欧州には「吸血鬼伝説」が根強く残っている。今夏にはポーランドの墓地で〝吸血鬼〟の骨が発見されたという報道もあった。母がポーランド人であるジャーナリストの深月ユリア氏が、専門家の論文や識者への取材などを元に、中世以来の歴史における「吸血鬼」という存在について検証した。

【写真】女優、カウンセラーなど幅広く活動する深月ユリア氏

 複数の海外メディアによると、8月30日、ポーランドのブィドゴシチ近郊にある建造された墓地でニコラウス・コペルニクス大学のダリウス・ポリンスキー教授らが率いる考古学研究チームが「吸血鬼」とされた前歯が突き出た女性の骸骨を発掘したという。

 墓地は17世紀に建設されたもので、女性の頭蓋骨の前に鎌が置かれ、左脚の親指には南京錠がかけられていた。また、絹の帽子を被っていた形跡があり、位(くらい)が高い女性であると思われる。ポリンスキー教授によると、「遺体が復活することを防ぐために鎌が置かれ、『封印』の儀式として南京錠がかけられている」という。吸血鬼の埋葬方法は他にもあり、「頭と足を切り落として、石で砕き、火葬する、という方法もあった」そうだ。

 ポーランドでは2015年にも北西部の村、ドロースコで5人の〝吸血鬼〟と疑われた人々の骸骨(30代の女性2人、30代または40代の男性1人、10代の少女1人)が発見され、うち4人は首の前に鎌が固定されていた。カナダの人類学者で、ドロースコ発掘調査の専門家でもあるマレク・ポルシン氏によると、「鋭利な道具や鉄など、火やハンマーで作られたものはすべて、悪魔に対抗する特性を持っていると信じられていました」という。

  オカルト作家・研究家の山口敏太郎氏に筆者がインタビューしたところ、「吸血鬼はかつてヨーロッパの人からひどく恐れられていた。日常生活においてリアルなものとして認識されていたのだ。似たような事例は、日本でも確認されている。葬式の際に死体の胸の上に刃物を置いたのだ。これは、化け猫による死体の操作を防ぐためだという。生者にとって死者の復活は最も恐ろしいことであったのだ」という。

 現在、「吸血鬼」といえばルーマニアのドラキュラ伯爵が有名だが、ブラム・ストーカーの小説「ドラキュラ」が大流行する以前は、女性の吸血鬼伝説の方が多かった。というのも、中世のキリスト教が絶対視され、科学的・合理的な考え方が未発達の時代(キリスト教暗黒時代)において「女の肉体は男を誘惑する不浄なもの」と蔑視されていたのだ。山梨大学教育人間科学部助教授で文学博士の森田秀二氏の論文によると、 「悪魔に魂を売る代わりに永遠の命(肉体)を得られる」という吸血鬼伝説はいわば、蔑視された肉体への執念そのものでもあるという。

 ポーランド現地の報道によると、東欧に住むスラブ民族は4世紀頃より吸血鬼の存在を信じていて、スラブ民話には「吸血鬼は人の生き血を飲み、 吸血鬼に殺された者は吸血鬼として復活する」「吸血鬼は銀を恐れるが、銀によって殺すことはできない」「吸血鬼を殺すには、首を切断して死体の足の間に置くか、心臓に杭を打ち付けること」という言い伝えがあるそうだ。

 森田氏によると、吸血鬼伝説が流行した時代背景には、ペストやコレラの流行も影響しているという。キリスト教が絶対視され科学が未発達故に未知の力が「悪魔によるもの」と考えられていた中世ヨーロッパにおいて、伝染病は「悪魔の力によるもの」と考えられ、「魔女狩り」や「吸血鬼狩り」というスケープゴートを作る社会現象が起きて、さらに「反ユダヤ主義」も生まれたのだ。特に、医学が進歩していない時代において、昏睡状態・麻痺状態の生きている人を埋葬して、その人が棺桶から起き上がろうとした際に「悪魔の力によるもの」と考えられていた。

 また、森田氏によると、「狂犬病患者の血液嗜好症の性癖を持つ者が吸血鬼と考えられた」可能性があるという。 血液愛好症に関しては、ドラキュラのモデルとなるワラキア(ルーマニア南部)のヴラド・ツェペシュ4世も患ったとされている。

 「ホロコースト百科事典」によると、中世ヨーロッパにて「ユダヤ教徒がキリスト教徒の子どもを拉致誘拐し、その生き血を過越祭の儀式のために用いている(血の中傷)」というデマが流れた。「キリスト教の血が悪魔に利用される」という考え方は吸血鬼の伝承に類似している。「血の中傷」デマはヨーロッパ中に広がり、無実のユダヤ人が殺された。特にユダヤ人が多いポーランドはじめとするスラブ民族の間では反ユダヤ主義が強く、ポーランドでは20世紀まで「血の中傷」事件が続き、ポーランド政府は2006年に公式に謝罪した。

 今回発見された女性も、前歯が突き出ているなど非合理的な理由で吸血鬼と疑われて殺されてしまった、キリスト教暗黒時代の犠牲者の1人なのかもしれない。

(ジャーナリスト・深月ユリア)