ある開発中の誘導ロボットの実証実験が新千歳空港で行われました。その誘導ロボットの形は、スーツケースそのもの。その名も「AIスーツケース」です。視覚障害者の誘導で、なぜこの形なのでしょうか。

目的地を指定して動くロボット 盲導犬の代わり?

 2022年7月末、北海道の新千歳空港にて、あるスーツケースが大きな注目を集めました。その正体は、視覚障害者のために開発が進められている誘導ロボット「AIスーツケース」です。


AIスーツケース(画像:日本科学未来館)。

 大きさは機内持ち込みサイズで、見た目は通常のスーツケースと変わりませんが、様々なセンサーや画像認識用のカメラ、通信機能などを搭載しています。周りの障害物や歩行者を認識し、避けながらスーツケースの持ち主を安全に目的地まで案内してくれるというものです。ハンドルを振動させて進行方向を伝えたり、周囲の店舗情報などを音声に知らせたりします。

 今回はその実証実験で、乗客が行き交う国内線ターミナルの2階にあるセンタープラザをスタート。途中、土産物店に立ち寄り、航空会社の出発カウンター前まで誘導しました。

 ところで、視覚障害者の誘導と言えば、一番に頭に思い浮かぶのが「盲導犬」ですが、今回なぜスーツケースなのでしょうか。開発に携わる日本科学未来館の担当者は、次のように話します。

「AIスーツケースは、特定のエリア内で指定した場所まで利用者を自動で誘導します。一方盲導犬は、移動中にある曲がり角や障害物、段差を伝えることで、ユーザーの歩行をサポートする存在です。盲導犬はユーザーが曲がる方向などを判断でして自身で移動していますので、AIスーツケースとは基本的な利用目的が異なります」

 AIスーツケースは言葉で目的地を指示することで動くものの、段差など、路面の状況に大きく影響を受けます。一方の盲導犬は、言葉で目的地を指示することはできないものの、段差などの情報をユーザーに伝えて移動しますので運動機能に優れているのだとか。

「これからは、AIスーツケースのような支援ロボットが、利用者の状況やニーズに合わせた“新たな選択肢”として加わる形になっていくのではないでしょうか」ということです。

空港での実験には、開発の原点が

 AIスーツケースを思いついたのは、IBMのフェローで日本科学未来館の館長でもある浅川智恵子さんです。今回、実験の場所に空港を選んだ理由、そこにAIスーツケース開発の原点があるといいます。引き続き、日本科学未来館の担当者の話です。

「(浅川さんが)スーツケースが道案内をするという着想を得たのがまさに空港でした。一人での海外出張が多かった浅川が、白杖とスーツケースの両方を持って空港内を移動する際、スーツケースが白杖の代わりに障害物に当たったり、段差があることを知らせてくれたりすることに気づいたのです」

 そこから、スーツケースにAIやモーターを搭載し、自律的にナビゲーションするAIスーツケースの開発が始まったといいます。

「空港は多くの人が大きな荷物を持ちながら行き交い、カートも利用されるような特殊な環境です。ここで利用者を安全に誘導するには、人混みの中で周囲の人をどのように避けるかという判断を繰り返す必要があり、そういった場面の技術開発に有用ということで実験に至りました」

 AIスーツケースは、浅川さんが客員教授を務める米国カーネギーメロン大学の研究室で2017年頃から開発がスタート、2019年からは日本IBMなど5社で開発を進め、2021年、浅川さんが日本科学未来館の2代目館長に就任したのを機に同館も開発に参加しました。同館ではAIスーツケースの体験会なども実施されています。


日本科学未来館でのAIスーツケースの実証(画像:日本科学未来館)。

 担当者は、今後の展開について、「AIスーツケースに搭載されているバッテリーやコンピューターなどをもっと小型化できれば、将来的には、中に荷物を入れられるなど、まさに本来のスーツケースとしての役割も果たせるかもしれません、また、この技術が確立されれば、視覚障害者だけではなく高齢者などの日々の暮らしをサポートすることもできるかもしれません」と話していました。