「彼って…私のこと、どう思っているんだろう」

連絡は取り合うし、ときにはデートだってする。

自分が、相手にとっての特別な存在だと感じることさえあるのに、“付き合おう”のひと言が出てこないのはどうして?

これは、片想い中の女性にとっては、少し残酷な物語。

イマイチ煮え切らない男性の実態を、暴いていこう。

▶前回:焼肉デートで幻滅。「久々の彼女候補だったのに…」34歳・税理士が落胆した、女の言動




「当日に誘ってくる男はダメ」なんて、忙しいこの世界ではナンセンスでしょ?(萌恵/もえ・26歳の場合)


雑誌編集部のフロアには、21時前になっても、ちらほらと人が残っている。

私も、今日はまだまだ帰れそうにない。

「顔のアップはどの写真にしよう…う〜ん、これかな」

画面に並んでいるのは、先ほど上がってきた、七菜香の撮影データ。

七菜香は、雑誌だけでなくCMやドラマにも引っ張りだこの超人気モデルだ。

そんな彼女が、私が担当している女性誌の専属モデルに決まったのは、わずか2週間前。

創刊30周年を盛り上げるための、異例の大抜擢だ。

それを受けて、急遽、七菜香の特集ページが組まれることになり、撮影や記事構成の打ち合わせで、今日は1日バタバタしていた。

― ふう。一旦休憩!

だが、校了に向けて、ラフレイアウトの作成や原稿チェックも控えている。担当している企画はほかにもあるわけだから、しばらくは忙殺されることを覚悟しなくてはならない。

けれど、これも編集者の醍醐味。むしろ、こういうイレギュラーを楽しいと思う自分もいる。

眠気覚ましに会社の近くにあるコーヒースタンドへ行こうと、おもむろにスマホを手に取った、そのときだった。

― あっ…!

“今日の夜、会える?”

ポップアップに表示されているのは、朝陽からのLINE。

1時間前に送られてきている。ずいぶん急な誘いだが、今に始まったことではない。

― 朝陽の連絡はいつだって、いきなりね。

最近は、前にも増して、唐突に誘われることが増えたような気がする。

でも、仕事が忙しい者同士にとって、当日の誘いは決して珍しい話ではない。

「当日に誘ってくる男はダメ」と世の人は言うが、忙しいこの世界では、そんなのは普通だ。

…そう思っていたのに。


今から2ヶ月前。

会社の地下スタジオで、撮影の準備をしているとき。

「おはようございます!」と背後から声をかけてきたのが、朝陽だった。

「あっ、おはようございます!えっと…?」
「今日はよろしくお願いします!」

ハキハキとした、感じのいいあいさつ。彼はスッとしゃがみ込むと、手際よく機材のセッティングを始めた。

ホリが深い端正な顔立ちに、185cmはありそうな長身。

その姿を見て、“モデルさんが、どうして自分で機材準備を?”と思ったのだけれど、朝陽はカメラマンだった。

「今日のカメラマン、朝陽さんなんだっ!」
「ラッキー!」

編集者たちは、色めき立っている。あとからやってきた専属モデルからも、彼は親しげに声をかけられていた。

「朝陽くーん!おはようっ」

どうやら、かなりの人気者らしい。

それもそのはず。彼は撮影中の雰囲気作りが巧みで、仕事も丁寧で迅速だった。

「萌恵さん、撮影データは今日中に送りますね」
「それは助かりますが、明日でも大丈夫ですよ」

大丈夫と言ったのに、パソコンのメールにデータが送られてきたのは、その数時間後だ。

― 仕事、早い!

朝陽がただのイケメンカメラマンではないということは、よくわかった。

さらに、驚いたことに、Instagramに、ダイレクトメッセージとフォロー申請を、サラリと送ってくれていた。




朝陽:今日はお疲れさまでした!インスタ、フォローさせていただきました。
萌恵:お疲れさまでした!撮影データもありがとうございます。

それから、数回のメッセージのあと。朝陽からLINEのQRコードが送られてくると、定期的なやり取りが続いた。

これまで、業界の異性と親しくした経験がなかった私にとって、楽しい時間だった。

メッセージだけで距離はどんどん近づき、気づけば個人的に食事に行くような仲になった。

だが、カメラマンの朝陽も編集者の私も、不規則なスケジュールに加えて、現場でのイレギュラーが多い。

誘いは当日―だなんて当たり前。そうしないと、会えないのだから。

“当日の誘いに乗ると、都合のいい女にされる”などと聞くが、この業界では、話は別。

― でも、ただの食事友達じゃなくて、朝陽とはちゃんと付き合いたいな…。

彼は、人あたり…というか、女性受けがやたらといい。

自分が特別な存在になるためにも、会えるときに会って、自分を印象づけようと頑張っていた。






“今日の夜、会える?”

コーヒー休憩に立った私は、凝り固まった肩をまわしながら、LINEの通知を開いた。

朝陽からの連絡には、続きがあった。

朝陽:よかったら、ご飯でも行かない?21時にお店を予約してあるんだけど、どう?

朝陽から送られてきたURLは、中目黒にある寿司店のものだった。

― ああ、もう21時になってしまう。それにまだ仕事が…。

写真のチェックは、まだ半分も終わっていない。このままだと、作業が終わるのは23時近くになりそうだ。

萌恵:ごめん、今LINE見た!今日は仕事で難しいや。でも、素敵なお店だね。また今度行こう!

