日本人の生活はますます二極化している。経済ジャーナリストの須田慎一郎さんは「ホームレスや生活保護受給者が増加する一方、富める者がより富む現象が起きている。『成長と分配』と岸田文雄首相は言っているが、ほとんど『絵に描いた餅』だ。以前ならどうにか太刀打ちできた中間層も、手をこまねいているうちに貧困層に陥る可能性すら出てくる」という――。

※本稿は、須田慎一郎『一億総下流社会』(MdN新書)の一部を再編集したものです。

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■極限まで進んだ「二極化」

都内で次々と建てられている超高級マンションを見ていると、「これほどまでに貧富の差は拡大しているのか」としか思えない現実にぶち当たる。

東京・渋谷区の北参道。わかりやすくいえば、代々木駅から徒歩5、6分、明治神宮の北参道口に隣接するエリアでは、大規模なマンション開発が進んでいる。まだ完成していない27階建てのマンションの販売価格を見ると、驚かされる。

ここで読者のみなさんに質問してみたい。

立地は超一等地だが、低層階で面積は40平方メートルに満たない、L(リビング)がない1DKの部屋。間取り図を見ると、ベッドルームに窓も見当たらない、この部屋の値段はいくらだろうか?

答えは、なんと1億2000万円以上! 首都圏のマンションの平均価格がすでにあのバブル期超えをしているとはいえ、にわかには信じ難い高値だろう。

驚くのは、それだけ高額なマンションが発売直後に完売するほどの売れ行きだということである。思わず、「高いにもほどがある」といいたくなる金額である。

■中間層も手をこまねいているうちに貧困層に陥る可能性

なぜ、こんなに高くても飛ぶように売れるのか──。背景にあるのは、2013年に始まった日銀の大規模な金融緩和である。とにかく景気回復を最優先するために、この9年間、日銀はゼロ金利どころか、マイナス金利にまで踏み込んで、お金をばらまいてきた。

正確にいえば、「インフレ率2%」という目標を掲げ、そこに向けてお金をじゃぶじゃぶ溢れさせることで、賃金上昇を伴う物価上昇を目指してきたわけだ。

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ただ、実際には、本当にお金が必要なところにまでお金は行き渡らず、もともとお金を持っている富裕層がよりお金を増やせる機会が与えられた。それが不動産にも流れ込み、1980年代後半のバブルのピークを超えるほどの「不動産バブル」につながっている。

加えて、ロシアのウクライナ侵攻によって、日本の木造住宅にも用いられるロシア産の木材などの輸入が滞り、資材価格も高騰。不動産価格はかつてない水準まで膨らんでいる。そうしたなか、都心部の麹町などでも大規模なマンション開発が進み、不動産バブルに拍車をかけている格好だ。

今日住む家が見つからないホームレスや生活保護受給者が増加するのとは対照的に、富める者がより富む「二極化」は、まさに極限まで進んでいる。そうなると、以前ならそのような状況にもどうにか太刀打ちできた中間層も、手をこまねいているうちに貧困層に陥る可能性すら出てくるに違いない。

つまり、インフレで資源や食料はもちろん不動産価格までもが上昇する、大きな流れにありつけない日本人がますます増える可能性が高まっているのだ。

■日本はますます「貧しい国」になる

かつて「一億総中流社会」といわれ、大多数を占めていたはずの中間層が、いまや実質的に貧困層にこぼれ落ちているような現象が広がっている。その一方で、富める者はより富み、一握りの超富裕層と大多数の貧困層に二分される「二極化」の格差は広がるばかり。

このままでいけば、「一億総下流社会」になる恐れすら高まっている。

それにしても、なぜここまで日本は貧しい国になったのか。一言でいえば、収入が増えていないからにほかならない。OECD(経済協力開発機構)が算出する主要7カ国(日本、米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ)に韓国を加えた平均実質賃金の推移を見ると、日本だけが低いままであることが一目瞭然だ。

出典=『一億総下流社会』

米国は2000年から伸び続け、2020年時点の実質賃金は7万ドルに迫る勢いで突出している。一方で、日本は2015年には韓国にも抜かれ、2020年にはコロナの影響でイタリアが最下位になったものの、それまではイタリアよりも低い賃金だった。

まして米国を筆頭に、カナダ、ドイツ、英国、フランス、そして韓国も右肩上がりで伸びているのに、日本とイタリアだけがこの20年間、賃金が増えていないのである。

しかも、賃金が増えていないのは、この20年間だけではない。

■「一億総下流社会」が徐々に現実味を帯びつつある

国税庁の「民間給与実態統計調査」によると、サラリーマンの平均年収は1997年の467万円をピークに、その後は一度もそれを上回ることなく推移している。もっといえば、サラリーマンの平均年収が400万円を超えたのはバブル真っ只中の1989年。

1992年には450万円台となって1997年まで上がり続けたが、その後は450万円に届かず、2020年は433万円と前年よりも減っている。つまり、日本のサラリーマンの給料は1990年代よりも低い水準で、この30年間増えていないのである。

よくバブル崩壊後の「失われた30年」というが、まさに日本人の「賃上げが失われてきた30年」なのだ。

収入が増えなければ、消費も増えない。モノやサービスにお金が回らなければ、各企業の収益も上がらない。企業が儲からないから、社員の給料も上げられない──。そうした「負のスパイラル」が繰り返されれば、日本が「貧しい国」になってしまうのも当然ではないか。

須田慎一郎『一億総下流社会』(MdN新書)

そんな苦しい状況は、統計を見るまでもなく、みなさんが日々実感されているに違いない。

岸田文雄政権は「成長と分配」を掲げるが、どうにも「絵に描いた餅」にしか思えない。2020年の特別定額給付金に続き、2022年には子育て世帯を対象にした5万円の給付金や、住民税非課税世帯を対象に10万円の臨時特別給付金を支給しようとしているが、それだけではまったく不十分であるのは目に見えている。まして住民税非課税世帯はまだしも、かろうじて住民税を払えている世帯はどうなるのか。

コロナ禍でほとんどの人がネガティブな影響を受け、そのなかでも生活が逼迫(ひっぱく)して極限的な状況に置かれている人は決して少なくない。どこまで支援の手を差し伸べたらいいのか、その線引きも一筋縄ではいかないだろう。

そう考えていくと、ごく普通に見える人たちも、なかなか収入が増えないなか、世界的な物価高と円安によって家計の負担が増し、やがて家計が破綻して生活困窮者に陥ってしまう可能性が高まってしまうのではないだろうか。「一億総下流社会」が、徐々に現実味を帯びつつあることに目を向けてほしい。

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須田 慎一郎(すだ・しんいちろう)
ジャーナリスト
1961年東京生まれ。日本大学経済学部を卒業後、金融専門紙、経済誌記者などを経てフリージャーナリストとなる。民主党、自民党、財務省、金融庁、日本銀行、メガバンク、法務検察、警察など政官財を網羅する豊富な人脈を駆使した取材活動を続けている。週刊誌、経済誌への寄稿の他、「サンデー!スクランブル」、「ワイド!スクランブル」、「たかじんのそこまで言って委員会」等TVでも活躍。『ブラックマネー 「20兆円闇経済」が日本を蝕む』(新潮文庫)、『内需衰退 百貨店、総合スーパー、ファミレスが日本から消え去る日』(扶桑社)、『サラ金殲滅』(宝島社)など著書多数。
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(ジャーナリスト 須田 慎一郎)