「生きづらい」とこぼす日本人男性が増えている。『男が心配』(PHP新書)の著者で、20年以上にわたり、男性の生きづらさを取材、研究してきた近畿大学の奥田祥子教授は「出世を目指して仕事を頑張りながら、積極的に育児に携わる『イクメン』になろうとしている男性のなかには、『男らしさ』に縛られて苦しんでいる人たちが多い。彼らの苦悩を看過できない」という――。(後編/全2回)
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■「結婚したら幸せになれる」と思っていたが...

(前編から続く)

――結婚できずに苦しむ男性がいる一方で、結婚しても「男らしさ」に関する苦悩はなくならないという話がありました。

最近は、育児に積極的な「イクメン」が新たな男性像としてもてはやされていますが、長時間労働の是正など労働環境が改善していないために、男性の苦悩ばかりが増えています。

介護における「ケアメン」についても同様で、親や妻を在宅で介護することになり、職責を果たせないことを苦に介護離職し、さらに社会からの孤立に苦しむ男性もいます。結婚したら幸せになれると思っていても、「男らしさ」はずっとついて回るんです。

■承認欲求に苦しむ「仮面イクメン」

――『男が心配』では、イクメンの“フリ”をしている「仮面イクメン」のエピソードが印象的でした。

自分から積極的に育児に関わっている「イクメン」に見えても、子育ては妻任せの「昔ながらの父親」だと思われたくなかったり、仕事での昇進競争に敗れて育児に逃げ込んだりと、不本意ながらイクメンをしている「仮面イクメン」は増えています。

本書で紹介した「仮面イクメン」は、最初は自分から積極的に育児に取り組んでいたものの、出世で同期に大きく後れをとり、さらには妻に課長昇進で追い抜かれたことで、「育児に関わっていたから出世が遅れたんじゃないか」と、自分を追い詰めてしまったようです。それでも、家庭内での存在価値を失いたくなくてイクメンの“フリ”をし続けていると、後から打ち明けてくれました。

出世競争で打ち勝つという旧来の「男らしさ」を果たすことに加え、良き父親でもありたいという思いの狭間で葛藤を続ける男性もいます。一方で、出世できるのは限られた人だけですから、妻や子どもから認められたいという気持ちを、不本意ながら育児に向けざるを得なくなるのです。

■出世競争で女性部下に負ける男性たち

――妻に昇進で追い抜かれたという話がありましたが、女性に出世競争で負ける男性は増えているのでしょうか?

入社年次の近い女性の先輩や、女性の同期、さらには自分が育てた女性の部下に追い抜かれるケースを取材でよく目にします。これは女性自身の努力もありますが、第2次安倍内閣の頃から準備されてきた「女性活躍推進法」の影響も大きいといえます。

女性活躍推進法は、女性の管理職の数値目標などを盛り込んだ「行動計画」策定などを事業主に義務付けたもので、2016年に全面施行された法律です。背景には、女性の管理職を2020年までに30%にしようという政府目標がありました。この目標は20年12月に閣議決定された「第5次男女共同参画基本計画」において、「20年代の可能な限り早期」の実現に達成時期が先送りされています。

この数値目標自体は2003年の小泉内閣がすでに掲げていたのですが、実行すべきことととして企業など雇用主が認識し始めたのは、女性活躍推進法施行がきっかけだと私はみています。

しかし、そうしたボジティブ・アクション(積極的差別是正措置)は、一時的な女性優遇措置であるということの説明をおろそかにする会社も多く、昇進を目指して地道に成果を上げてきた男性社員としては当然納得がいかず、モチベーションが下がり、自信を失ってしまいます。

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そもそも、女性活躍推進法自体、10年間の時限立法なのですが、社会全体としてそのことがあまり意識されていません。過剰な女性優遇が男性を追い込んでしまう可能性があります。

■「妻が管理職になるのを応援しています」と語っていたが...

