川崎フロンターレと言えば、J1屈指の強豪である。J1リーグを制したことのある10チームのひとつで、優勝4回は横浜F・マリノスと並んで歴代2位である。

 強いだけではない。彼らのホームゲームは、アイディア溢れるイベントが多いことで知られる。
 8月31日に行なわれたサガン鳥栖戦も、試合前から観客の視線がピッチに集まった。ものまね芸人のコロッケさんがフロンターレの選手紹介をして、『GENERATIONS』の中務裕太さんが始球式をした。ハーフタイムには中務さんと中村憲剛FROが、フロンターレではお馴染みの『Y.M.C.A』を披露した。トイレへ行くぐらいしかやることのないハーフタイムを、退屈することなく過ごすことができた。

 プロスポーツはエンターテインメントを商売にしている。商品の「核」となるのは試合だが、勝てば支持を得られるとは限らない。退屈な勝利よりもスリリングな敗戦のほうが、リピーターを増やせる気がする。あらかじめ勝利を保証できないだけに、たとえ負けたとしても「次もまたスタジアムに来よう」と思わせることが大事だ。

 フロンターレが優れているのは、かなりの高確率で勝利を提供し、なおかつその内容が興奮を誘うものであることだ。Jリーグの他クラブのファン・サポーターに対しても、「面白い」と思わせる試合をしている。

 同時に、付加価値としてのイベントを提供しているのだが、サッカーと同じようにここにもこだわりが詰まっている。彼らのホスピタリティは、細部にまで宿っている。

 前述した鳥栖戦で、相手チームのメンバーが発表されたときのことだ。

 森谷賢太郎の名前がアナウンスされると、フロンターレのファン・サポーターから拍手があがった。13年から18年までフロンターレに在籍した森谷は、19年にジュビロ磐田へ移籍し、20年と21年はJ2の愛媛FCでプレーしていた。ホームスタジアムの等々力に戻ってきたかつての所属選手を、歓迎する拍手だったのだろう。

 アウェイチームの選手紹介は、あまり間を置かないものだ。テンポ良く紹介していくのがお決まりだが、ここでは少しだけタイミングが遅かった。意図的に遅らせたのだろう。拍手が収まったところで、次の選手の名前がアナウンスされた。

 同じような配慮は、他のクラブの試合でもある。そのうえで言えば、盛りだくさんのイベントで来場者を楽しませるだけでなく、サッカーを見るうえでの快適さ、居心地の良さといったものを、フロンターレはおざなりにしないのだ。

 森谷に対する拍手のために用意された「間」は、時間にすればほんの数秒だっただろう。その時間を大切にするところにも、フロンターレの試合を観に行く価値がある。