8月27日にオープンしたクリスピー・クリーム・ドーナツ 東京国際フォーラム店。国内最大の店舗面積、オリジナル・グレーズドの製造が見学できる「ドーナツ・シアター」、限定商品の展開など、ブランド価値形成を象徴するフラッグシップ店だ(撮影:尾形文繁)

クリスピー・クリーム・ドーナツがコロナを機に好調だ。2022年8月27日には国内最大の店舗面積を有す東京国際フォーラム店をオープン。

新店舗では看板商品の「オリジナル・グレーズド」を店内で製造。その過程をガラス越しに見学できる「ドーナツシアター」を備えるほか、イートインでしか味わえないドーナツスイーツも含む、店舗限定商品を6商品販売するなど、話題性も高い店舗となっている。

2016年には大量閉店するも…

ただ、クリスピー・クリームと言えば2006年の日本上陸以降急拡大するも、2016年に至って大量閉店を行ったチェーンとして記憶している人もあるだろう。

大量閉店から5年あまり経った今、同社にどのような変化があったのだろうか。クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン代表取締役の若月貴子氏に聞いた。なお本記事は新店オープンに先立つメディア発表会での若月氏による説明に、独自取材した内容を加え構成している。

若月氏によると、今日本には「第三次ドーナツブーム」が到来しているという。これは2006年に起きた同社上陸時の第一次、2015年のコンビニドーナツが席巻した第二次に続くトレンドで、ベーカリーによるドーナツ専門店が「生ドーナツ」を流行らせたことがきっかけだそうだ。

生ドーナツの特徴はふんわりとした軽い食感。しかしこの食感においては、クリスピー・クリームのオリジナル・グレーズドも負けてはいないと若月氏は断言する。

「レシピはアメリカで創立してから85年間不変。毎日生地から手作りしており、グレーズドの砂糖もきちんと炊いている。“ふわっ とろっ ペロリッ”という食感は他社に真似できない。この商品は、大量閉店の危機に負けず当社が再成長できた原動力でもある」(若月氏)

オリジナル・グレーズドはシンプルなドーナツだけに、素材の味がダイレクトに感じられる。ブランドの本質的な力を示すという意味で、まさに看板を背負う商品だ。ブランド価値の形成に重要な役割を果たしており、これまで、および今後の再成長においてキーとなる存在だ。

さて、若月氏の言う「再成長」の中身についても説明していこう。まず店舗数については、ピーク時の64店舗に近い60店舗(2022年中の見込み)まで再拡大している。さらに高級スーパーマーケットを中心に展開する卸売事業も合わせれば、全国に200カ所以上の拠点を持つまでに至っている。

こうした店舗拡大を支えているのが内部の改革だ。2016年当時、64店舗から44店舗に縮小したのもその一貫であった。改革にあたって重視したのが既存店の立て直しだ。若月氏は「顧客満足度」「従業員満足度」「既存店売り上げ」の3つの指標を設け、業務の改善を行ったそうだ。

結果、顧客満足度は2016年に比べ19%増、従業員満足度は7%増、既存店売上高は2017年8月以降30カ月連続プラスとなっているという。

いち早くデリバリーサービスを導入

そしてコロナ禍を期に、会社全体の業績がプラスに転じた。

この理由として1つには、ウーバーイーツが2016年秋に上陸の際、いち早くデリバリーを導入したほか、並ばずに購入できる「クイックオーダー」等のデジタルサービスを早期に展開していたことが挙げられる。

上記にコロナ以前から取り組んでいたおかげで、デリバリー、非接触の対応にスムーズに移行でき、売り上げの伸びにもつながったわけだ。

しかし、食事ならともかく、スイーツのデリバリーニーズがそれほど高いものなのだろうか。若月氏の説明によると、「コロナで一気に伸びた」という。

「社内でも、デリバリーのニーズについてはコロナ以前は懐疑的な声があった。またコロナを機にドリンクをデリバリーでも扱うことにしたが、デリバリーで注文する人はいないだろうという意見もあった。しかし、実際にはドリンクの注文も多く、中にはドリンクだけを注文する人もいた。こうした意味において、コロナはやりたいけどできなかったことに挑戦できる、改革しやすい時期だったとも言える」(若月氏)

ほかにもコロナ禍が後押しして伸びた事業がある。2019年末からスタートした小売り事業だ。スーパーマーケットなどの小売店に設置したキャビネット(陳列棚)から、客が自分で商品をとって購入する。巣ごもり需要の高まりもあって急成長し、2022年6月末時点で約150カ所にキャビネットを設置している。

「近くに店舗がない」という消費者からの不満の声に応えて始めたサービスだというが、出店に比べ家賃や人件費等のコストも低く、かつブランド認知アップを見込めるなど、社にとっても大きなメリットがある。

これらを受けて同社では2019年以降を再成長期と位置付け、「タッチポイント拡大」「ブランド価値の向上」の2軸で成長戦略を進めていくとしている。

実店舗のうち半数はテイクアウト専門店

まず、店舗数の拡大やデリバリー、卸売事業によってタッチポイントを稼ぐ。なお、増やしてきた店舗の中にはテイクアウト専門店も含まれる。

コロナ禍でテイクアウト専門店にシフトしたチェーンは多いが、ここでも同社は時代を先取っており、2018年からスタートを切っている。テイクアウト専門店は家賃や人件費の面で低コスト化を図れる。たまたま、コロナ禍での需要にも適していたわけだ。現在の実店舗のうち半数程度はテイクアウト専門店となっている。


