※本稿は、小林弘幸『本番に強い子になる自律神経の整え方』(小学館)の一部を再編集したものです。
■普通の人と一流の人の違いは「自律神経」
私たち一般人は、自分の力の5〜7割くらいしか発揮できていません。
本来自分が持っている力をすべて発揮できれば、仕事でも勉強でもスポーツでも、もっといい成績を残せるはずです。
しかし、実力をすべて発揮できる人はそうそういません。
一方、「一流」と呼ばれる人たちは、自身のパフォーマンスを限りなく10割に近づけています。
トップアスリートが、「ボールが止まって見えた」とか、「相手の動きがスローに見えた」と言うことがあります。そんなときの彼らの自律神経は絶好調で、いわゆる「ゾーン」に入っています。
交感神経と副交感神経の働きが、同じように高く保たれているのが、自律神経にとっては理想の状態です。
交感神経によって集中力が高まりますが、交感神経ばかり強く働くと、緊張しすぎになってしまい、持てる実力を発揮できなくなります。
交感神経だけでなく、副交感神経も機能することで、適度な高揚感を保ちつつも、どこかリラックスした状態が維持できます。
その状態で「本番」に臨めるのが、一流の人なのです。
交感神経と副交感神経のバランスがいいと、血流も安定し、細胞のすみずみまで血液が送られます。その結果、脳の働きも活性化し、ケアレスミスが減ります。
免疫力もアップし、風邪などで体調を崩すこともなくなります。
■「本番に弱い」理由はメンタル以外にもある
武道の世界などでは、よく「心・技・体」という言葉が使われます。
何事も「心(精神力)」「技(技術)」「体(体力)」のバランスが大事だという教えですが、なかでも精神力が非常に重要視されます。
「心が正しく整わなければ、技も体もついてこない」というわけです。
しかし、それは逆で「体・技・心」だと私は考えます。
特に大事なのは「体」です。
私の専門である自律神経は、ここでいう「心」にあたりますが、それだけを先に整えようとしても、なかなか整うものではありません。
あるお母さんが、ピアノを習っている小学生の娘さんについて、こんな相談を寄せてきました。
「うちの子は、レッスンではとても上手に弾けるのに、発表会になると失敗してしまうのです。もっとメンタル面を強くするにはどうしたらいいでしょうか」
ピアノに限らず、こうした悩みを抱える人は、子どもだけでなく大人にもたくさんいます。
ただ、この子が発表会で失敗してしまうのは、そもそも「技」が完璧でないからかもしれません。
レッスンでうまく弾けていても、まだまだ「技」が未熟で、それが本番で出ているだけなのかもしれません。
それを飛ばして「心」に原因を探っても、問題は解決しません。
それどころか、この子はさらに追い詰められてしまいます。
私は、プロスポーツ選手やオリンピックに出場するようなトップアスリートに、自律神経の整え方を指導しています。
一流の選手になれば、すでに「体」「技」はしっかりできあがっているケースが多いので、ちょっとしたヒントを与えることで「心」も整っていきます。
しかし、まだ「体」や「技」が未熟であれば、そちらを徹底的に鍛えることに力を注いでもらいます。
大事な本番になると実力が出せないのは、体力や技術が足りていないだけかもしれないのです。
この解釈を間違えていると、「心」の状態もいつまでたっても良くなりません。
■自律神経を整える「肺活」と「腸活」
精神論を展開してはいけません。まずは、体を整えてあげることです。
そのために大切なのが「呼吸」です。
精神的に不安定な状態に陥ると、交感神経が強く働きすぎ、呼吸は浅くなります。
呼吸が浅くなると交感神経はさらに暴走し、どんどん負の連鎖に陥るのです。
「肺活」、つまり肺を鍛えることで、普段から深い呼吸ができるようになり、自律神経が整っていきます。
もう一つ、腸内環境を良くする「腸活」も極めて有効です。
腸と自律神経は密接に関与し合っており、自律神経が乱れれば腸内環境は悪化し、腸内環境が悪化すれば自律神経が乱れるのです。
もちろん、運動も大事です。
外出の機会が減り、大人も子どもも「コロナ太り」が増えてきました。ストレス解消のためにも体を動かしましょう。
自律神経の乱れは、昨日今日にいきなり起きるわけではありません。
小さな積み重ねが、いつの間にか大きな問題となっているわけです。
■理想論は捨てる
わが子のメンタルについて心配している親御さんにお願いしたいことがあります。
それは、「理想論は捨ててください」ということです。
私たちには「かくあるべし」という理想があります。
理想を心に描くことは、向上心にもつながり、悪いことではありません。
しかし、なにか困難な問題にぶつかったときは、むやみに理想を持ち出してはいけません。
子どもが何か問題を抱えている時、ただでさえ苦しい状態なのに、親が理想論を振りかざして追い詰めれば、子どもは窮地に陥ってしまいます。
子どもとしてはたまったものではありません。
子どもの心にとって、家族とのコミュニケーションは重要です。
しかし、いつ何時でも必須だと言うつもりはありません。
「子どもの自律神経を整えるために、いつも親子で一緒に料理し、一緒に食べるようにしましょう」
などと言うつもりは毛頭ありません。
毎日忙しい中、そんな時間はなかなか取れないでしょう。
なのに、それが必須だと言われれば、「できない私はダメだ」などと自分を責めることにもつながりかねません。
そのようなことを、私はみなさんに断じて要求したくありません。
子どもの心は親の「合わせ鏡」です。
親が自信をなくしてイライラしていれば、それは子どもにも伝播(でんぱ)します。
お父さんもお母さんも無理をしてはいけません。
大人も大変だということは、子どもたちもわかっています。
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小林 弘幸(こばやし・ひろゆき)
順天堂大学医学部教授
1960年、埼玉県生まれ。スポーツ庁参与。順天堂大学医学部卒業後、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した“腸のスペシャリスト”としても有名。近著に『結局、自律神経がすべて解決してくれる』(アスコム)、『名医が実践! 心と体の免疫力を高める最強習慣』『腸内環境と自律神経を整えれば病気知らず 免疫力が10割』(ともにプレジデント社)『眠れなくなるほど面白い 図解 自律神経の話』(日本文芸社)。新型コロナウイルス感染症への適切な対応をサポートするために、感染・重症化リスクを判定する検査をエムスリー社と開発。
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(順天堂大学医学部教授 小林 弘幸)
外部リンクプレジデントオンライン