ネットスーパー」事業の黒字化に大手小売各社が苦戦している。需要が高まっているにもかかわらず、なぜ採算が取れないのか。3月に就任したイトーヨーカ堂の山本哲也・新社長と立教大学ビジネススクールの田中道昭教授の対談をお届けしよう――。(後編/全2回)

※本稿は、デジタルシフトタイムズの記事「大手各社が黒字化に苦悩するネットスーパーとイトーヨーカ堂のコミュニティ戦略に迫る。」(7月29日公開)を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/VTT Studio

■地方の食料品専門スーパーとの競合

【田中】後編ではまず、一番の中核である食料品についてうかがいます。ハリネズミ経営で有名なベイシアの土屋会長に先日もお会いさせていただいて、前橋の本社にもお邪魔をして、近隣の店舗も拝見してきました。びっくりしたのが食料品スーパーとしての競争力です。品揃えは豊富で質に対する価格に合理性がある。

さらに驚いたのはプライベートブランド(PB)の開発に力を入れていて、魅力的な商品がたくさんあったことです。ベイシアに限った話ではないかもしれませんが、総合スーパーと地方の食料品専門スーパーを比較したとき、総合スーパーは衣料品を含めさまざまな商品を扱っているために集客力が大きく、結果として売り上げが高い一方で、会社全体として見たときは、地方の食料品専門スーパーの方が利益率が高い場合があります。

食料品専門スーパーとしての品揃え、価格競争力などは大手の総合スーパーよりも優れているのではないかと感じることがあります。食料品をどうしていくかは課題の一つだと考察していますが、この点はどのようにお考えですか?

【山本】先ほど田中先生は「食料品は堅調」とおっしゃっていましたが、実は私たちは堅調だとは思っていません。立地の優位性があり商圏のお客さまに来ていただいているからこそ、衣料品などと比べて食料品の数字がそれなりに維持できているだけと見ています。

■日替わりの特売品を廃止

お客さまからは「商品はすごく品質も良いけれども、値段が……」という声が以前からありましたが、社内には「美味しくて品質が良ければ値段が高くてもいいのではないか」という声も根強くありました。地方のスーパーと都心を中心としたスーパーでは固定費が違うので、すべての商品を値下げすることはできませんが、バランスをとりながら価格を検討しています。

一例として、日替わりの特別価格商品を止めました。日替わりを止めると、お客さまには価格が高いと認知されてしまいます。ですから、お客さまの価格に関する感度が高い商品については常にお客様が手に取りやすい適正価格を意識しています。

【山本】さらに私たちは総合スーパーとして多くのテナントがあり、食品以外の商品も取りそろえています。それらを活用して来店動機を増やすべく、商品を単品で売るのではなくメニューの提案やイベントの開催等も行っています。

例えば「カレーフェア」を開催するなら、食品以外にもカレーを美味しく食べるための道具やカレーに合うデザート、カレーパンなど、カレーにまつわるあらゆる商品を取りそろえて売場全体をカレー一色にします。週替わりでさまざまなフェアをやりながら、お客さまに驚きや楽しさを提供していく。多くのお客さまの悩みである献立への提案力を上げていく。付加価値を上げることで、価格とのバランスをとることに今取り組んでいます。

【田中】平日の顧客が望んでいるのは、いかにワンストップで簡単に最寄品(もよりひん)(※1)が買えるかということなので、そこはイトーヨーカドーの強みですよね。

※1 最寄品:日常に使用する製品のうち、自宅や職場なども最寄りの店舗(コンビニやスーパーなど)で買う商品のこと。

【山本】そうですね。まだ強みとまでは言えないかもしれませんが、そこを磨かないといけないと思っています。

■多くのコストがかかるネットスーパー事業

【田中】次におうかがいしたいのが「ネットスーパー」事業についてです。小売・スーパー各社は今、ネットスーパーに相当力を入れています。各社の決算を見ると、スーパーはセルフサービス方式でありながらも、営業利益率が非常に厳しい状況です。その上、ネットスーパーは、追加で品物のピッキングや配送、デジタルへの投資が必要であり、多くのコストがかかるからこそ黒字化が難しい事業だといわれてます。一方で、イオン発祥の地である三重県にあるスーパーサンシは、いち早くネットスーパーを黒字化しています。

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黒字化の秘訣を分析してみると、まずは自社配送だということ。二つ目はサブスクの形態である有料会員制度を採用していることです。有料会員制にすることで配送料を顧客に一部負担してもらう。顧客からすると毎月の会費を払っていますから、より多く買おうという気持ちが働き、利用促進につながっています。

さらにスーパーサンシは顧客宅にロッカーを置くことで、配送を一度で確実に行えるようにしたり、スマホアプリ等ネット周りの環境を自社開発してコストを削減する一方で、顧客にスピーディーに対応していくことを重視しています。この辺りが成功の秘訣だと分析していますが、一方でこれを大規模展開する大手が実現するのは難しい。ニッチであるからこそ成功したという側面もあると思います。この点を踏まえて、イトーヨーカ堂はネットスーパーをどのように進化させていこうとお考えですか?