泣く泣く断った私のLINEには、一向に既読がつかなかった。

― いつもは割と早めに返信がくるのに…。もしかして、ほかの人と一緒に行ったとか?

そもそも、やけにピンポイントな誘いだった。私がOKする前に、予約してあるというのも妙な話だ。

そこで、何かヒントでも探すかのように朝陽のInstagramを開くと、イヤな予感は的中した。

― これって…。

私は、見たくもないものを目にしてしまったのだ。


朝陽のInstagramを開き、タグ付け写真を見てみる。

すると、丁寧に位置情報までつけられた1枚の写真があがっていた。

“Yuri”というアカウント名のインスタグラマー風の女性が投稿した、男性の手が見切れた写真。

黒のラバーベルトに、黒のフェイスのApple Watch。右手の人差し指にある特徴的なデザインの指輪は、意図的に写したのだろう。

それは、間違いなく朝陽の手だった。

モヤモヤした気持ちで残業を終え、0時すぎに帰宅すると、朝陽からLINEが返ってきた。

朝陽:いや、僕こそ急だったし!また、ご飯行こう。

この日、私は彼に返信をする気になれなかった。



3週間後。

傷心の私のもとに、久しぶりに朝陽からのLINEが届いた。

まるで、何事もなかったかのように軽いトーンで誘われたのは、今話題の舞台。

もちろん、いつものように直前の連絡だった。

このあいだの一件で、朝陽の興味はほかの女性に向いているのだろうと落胆していた私は、嬉しくなってタクシーに飛び乗って会場へ向かっていた。

ただ、明るい気持ちでいられたのは、彼の顔を見る前まで。いざ、朝陽を前にすると“誰かに断られた代わりに私を…?”とネガティブな考えが浮かんでは消える。

舞台は素晴らしく、感動したけれど、彼のことを訝しむ気持ちも同じくらい大きいのだった。




その数日後のことだった。

専属モデルになって飛ぶ鳥を落とす勢いで人気を獲得している七菜香が、「最近元気がない」といううわさを耳にした。

なんでも、よくデートをしていた男性が、複数の女性と遊んでいたのだという。

そしてなんと、相手はあの朝陽だといううわさなのだ。

一瞬、耳を疑ったが、ここまできたら最後の賭けのような気持ちで、彼にこんな連絡をした。

萌恵:明日、うちのスタジオで撮影だよね?終わったあと、ご飯食べに行かない?
朝陽:あーごめん!まだはっきりした予定がわからないんだけど、ちょっと厳しいかな。

あっさりと断られてしまったことに、多少気落ちした。

けれど、どこか吹っ切れたのも事実だ。

朝陽からの、当日の急な誘いは、忙しさゆえだと思っていた。けれど、その裏にはやはり、ほかの女性の存在があるのだろう。

いざ、自分から誘ってみて断られると、ストンと“そういうことね”という気持ちになった。

私は、人気のカメラマンとちょっといい感じになったからと、浮かれていたのだ。

― 身も心も消耗する行き当たりばったりの恋は、早々に引き上げよう。

安易に浮かれた自分を反省しつつ、朝陽のLINEを非表示設定に変えたのだった。




いろいろな女性とデートをすることが、仕事にも成果をもたらすから(朝陽・30歳の場合)


カメラマンの仕事をしていると、プロのモデルはもちろんのこと、魅力的な女性との出会いが多い。

出版社で働く萌恵も、その1人だ。

人気の女性誌で編集やライティングをしている彼女は、流行をおさえながらも、主張が強すぎない絶妙なファッションセンスの持ち主。

仕事へのエネルギッシュさにも惹かれて、僕のほうからアプローチした。

萌恵がこの業界で働く人ならではの付き合いのよさと、フットワークの軽さで応えてくれたのはありがたかった。

だが、僕がデートをしている相手は、萌恵のほかにも何人かいる。

というのも、ここ最近の僕は、女性モデルの撮影をすることが多い。

彼女たちのかすかな表情・しぐさの変化を引き出し、写真で表現するためには、ちょっとした機微にも敏感でありたい。

いろいろな女性と会って、感性を刺激することは、僕の仕事には必要なのだ―。

ただ、この業界はみんな忙しいから、約束が突然キャンセルになることも多い。

ほかの女性との約束がキャンセルになって、時間が空いてしまったら、萌恵に連絡をしていた。

いつも、こころよく駆けつけてくれるから―。

とはいえ、こんな考えは不誠実に取られてしまうこともあるだろうから、あまり1人の女性と頻繁に会いすぎないようにもしている。

デートはしても、交際をする気はないからだ。恋愛の入り口くらいがちょうどいい。

このあいだ、モデルの七菜香と食事をしたとき。

勘の鋭い彼女から「不特定多数とこうして会ってるわけ?その“恋愛脳”どうにかしたら?」と、愛想をつかされてしまったのは、ここだけの話。

そう言われてもしばらくは、いろんな女性とデートを楽しみたい。

相手にバレると面倒なので、悟られないよう、もっとうまくやらないと、と思うのだった。

▶前回:焼肉デートで幻滅。「久々の彼女候補だったのに…」34歳・税理士が落胆した、女の言動

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容姿は褒めてくれるのに、「好き」や「付き合おう」とは言わない男の本音を暴く…!