ベテラン中高年社員がリスキリングを行うことの重要性(写真:kouta/PIXTA)

最近よく言われるようになった「リスキリング」。「新しいことを学び、新しいスキルを身につけ実践し、そして新しい業務や職業に就くこと」を指しています。

もともとは欧米を中心に言われていた概念ですが、日本でも近年、政府や経済産業省、経団連なども推進し、今年6月には日本リスキリングコンソーシアムが設立されるなど、大きな広がりをみせています。

僕は8年前、43歳のときに人生で初めて転職活動を行い、書類選考と面接で100社以上落とされ、自分の人生にまったく希望が持てない日々が続きました。40代以降には会社を3回クビになっています。外資系企業やスタートアップという厳しい世界だからかもしれませんが、ある程度の年齢になってから新しい仕事にチャレンジした人間がチャンスを得づらい雇用環境にも原因があると思っています。

これからの時代、誰もが身につけるべき最も重要なスキルは、自分自身を「リスキリング」するスキルそのものになると考えられます。人生100年時代、50代、60代からでも外部環境の変化に合わせて自分自身で新しいスキルを身につける「リスキリング」を習慣づける必要があるのです(後藤宗明著『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』から一部抜粋してお届けします。今回は1回目)。

熟練スキルとデジタルスキルを融合

ベテラン中高年社員がリスキリングを行うことで、現在持つスキルに新しい分野の知識や技能、デジタルリテラシーが加わって、今までには存在しなかった未知の分野を開拓することができるのではないでしょうか。

築いてきた熟練スキルとデジタルスキルを融合するアメリカに、新型コロナ禍で急速に事業を拡大したVirbelaというアバターを活用したプラットフォームがあります。新型コロナウイルス感染症の影響で運営が難しくなったオフィスワーク、講演会、展示会、イベント、国際会議、大学の授業などは、メタバースを活用することで、リアルタイムでアバターを使って会話をすることが可能となり、今までのリアルで行っていたビジネスを継続することが可能となりました。

アメリカではVirbelaのような分野は不動産テックと分類されます。例えば、不動産会社のオフィス物件の賃貸営業や、イベント運営を担当している部署で働くベテラン中高年社員の方々が、熟練したスキルに加え、メタバースやVRといった分野のデジタルスキルを身につけることで、新たな収益源を生み出すことが可能となります。場合によっては、新しい事業部なども設立可能です。

現在持つ不動産営業やスペース運用のスキルを生かしながら、デジタルツインやメタバースの世界観について理解し、ソフトウェア分野でプラットフォーム事業やSaaSビジネスを学び、デジタルリテラシーを高めていくチャンスをつかむことができるのです。

そのためDXなどを推進して、事業構造や収益構造を改革していく会社のニーズに基づいてリスキリングを推進していく必要があります。雇用主はベテラン社員の身につけてきた業務分野の知識、経験、スキルと、テクノロジーやデジタルスキルを結びつける接点を創出する義務があると考えます。

リスキリング・マインドセット

日本では、改正高年齢者雇用安定法により70歳までの就労を支援しており、雇用者は定年退職を70歳まで引き上げるか、場合によっては定年退職自体の廃止を検討することが求められています。

高齢者のリスキリングで日本が世界に誇るロールモデルは若宮正子氏ではないでしょうか。

若宮氏は、58歳で初めてパソコンを購入してさまざまなPCスキルを身につけたのち、81歳で高齢者向けのスマートフォン向けゲームアプリを開発しました。2017年には、アップルが毎年開催している開発者向けカンファレンスWWDCに招待され、「世界最高齢のアプリ開発者」として世界中から注目されました。アップルのCEOティム・クック氏とのインタビューは記憶に新しいところです。

認定特定非営利活動法人育て上げネット理事長の工藤啓氏との対談では、若宮氏の人物像やリスキリングに向き合うためのエッセンスがたくさん詰まった内容となっていて必見です。

とくにタイトルの「人生100年時代、ゆっくりやればいい」というメッセージや「人生50年なら残り10年という最終楽章かもしれません。いまの時代だったら、まだ3回裏くらいじゃないですか」(「若宮正子さん 人生100年時代、ゆっくりやればいい」工藤啓氏Yahoo!ニュース 個人より) という言葉には、もっと肩の力を抜いてリスキリングのことを考えてもいいのでは、という視点をいただいた気がします。