――有能な妻に嫉妬し、そのストレスから子供に手を上げてしまったイクメンパパのエピソードも印象的でした。

仕事を頑張る「デキる男」と積極的に育児に関わる「イクメン」の両方を目指していた、飲食店勤務のツトムさん(仮名)の事例を取り上げました。彼は「妻が管理職になるのを応援しています」と言っていたのですが、3つ年下の妻が37歳で課長になった時に「自分よりも優秀で、職場の上司からも評価されている妻への嫉妬心が湧いてきた」と本音を語ってくれました。

その後、ご自身も39歳の時に課長に就任していたのですが、自分が期待しているよりも評価を受けられない現状に業を煮やし、やり場のない気持ちは4歳の息子への英才教育に向けられます。そして、外で遊ぶのが好きな息子が勉強に集中しなかった時、思わずわが子に一度だけ手を上げてしまうのです。そのとき、息子さんに言われた言葉が「パパ、お仕事しんどいの。僕、手伝おうか」だったと。

息子さんの言葉を受けて、「出世も見込めない、男として恥ずかしい自分の心の穴をイクメンになることで埋めようとしていたことに気づかされた」と打ち明けてくれました。お子さんに手を上げることを決して擁護はできませんが、自己否定されたと思い込んでしまうほど、出世の重圧は大きいのだと実感しましたね。

■男性に「男らしさから降りてもいい」というだけでは解決しない

――男性はどうすれば、「男らしさ」の呪縛から解放されて生きやすくなるのでしょうか。

まず、男性自身が「男らしさ」の呪縛から抜け出す必要があります。そのためにとても重要なことを2つに絞って紹介したいと思います。承認欲求の基準を下げることと、アイデンティティーの複数性を受け入れることです。

相手や集団内で評価されたいという欲求は日々働き、生きていくモチベーションともなる要素ですが、承認欲求の基準を高く設定し、それを満たすことにこだわり過ぎると、満たされない場合に自己嫌悪、自己否定に陥るリスクが高い。承認欲求を抑えて、相手に多くを期待しないことで、自己効力感も高めやすくなります。他者や社会からの評価に惑わされず、自分のものさしで自己評価し、少しずつでも自信をつけていくことが重要です。」

それから、旧来の「男らしさ」のすべての規範の実現を目標にするのではなく、強い自分もいれば弱い自分もいるというアイデンティティーの複数性を受け入れることも、「男らしさ」からの解放につながるのではないでしょうか。

ただし、男性が「男らしさ」から降りるだけでは解決できません。男性のカウンターパートとなる女性、さらに社会が、本音の部分で、「男らしさ」を求め続けている状態では、男性はそうした女性や社会からの要請に応えることができず、“落伍者”の烙印(らくいん)を押されることが怖くて、「男らしさ」を降りられませんから。また「男らしさ」を実現できているごく一部の男性が、そうでない多数派の男性を蔑(さげす)む風潮を改めることも、男性の生きづらさを軽減するには不可欠です。

ジェンダー平等が叫ばれて久しく、少しずつ前進してきていると言われていますが、真の意味での達成はまだまだだなと強く感じています。

■いまだに「男は男らしく」「女は女らしく」という意識が強い

――女性や社会が男性に「男らしさ」を求める風潮は強いのでしょうか

男女ともに「男らしさ」や「女らしさ」を求める風潮は、いまだに変わっていません。内閣府の2021年度「性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究」(全国の20〜60歳代男女計1万330人対象)の調査結果でも、男女ともに「男らしさ」や「女らしさ」にこだわっていることがわかっています。

出所=『男が心配』

性別役割に対する考えについて、家庭や職場などシーン別ほかの36項目の質問に対して、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」「どちらかと言えばそう思わない」「そう思わない」の4つの中から1つを選んでもらった同調査では、「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」を合わせた回答が多かった上位2項目は、「女性には女性らしい感性があるものだ」(男性51.6%、女性47.7%)「男性は仕事をして家計を支えるべきだ」(男性50.3%、女性47.1%)と男女ともに5割前後の高い割合を占めています。

