阪神と西武でプレー、現在は西武球団スタッフの元左腕・榎田大樹さん

 ヤクルトの村上宗隆内野手が挑んでいるシーズン本塁打記録。バレンティン(ヤクルト)が2013年に記録した60本塁打は、高いハードルとして今も君臨している。その元助っ人が49年ぶりの記録更新となる56号を放ったのが2013年9月15日の阪神戦だった。世間の大きな話題を呼んだ一発。被弾したのは、2021年に現役を引退し、現在は西武の球団スタッフを務める榎田大樹さん。当時のことを「もちろん覚えています」と振り返る。

 社会人の東京ガスから2010年ドラフト1位で阪神に入団。ルーキーイヤーの2011年には62試合、2012年には48試合に登板するなど、中継ぎ左腕として活躍していたが、先発に転向した2013年は苦しいシーズンを送っていた。

「ヤクルト戦を迎えるまで、前半戦4勝5敗で、後半戦に入ってから3連敗していました。状態が良くなくて『どうしても勝ちたいな』という気持ちでした。勝負にいって打たれているので仕方ないですが、あとから見たら『打ちやすい球だな。ホームランボールを投げてしまったな』と感じます。自分の技術のなさが出てしまいました」

 その後、2018年に西武にトレードで移籍。通算237試合登板で29勝25敗、60ホールド3セーブの成績で、2021年に現役を引退した。プロ野球史には、不名誉な形で名前が残ったが、恥ずかしさや悔いはない。むしろ「自分がプロの世界でプレーしていた証」だと胸を張る。

「先日もこの話題についての取材を受けました。打たれたことは悔しいですが、こうして今でも取材を受けさせてもらえますし、プロの舞台でプレーしていたからこそ、あの場面で投げさせてもらえたと思っています。いい意味で名前は残っていないですが、自分は成績も残していないですし、あそこで投げていたということ自体が、自分の人生においていいことなのかなと、現役生活を終えて改めて感じます」

村上とファームで対戦した記憶「簡単にレフト前にヒットを打たれた」

 記録更新に期待がかかる村上とは、現役時代にファームで一度対戦がある。その時のことは印象に残っており、今でもすぐに思い出せるという。

「簡単にレフト前にヒットを打たれました。懐が深く、どんな球でも下半身を使って対応できる。体の重心の位置など自分の形をわかっていて、バットコントロールができているから、自分のスイングができて左ピッチャーも苦にしないのだと思います」

 村上に新記録を打ち立ててほしいという思いがある一方で、記録を更新されると、自分の名前が残らなくなってしまうという複雑な思いがあると笑顔で話す。

「村上君は応援したいですが、更新されると僕の56号、57号を打たれた記録がなくなってしまう。あそこで榎田が投げていたという、僕がプロで投げていた証がなくなってしまうみたいで、複雑です。ピッチャーには、真剣勝負をしてほしいですけど、僕みたいに甘くは投げてほしくはないですね」

 歴史に挑んでいる村上。その鮮烈な一発はもちろんのこと、真っ向勝負を挑んだ投手もまた、ファンの記憶に刻まれるだろう。(篠崎有理枝 / Yurie Shinozaki)