【山本】私たちは店舗を起点にネットスーパーを運営していますが、大きな課題が二つあります。一つは店舗の商品を扱っているために欠品の問題があり、お客さまの要望に100%応えられていないこと。また、ネットスーパーで求められる商品と店舗で求められる商品は必ずしも同じではありません。

もう一つは店舗が起点だからこそ、作業スペースのキャパシティと受注率に限界が生じています。さらに、ピッキングや配送にコストがかかる分、利益をあげることが厳しい状況が続いています。ただし、これからはより一層共働きの方も増えるでしょうし、ご年配の方の来店が難しくなってきますので、ニーズは間違いなく高まっていくはずです。

■有料会員制にすることで顧客と長期来な関係を結ぶ

【山本】この状況を改善するためには、センター化によってある程度の利益が出せるモデルを作り、なおかつ、基本的に欠品がない状態を作っていくことが必要です。ただ、利益を出していくには相当の工夫と努力が必要であり、配送と庫内作業が大きなポイントになります。なによりも差別化しないといけないのは商品でしょう。この三つをどうやって磨き上げるか。私たちはダークストアやネットスーパーの一部店舗でさまざまなテストをしながら、試行錯誤を重ねています。

【田中】先ほど、スーパーサンシの事例でネットスーパー黒字化の四つのポイントを挙げましたが、実は二つ目の有料会員制が一番のポイントだと思っています。本質はサブスクという支払い方法ではなく、カスタマーセントリックにのっとって、顧客といかに長期的な友好関係を結ぶかという点にあります。

スーパーサンシの取り組みは形式的にはネットスーパーですが、実際は一人ひとりの顧客と有料会員制を起点につながり、親密な関係を構築するという、生涯価値的な発想のビジネスモデルです。一人ひとりの顧客といかに継続的に取引していくかという発想がないと黒字化はできないでしょう。有料会員制に踏みきれるか、きちんと料金がチャージできるか、それによって取引が伸ばせるかどうかがすごく重要だと思いますが、この点はどのようにお考えでしょうか。

■「使いたいだけ使う」ではなく「継続的に使う」スーパーでありたい

【山本】有料会員制という形を取るかどうかは別として、私たちもお客さまと継続的な関係を築いていく必要があると思っています。今のネットスーパーのビジネスは極論をいえば、雨が降るとお客さまの需要が上がるモデルです。お客さまが使いたいときに使う場所ではなく、継続的に使っていただく場所にしていく。

私は生協が実現しているお客さまとの関係は一つの目標になると思っています。定期配送で鮮度の良い商品や総菜類を提供して差別化を図り、それぞれのニーズに合わせた関係性を構築できれば、お客さまに価値を認めてもらえると思っています。

【田中】私は、ネットスーパーを統括する執行役員の柴田さんとも親しくさせていただいていますが、イトーヨーカドーのネットスーパーは柴田さんをはじめ、皆さんがカスタマーセントリックを志し、本気でコミュニティづくりをしようとしています。対談前半でもコミュニティという言葉が出てきましたが、そのこだわりを教えてください。

【山本】これから日本が人口減少社会になっていく中で、街自体もコンパクトになっていくと予想しています。そうなるとポイントになるのは行政とスーパーと病院、そして交通インフラです。私たちは比較的駅に近く、行政機関とも近いところに店舗を持っています。店舗が地域のコミュニティになることで、お客さまに選ばれる価値になると考えていますし、ネットスーパーもお客さまのラストワンマイルを埋めるインフラになると思っています。

もっといえば、インフラとして私たちの商品だけを配送するという考え方は持っていなくて、他の事業者にも使っていただくことで、プラットフォームになっていけるでしょう。

■ネットスーパーは実店舗より広い顧客と関係を築ける

【田中】ネットスーパーは個々の顧客とつながる機会であり、一回の取引だけではなく、長期的に友好な関係性を構築する機会でもあります。だからこそ山本社長も力を入れていこうとされているのでしょうね。

【山本】実店舗は商圏が限られますが、ネットスーパーならもっと広いお客さまとの関係性を築けるチャンスがあると思っています。難しいのは、ビジネスモデルをきちんと組み立てられるかどうかです。やらないのではなく、どう乗り越えるかをお客さま中心に考えていくことが必要だと思っています。