87歳となった現在は、高齢者向けにスマートフォンの使い方を教えるワークショップを開催しています。SWI(スイス公共放送協会国際部)からの取材に対し若宮氏は「学びに年齢は関係ない」「少子高齢化が進めば介護の現場などで、できるところはロボットにやってもらう時代がどうしても来ると思う。だからこそ、使う側の高齢者がデジタルの知識を習得しないと。AIスピーカーやスマート家電が使えれば、寝たきりの人の生活もずいぶん楽になる」(「『学びに年齢は関係ない』最高齢プログラマー、若宮正子さん」SWIより)と話しています。

デジタル・デバイド(情報格差)を縮小し、インクルーシブな社会を築いていくためにできること。それは、新たなデジタルスキルなどを身につける必要があるベテラン中高年社員の気持ちや立場に寄り添って、政府や企業がリスキリングを推し進めていくことにほかなりません。

これからの時代、外部環境に左右されず、誰もが「リスキリング」というスキル・習慣を身につける必要があることがおわかりいただけたのではないでしょうか。

OECDの人口予測によれば、2050年にはOECD諸国の生産年齢人口(15〜64歳)に対する65歳以上の人口の比率が40%を超えると予想されています。また、2050年の世界人口(全年齢)は95億人に達すると見込まれており、そのうちおよそ21%(20億人)が60歳以上の高齢者になると予想されています。

諸外国がこれから高齢化に向かう中、若宮正子氏のようなリスキリングに成功したベテラン中高年社員がどんどん増えていき、リスキリングに関する多様な成功事例が生まれてくれば、これから日本企業は世界各国の企業のロールモデルとして貢献していくことができるのではないでしょうか。

生活のデジタル化からまず始めよ

仕事を通じてなかなかリスキリングをする機会が得られなかったり、デジタルスキルを身につけることに対して精神的な抵抗を感じたり、苦手意識が取れないという方から、「どうしたらいいか?」という相談を受けることがあります。

私はその際にいつも、「まず、生活のデジタル化から始めてみてはいかがですか?」とお話しするようにしています。

例えば、Amazon AlexaやGoogle Homeといったスマートスピーカーサービスを例に取ってみます。これは、AIアシスタントの活用や音声検索のいい練習になります。使ったことがある方はおわかりいただけると思いますが、AIアシスタントを上手に使いこなすには、少し工夫がいります。これからは音声検索の時代になると言われていますが、Googleで検索をするとき同様、少しコツが必要です。

自分が意図している検索結果にたどり着かない場合には、違う表現を使ってみたり、発音の滑舌をはっきりさせたり、意図的に間を置いてみたり。これは実はAIによる自然言語処理の機能を使っていることになります。

お掃除ロボットからは、AIやIoTセンサーの活用や、どういう作業が自動化されるのか、について学ぶことができます。お掃除ロボットはセンサーを活用して、部屋の見取り図を記録し、次回からはその見取り図に基づいて掃除をしていきます。また、どういったスペースの掃除が苦手で一時停止するのかなど、センサーの得意不得意などを理解することができます。

アップルウォッチなどと連動して利用するスマートスケール(体重計)などからも、IoTセンサーやデータトラッキングについて学ぶことができます。昔であれば病院に行かないと計測できなかったようなデータを、簡単に取得することができます。どのようにしてバイタルデータを取得しているかを理解することで、IoTサービスのヒントが得られます。


こういったデバイスに共通しているのは、センサーを活用し、クラウドに情報をアップロードし、またiPhoneなどスマートフォンのアプリで操作をすることが可能だということです。最近では、リアルタイムでクラウドに大容量のデータをアップロードせずに、Edge AIといって、端末に最小限のAI機能を搭載することで、データ取得のレイテンシー(遅延時間)を短くすることができます。

このように実は身近な生活の中に、デジタルやテクノロジーを理解するヒントが実はたくさん転がっているのです。

ここで大切なことは、知ったかぶりをしない、ということです。よく、新聞やビジネス誌だけを読んでいてなんとなくAIやデジタルについて理解している気になっている中高年の方や経営者の方がいらっしゃいます。「知っている(つもり)」から「まず使ってみる」習慣を身につける、意識改革が必要です。

(後藤 宗明 : 一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事。SkyHive Technologies 日本代表)