庶民の手に届きにくくなったメロ(写真:SORA/PIXTA)

かつては「銀ムツ」の名前で流通し、庶民的な値段で出回っていたメロ。が、年間輸入量は2012年の2382トンから、昨年はわずか207トンと10分の1未満に急減した。輸入量が減少しているのはメロだけではない。日本人になじみの深いマグロやサケ・マスも減っている。それにつれて価格も上昇。日本人はお手ごろ価格で魚を求めにくくなっているのだ。いったい何が起きているのだろうか。

まずメロの状況を見ていこう。メロは南極近辺の寒い深海(水深1200-1800メートル)に棲む。寿命は40〜50年で、大きいものは体長150センチを超え、体重100キロ超になる。白身で脂の乗りが良く、焼いても煮てもおいしい魚である。

こんな魚をアジアの隣人が黙って見逃すはずがない。中国は所得水準、生活水準が上がっていく中で、メロ買いの強力なライバルとなった。そこへ香港、アメリカも加わってくる。取引値はあっというまに暴騰。違法漁業も相次いだ。1990年代は1キロ3ドル前後だったのが、輸出国・オーストラリアからのレポートでは2008年時点で1キロ35ドルまで跳ね上がっていた。その後も高値が続いている。

高値でも仕入れる中国

そんな高値でも中国の業者は平気で仕入れていく。ここ20年ほどで中国国内の水産物消費量が急激に増えているからだ。「水産白書」によると、中国の食用魚介類の年間供給量は1970年の313万トンから2017年には5519万トンへと、およそ半世紀で17.6倍になった。日本は逆に636万トンから582万トンへと減少している。つまり、5年前の時点で中国の供給量は日本の10倍近くに達しているのだ。巨大な胃袋の前には対抗しようがない。

日本の水産関係者が、中国の内陸部にある四川省成都を訪れた際、量販店の鮮魚売り場にメロがたくさん陳列されているのを見て仰天したというエピソードがある。一方、日本ではスーパーや料理店からメロが姿を消して久しい。ネット通販で見かけることはあるが、その値段に言葉を失ってしまう。

厚切り 銀むつ メロ 西京漬け2枚 4500円

もはや庶民には手が出ない超高級魚となってしまった。

メロの次はどんな魚がスーパーの売り場から消えていくのだろうか。最近の水産物の輸入状況を調べてみた。

魚介類全体では、10年前の2012年(1-8月)の輸入量は125万トンだった。それが2022年(同)には99.8万トンにまで減少。同期間の価格も2012年の1キロ当たり593.2円が2022年には931.9円へと高騰している。

より詳細に、食卓になじみの深いマグロ、サケ・マス、そして高額のカニの輸入量と1キロ当たりの価格の推移を見ると、下の表の通りになっている。


10年前の2012年と比べると、いずれの魚種も輸入量が減少している。カニに至っては4割の水準にまで落ち込んでいる。マグロは77%、サケ・マスは72%の水準だ。輸入量が減少する一方で、価格はカニが3.6倍、マグロが1.52倍、サケ・マスは約2倍に跳ね上がっている。近年、日本人の魚消費量の低下(2020年度は23.4キロで過去最低)が問題になっているが、あまりにも高くなりすぎて食べたくても食べられなくなっているのではないだろうか。

輸入ものはしばらく高値が続く

ここ10年ほどの間に輸入量が減り、価格が上がるという傾向が顕著になっていることがお分かりいただけたと思う。背景には、中国をはじめとする外国での水産物需要の高まり、原油高やロシアのウクライナ侵攻以降の混乱に伴う輸送コストアップ、そして円安があるものとみられる。この先も水産物の価格は上がっていくのだろうか。水産大手のマルハニチロに聞いてみた。

「魚種により状況が異なるケースがあるので一概には回答することはできませんが、海外の需要増、輸送費増、円安が継続する限り、日本における水産物価格が下がる局面は現時点で見通せません。エビなど一部の魚種では欧米の需要増の鈍化がみられ、それによりドルベースでは価格が下落傾向にありますが、輸入の際に円安の影響を受けてしまうため日本国内における水産物価格が大幅に下がることはない見込みです」(広報担当者)

少なくとも輸入水産物に関しては高値が続くということ。魚好きにはツラい日が続きそうだ。

もうひとつ気がかりなのが、マグロの今後である。すっかり食卓に並ばなくなったメロのように海外勢に”買い負け”するような事態にならないのだろうか。

「海外の需要が高まれば可能性はあります。ただし、メロと違いマグロは国内で水揚げされている魚種でもあり、また、クロマグロの場合、海外における需要が現状では高くない(クロマグロの消費はほとんどが日本)ため、激減することはないと思われます」(広報担当者)

当面は安泰のようである。とはいえ、油断は禁物だ。最近は高級和牛や高級日本酒をみても中国人の購入パワーはすさまじいものがある。今はまだ嗜好が向いていないクロマグロだって、いつ何時、彼らの好みの食材になるか分からない。資源の問題もあるが、5年後、10年後には買い負けで日本への輸入量が大幅に減るといった事態が起こらないとも限らない。

水産物に関して言えば、日本近海で水揚げされるもの、養殖しているもの以外は、将来的には中国や新興国に買い負けして輸入量が大幅に落ち込みかねないという大きな問題を抱えているわけだ。そしてサンマやサケなどは漁獲量減少・資源問題に直面している。やがて日本人にとっての魚料理は、近海モノの天然魚か養殖魚、そして淡水魚がメインとなる日が来るかもしれない。

獲るだけではない方法を模索

もちろん、こうした事態を国内の水産関係者が手をこまねいているわけではない。たとえば、マルハニチロはクロマグロをはじめ、ブリ、カンパチの完全養殖に取り組むほか、三菱商事とともに富山県でサーモンの陸上養殖事業を行う合弁会社の設立を発表(稼働は2025年度)するなど、水産物資源確保に力を入れている。

「1985年を境に天然由来の水産物の供給はほぼ頭打ちとなり、水産物需要の増加を支えているのはほぼ養殖生産の伸びによる状況となっています。当社は、海外グループ会社で行っている管理漁業の拡大、海面養殖事業の発展を基盤としたうえで、次世代の取り組みとしての育種研究、陸上養殖、代替タンパク質の研究開発などを行っています。さらなる将来に向けた方策として、培養魚肉事業の取り組みも行っています」(広報担当者)

獲る漁業から管理する漁業、育てる漁業、そして今後は育種、代替タンパク質、培養魚肉と水産物を巡る環境は大きく変貌しようとしている。おいしい天然魚を食卓で味わえる環境を長く維持し続けるためには、日本人が、もっと水産物に関心を持ち、環境整備や資源保護に意識を向けることが必要だろう。

(山田 稔 : ジャーナリスト)