広いイートインスペース。東京国際フォーラム内という立地から、観光客やインバウンド需要も視野に入れている(撮影:尾形文繁)

一方、「ブランド価値の向上」を担う立役者とも言えるのが、オリジナル・グレーズド、そしてドーナツシアターを備えたフラッグシップ店だ。

生地の食感にそのおいしさの大部分があるオリジナル・グレーズド。実は、時間が経つと生地が固くなり、似て非なるものになってしまう。電子レンジで8秒温めればできたてに「近い」おいしさになるのだというが、どうせ食べるなら、一番おいしいできたてを味わいたいと思うのは当然だ。

そうした希望をかなえるのが、店舗内でオリジナル・グレーズドを製造しているドーナツシアターだ。

なお、店内に掲げられた「HOT LIGHT」の電飾が赤く点灯しているときは、ドーナツシアターが稼働している。つまり、できたてのオリジナル・グレーズドが食べられるサインだという。ドーナツシアターについて、若月氏は次のように説明する。

「お客様の反応を見ていると、お子様はもちろん、大人のお客様も楽しそうにじっと見入っている。ワクワクを体験いただける場、また、商品品質の信頼性やフレッシュさを伝えられる場になっていると考えている」(若月氏)

ドーナツシアターを設けた店舗としては2008年に出店した船橋ららぽーと TOKYO-BAY店、2021年にリニューアルした渋谷シネタワー店が展開されている。


ドーナツ・シアター。オリジナル・グレーズドが製造される様子は工場見学としてのエンターテインメントを提供するほか、商品の新鮮さや信頼性を伝える役割も果たしている(撮影:尾形文繁)


ドーナツは手前から時計回りに、「クリスピー・クリーム・プレミアム 東京 メルティング ストロベリー マウンテン」(990円)、「マッケンチーズ」、「スロッピー ジョー」(いずれもテイクアウト626円、イートイン638円)、「クリスピー・クリーム・プレミアム 東京 プレミアム バタークリーム ラムレーズン」(テイクアウト367円、イートイン374円)。ドリンクは左から、「カシス オレンジ アールグレイ」「ベリー ベリー ミルク エスプレッソ」いずれもテイクアウト626円、イートイン638円(撮影:尾形文繁)

SNS拡散にも効果的な限定メニュー

また今回オープンした東京国際フォーラム店では、オリジナル・グレーズドをアレンジした限定メニューを4種、ドーナツの味に合わせたドリンクを2種新発売した。


クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン代表取締役社長の若月貴子氏。西友やコンサルティングファームなどを経て2012年に入社。管理本部長としてバックオフィス全般を担当し、2014年に副社長、2017年に社長に就任した。大量閉店後、今に至るまでの一連の改革を担った人物だ(撮影:尾形文繁)

目玉とも言えるのが、「クリスピー・クリーム・プレミアム 東京 メルティング ストロベリー マウンテン」と名称もゴージャスな商品。周囲のフィルムを外すとクリームが一気にとろけ、ドーナツをとろりと覆う。実はこうしたスイーツは数年前から流行している。シズル感あふれる動画を撮影できるため、SNS拡散にも効果的だ。

見るからに甘そうなスイーツだが、マスカルポーネチーズをミックスしたイチゴアイス、フローズンイチゴ果肉などを用い、酸味によって味を引き締めている。

「マッケンチーズ」はオリジナルグレーズドにマカロニ&チーズグラタンを挟んだ、アメリカンなドーナツ。食事系のドーナツと思いきや、実はベーコンやチーズの塩辛さで甘味が引き立てられ、より一層甘く感じられる。真のスイーツ好きにおすすめの一品だ。


1カ月半ごとに新商品を発売し、定番商品と合わせ16〜18種類を常時そろえるという(撮影:尾形文繁)

同店のショーケースにはもちろん、オリジナル・グレーズド以外の商品も色とりどりに並び、スイーツ店としての華やかさ、楽しさを演出している。若月氏によると、同社では1カ月半ごとに新商品を発売し、常時16〜18種類を店頭に並べる方針だそうだ。またハロウィン、クリスマスなど、季節ごとに期間限定商品を発売している。こうした商品においてこだわっているのが「おいしさはもちろん、見た目の楽しさ」だそうだ。


ダズンボックスの蓋をあけたときの驚き、楽しさを大切にした商品づくりが特徴(撮影:尾形文繁)

「容器がダズンボックスといって平置きなので、蓋を開けると『ワオ!』と声が出るような、驚き、楽しさが重要」(若月氏)

味については、「甘すぎる」という意見も取り入れ、味わいや素材を日本風にアレンジした商品もあるそうだ。また2016年、まさに大量閉店の年に発売した「ブリュレ・グレーズド」は、同じ甘さでも、食感や風味を工夫して味わいに立体感を持たせることで日本人の好みに合わせた商品。こちらはその後本社にも評価され、グローバルのメニューとして組み込まれたという。

以上のとおり見てくると、同社のこれまでの軌跡は、アメリカのブランドを日本の消費者に紹介した2016年まで、日本の市場に合わせてアレンジしたそれ以後、と分けられるように感じられる。進めてきたさまざまな変革がコロナの社会情勢にマッチして黒字に転じた今、同社はまた新たなスタート地点に立っているようだ。

(圓岡 志麻 : フリーライター)