食料インフレの裏側で企業の攻防が起きている(デザイン:池田梢、小林由依 写真:GettImages)

この秋、あらゆる食品価格が高騰する値上げラッシュがやってくる。現在、スーパーの売り場の裏側で起きているのは、食品メーカーとの価格の綱引きだ。

8月29日発売の『週刊東洋経済』では「食料危機は終わらない」を特集。値上げの秋を巡る企業の攻防や、世界で巻き起こる食料争奪戦、日本の農業の大問題に迫っている。

「多少なりともやせ我慢の必要があるのではないか」。流通大手、イオンの岡田元也会長は今年4月、原材料高や円安が進む中での商品の値上げの是非についてこう表現していた。


その岡田会長の言葉どおり、イオンは7月、自社のプライベートブランド(PB)「トップバリュ」の小売価格に関して、カップ麺やマヨネーズなど3品目を除いて当面据え置くと発表した。キャノーラ油に至っては、「トップバリュにふさわしい価格で提供できなくなった」(同社広報)として休売する決断をした。

とはいえ、価格を据え置いた商品も、例外なく原価上昇の影響を受けている。イオンによると、以前は冷蔵車で配送していたおでんのパックを常温輸送に切り替えて輸送コストを削減したり、グループの規模を生かした一括調達で全体の原材料費を抑制したりする「企業努力」を行い、価格維持を可能にしているという。

値上げによって遠のく客足

食品メーカーの自社ブランドであるナショナルブランド(NB)の値上げラッシュが続く中、PBの値上げをできるだけ回避しようとしているのはイオンに限らない。店舗数が過剰とも指摘される国内スーパー業界の競争は苛烈で、価格で競合店に見劣りすれば一気に客を奪われかねないからだ。

値上げによって客足が遠のくのは、データでも裏付けられる。スーパーの業界団体が毎月実施している景況感DI(指数)調査によれば、販売価格の上昇に反比例するように来客数が減少傾向となっているのがはっきり見て取れる。


NBを中心とした値上げによって1品当たり単価が上昇する一方で、買い上げ点数の減少による客単価の低迷もスーパー各社ですでに進んでいる。そこにPBの値上げまで続けば、来客数の減少による業績悪化に拍車がかかりかねない。

ただ、こうした「やせ我慢」もスーパー側の努力だけでは成り立たない。PBの製造を請け負っている食品メーカー側の協力があればこそだ。

PBを展開する地方スーパー幹部も、「スーパーと食品メーカーは共存共栄の関係だ。イオンのようにほぼすべての価格を維持するのは無理だが、可能な限り値上げをしないよう、お互いに知恵を絞っている」と話す。

食品メーカーは小売り側が求める価格を可能にするため、材料や生産方法を工夫するなどして原価低減を図っている。例えば、パンや菓子を製造する際に使われるバターの含有量を減らすといった対応もある。

しかしこうした関係者による創意工夫だけでは、足元では限界に達しつつあるのもまた事実だ。コスト上昇分の負担をめぐって、PBを販売する小売企業と、その製造を請け負う食品メーカーが水面下で綱引きを繰り広げている。


PB「トップバリュ」を前面に打ち出すイオンの売り場。(撮影:尾形文繁、写真は6月時点)

メーカーの本音は「価格転嫁して」

「コスト上昇分は小売価格に転嫁してほしいのが本音だが、メーカー側でも一定程度は負担せざるをえない」。ある食品メーカー幹部は諦め顔でそう語る。

仮にコスト負担を嫌ってPBの製造受託を断ったりすれば、競合他社に受注を奪われるだけだ。そのため、ある程度安値でも請け負わざるをえないという。

スーパー業界の中にも「PBのコスト上昇分は小売り側が負担するのが常識。食品メーカーに一部でも負担してもらうのはおかしい」(地方スーパー幹部)という声はあるが、必ずしもそうはなっていないのが現状なのだ。

食品メーカーにとってPBの製造受託は、自社ブランドとして販売するNBと比べて薄利だ。しかもスーパーの販売現場で、安さを売りにするPBはNBのライバルでもある。NBが値上げを断行する中で、イオンのようにPB価格が据え置かれてしまうと、両者の価格差はさらに広がり、NBはシェアを奪われてしまう。


ある食品メーカー幹部は、「大手スーパーのPBは安さを先導する『逆プライスリーダー』だ」と皮肉る。人気のNBを除けば、多くの商品カテゴリーでPBの比率が高まっており、食品メーカーの苦難が続いている。

だからといって、食品メーカーがPB製造を断るのは難しい。そこには大きなメリットもあるからだ。その1つが、工場の稼働率を上げてくれることだ。製造数量が増えて稼働率が上昇すれば、商品の原価は下がり粗利益率は高まる。仮に製造受託したPB商品の粗利が低かったとしても、そのほかの商品の儲けが増える。

また、スーパーとの関係強化という側面も見逃せない。ある食品メーカー社員は、「PB製造を受託することで、その見返りにNBを置く売り場の棚を広く確保してもらうということも期待できる」と話す。

公取委も目を光らせている

ただ、コスト上昇のシワ寄せが下請けとなる食品メーカーに及びかねない状況に関して、公正取引委員会も目を光らせているもようだ。公取委は、昨今の原材料・エネルギー価格の高騰を受け、円滑な価格転嫁を推進するべく、買いたたき行為などが疑われる事業者の情報提供を各社に求めている。ある食品メーカー関係者によると、公取委から聞き取り調査もあったという。

交渉力の弱い中小メーカーに対し、小売業者が行う買いたたきへの懸念はとくに大きい。別の食品メーカー社員は、「特定のスーパーへの経営依存度が高い中小メーカーなどは、コスト負担を押し付けられることもあるだろう」と話す。

政府は輸入小麦の売り渡し価格を当面据え置く検討に入るなどの対策を進めてはいるが、あらゆる原材料価格の高騰が見込まれる中で、食品価格の上昇は待ったなしの状況だ。スーパー業界でも「春の値上げは前哨戦にすぎない」というのが一致した見方だ。

微妙な力関係でつばぜり合いを繰り広げる両業界。異常事態をどのように生き抜くのか、コスト負担をめぐる綱引きはさらに激しくなる。


(井上 昌也 : 東洋経済 記者)
(中野 大樹 : 東洋経済 記者)