■女性がバイクに乗るのは「カッコいい」と言われるが…

アンコンシャス・バイアスは、「男らしさ」「女らしさ」のジェンダー(性)規範の社会的圧力を増強し、男女双方を苦しめます。こうした事態を変えるためには、男性だけではなく、女性も意識を変えなければなりません。

ジェンダー規範の社会的な圧力は、男女いずれにもかけられていますが、男性のほうがジェンダー規範から逸脱した人への世間の目が厳しいと私は捉えています。たとえば、学生さんたちに教えるときにわかりやすい例として挙げるのが、バイクに颯爽(さっそう)と乗っている女性が「カッコいい」と前向きに見られても、かわいいぬいぐるみを集めている男性は変な目で見られることが多いということなどですね。

男性は幼い頃から「人前で泣いてはいけない」「力強くなくてはいけない」などと、男性であることをさまざまな場面において行動で示す必要に迫られやすいことなども関係していると見ています。

■男性の生きづらさは、女性の生きづらさにも関係している

――男性の生きづらさに対して、政治や社会はどのように取り組んでいけばよいでしょうか

日本は男性を対象としたジェンダー平等政策の導入において、欧米諸国に大きく立ち遅れていますが、早急に取り組むべき課題だと考えています。男性に対するジェンダー平等政策は、男性だけでなく、女性の生きづらさを解消することにも関係しているからです。

たとえば、欧州連合(EU)では近年、新たな男性のあり方を示す政策的な概念として、子育てなどのケア役割への関与を促す「ケアリング・マスキュリニティー(ケアする男性性)」を提唱しています。男性が、女性が担ってきたケア役割を引き受けられるようになれば、女性のケア負担が軽減され、外に出て働きやすくなります。

日本でも「イクメン」をもてはやし、一方で「ケアメン」の実態把握をないがしろにすることなく、長時間労働の是正や、育児・介護休暇を取りやすくするための職場環境の改善など、制度と意識の両面での実効性のある改革を進めてほしいですね。

■男性だけではなく、女性も含めた社会の問題として捉えるべき

男性の生きづらさをテーマに20年余り調査、研究していると、「男性の特権を棚上げして、代償だけを主張すべきではない」というご批判を受けることもありますが、私は男性の特権をなかったことにしようとしているわけではありません。ただ、女性が男性優位社会で苦しんできたのと同じように、男性もまた「男らしく」あるために長時間労働や私生活の犠牲を強いられ、ジェンダー規範からの逸脱に対する厳しい世間の目にさらされてきた被害者だと思っています。

奥田祥子『男が心配』(PHP新書)

OECDの幸福度白書などの国際調査の分析を続けていますが、複数の調査で世界的な傾向に反して、日本は男性の幸福度が女性よりも低いという結果が出ています。こうした調査からも分かるように、日本は女性だけでなく、男性も生きづらい社会であるといえます。男性の特権を問題視しながらも、その代償でもある旧来の「男らしさ」規範による生きづらさに目を向けることは可能です。

男性の生きづらさを和らげることは、女性の生きやすさにもつながります。ジェンダー平等の実現について多角的に考えていくためにも、ぜひ「男らしさ」の呪縛に苦悩する男性の問題について、女性も含めた社会全体の問題として捉えてみてほしいです。

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奥田 祥子(おくだ・しょうこ)
近畿大学 教授
京都生まれ。1994年、米・ニューヨーク大学文理大学院修士課程修了後、新聞社入社。ジャーナリスト。博士(政策・メディア)。日本文藝家協会会員。専門はジェンダー論、労働・福祉政策、メディア論。新聞記者時代から独自に取材、調査研究を始め、2017年から現職。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。著書に『捨てられる男たち』(SBクリエイティブ)『社会的うつ うつ病休職者はなぜ増加しているのか』(晃洋書房)、『「女性活躍」に翻弄される人びと』(光文社)などがある。
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(近畿大学 教授 奥田 祥子 構成=佐々木ののか)