーバ」「センターサーバ」がそれぞれ運賃計算したデータを保持し、定期的に同期することで情報の同一性を保つ「自律分散システム」として構成された。

これは高い安定性、信頼性を持つ仕組みであったが、導入から20年が経過して高速かつ安定した通信が可能になり、すべての処理をセンターサーバで一括して行えるようになった。いわゆるクラウドコンピューティングである。

写真=iStock.com/voyata
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/voyata

■仕組みは「○○Pay」と同じ

クラウド化によって駅に大規模なサーバは不要になり、また運賃改定時に自動改札機を改修する必要もなくなる。これにより、以前から利用者が少ないエリアにもSuicaが導入可能になる。

JR東日本は2021年4月、従来は自動改札機側にあったSuicaの主要な機能をセンターサーバに集約する「クラウド化」を進めると発表しており、この新たなSuicaシステムを2023年春以降、青森エリア、秋田エリア、盛岡エリアに導入予定だ。それでもSuicaを導入できないエリアはQR乗車券で対応し、磁気券を全廃することになるだろう。

Suicaのクラウド化によりICカードの役割は大きく変わる。ICカードの中にデータを持たせる必要がなくなり、カードは利用者を識別する「割符」になっていくのである。センターサーバだけで成立するのかと思うかもしれないが、やっていることは「○○Pay」と同様だ。

そしてそれはQRコードも同様であり、それこそがQR乗車券の完成形だ。

■これは「きっぷ全廃」に向けた第1段階である

磁気券はきっぷ本体に券売機で購入情報を保存している。そして自動改札機できっぷの金額と出発地と到着地の運賃を比較して判定する。

これをQRコードに置き換えると、購入情報をサーバに保存し、これと紐づけたQRコードをきっぷに印刷する。自動改札機の入出場時にセンターサーバと通信して判定を行う。磁気データと異なりQRコードは複製が容易だが、ひとつのQRコードは1回限り有効とすれば問題ない。これらはすべてセンターサーバで処理するからこそ可能になる。

QR乗車券の話題になると、どうしてもICカードの優劣の話になりがちだ。しかしクラウド化されたSuicaシステムにとってICカードとQRコードの役割は同じであり、相互に補完する関係になる。

都市部で日常的に利用する人は処理速度の速いICカード、頻度が少ない人は磁気券と処理速度がほぼ同等のQRコードを「割符」として、クラウド化されたSuicaシステムのもとに処理されるのだ。

QR乗車券はまず、えきねっとと連携したチケットレスサービスから始まるが、自動改札の整備やクラウド化の完了を待って段階的にサービスを拡大していくと思われる。

■私鉄各社は足並みを揃えられるか

こうした変化を利用者は受け入れられるのだろうか。自動券売機や自動改札の登場時も同様の議論はあったと思われるが、介する機械・技術は変わっても利用形態が変わらなければ、やがて受け入れられる。

そういう意味では、現在と同様に券売機で(QRコード)乗車券を発券し、自動改札機を通過する形であれば、当初はICタッチ部とQR読み取り部の使い分けで混乱が生じるかもしれないが、高齢者など不慣れな利用者にもいずれ受け入れられるだろう。

この革新は5年以内に訪れるはずだ。かつてのイオカードやSuica導入時もそうだったが、新たなシステムは一事業者が単独で導入しても効果は限定的であり、普及と定着には私鉄各社も足並みを揃える必要がある。JR東日本のQR乗車券が成功するか否かが、今後の鉄道業界を左右することになるだろう。

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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。
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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)