【田中】ネットスーパーには大手各社がかなり力を入れていますし、顧客のニーズも高まっていますから、今後定着していくでしょう。一方で、どこが黒字化するのか、本当に持続可能でサステナブルなビジネスを構築できるのかについては、いまだ不透明な状況です。重要なのはどこに注目するかです。顧客を見るか、海外など外を見るかで明暗が分かれてしまいますから、引き続き山本社長には顧客を中心に見据えてネットスーパーを黒字化していただきたいと思っています。

【山本】私は現場から離れて長いのと、営業もしばらくやっていません。その結果、私が社内の誰よりも持っているのはお客さまの視点です。その軸をブラさないことが大事だと考えています。カスタマーセントリック、お客さま中心に考えていくことが大事だといい続けること、やり続けること。これが最終的には勝てる商売になると確信しています。

写真=デジタルシフトタイムズ
イトーヨーカ堂社長 山本哲也氏(左)と、立教大学ビジネススクールの田中道昭教授(右) - 写真=デジタルシフトタイムズ

■安さや品揃えの豊富さだけでは顧客に選んでもらえない

【田中】重要なのは商売の原点に立ち返り、店舗は顧客のためにあるという考えを持ち続けることですよね。最後の質問になりますが、『ビッグ・ピボット なぜ巨大グローバル企業が<大転換>するのか』という本を著したサステナビリティの専門家アンドリュー・ウィンストンは、「これからはもっと暑くなる、足りなくなる、隠せなくなる」といっています。

暑くなるというのは気候変動、足りなくなるというのは資源問題、隠せなくなるというのはガバナンスやコンプライアンスの問題を指しています。総じていうとESGやSDGsのことですが、イトーヨーカ堂全体のそれらに対する取り組みと、社長としてのこだわりについて教えてください。

【山本】私たちのような大型商業施設を持つからこそ、より地域との関わりを深め、地域に対してどんな貢献ができるのかを考える視点が大切です。そこに環境への取り組みや、買いもの難民の方に対する取り組みが入ってくると考えています。

お客さまに選ばれる基準はこれまでのような安さや品揃えの豊富さだけではなく、本業を通じて社会課題の解決に取り組んでいるかどうかです。それらの課題に取り組むことで、「イトーヨーカドーは街のことを考え、環境問題にも積極的に取り組んでいる」と応援してもらえるようになり、私たちももっと頑張ろうという好循環が生まれます。この関係性がすごく大切だと思っています。

6月の環境月間には、私たちが今できていること、やろうとしていることについてお客さまにお伝えする機会を設けました。地域との直接の関わりは本部だけではできません。店舗が地元との包括連携協定を結んだり、取り組みを積み重ねていくことで私たちの店舗を選んでいただけるようになりますし、そういったことがこれからは大切になってくると思います。

【田中】そういった意味では、冒頭にもでてきた「信頼と誠実」に尽きるかなと思います。現在、店舗の統廃合が進んでいますが、黒字・赤字だけではなく、それぞれの店舗がコミュニティにおいてなくてはならない存在であることも重要です。一つでも多く刷新して残していただく。それこそが最も地域に対するSDGsへの貢献ですね。

■従業員の雇用の場を奪う店舗閉鎖は今後止める

【山本】業績が厳しい中、ここ数年で店舗閉鎖を進めてしまいました。店舗を閉めるということは、地域に多大な影響を及ぼしています。従業員の雇用の場としての責務が果たせなくなることは、今後止めたいと思っています。

先日閉店する店舗に行き、従業員の「最後までがんばります」という言葉を聞いて本当に涙が出るような思いでした。私がやらなければいけないのは、閉店をしたことによってその地域の方にどれほどご迷惑をおかけしているのか、従業員が雇用の場をなくしたことを認識し、今まで以上に努力をすることで、「イトーヨーカ堂って凄い会社だね、素晴らしい」といわれるよう再生していくこと。元働いていた方が将来、イトーヨーカ堂に勤めていたと胸を張っていえるような会社にすることが私の使命だと思っています。

【田中】魅力的な地域のコミュニティにするための秘訣がだいぶ見えてきた感じがしました。もともと顧客中心の商売をされていましたが、デジタルの時代だからこそやるべきカスタマーセントリックに切り替えている。山本社長は着実に手を打ち始めていらっしゃると感じ、心強く思いました。最後に、社長としての抱負をお聞かせいただければと思います。

■従業員の提案の背中を押すことが顧客との関係構築の近道

【山本】私一人でできることは限られていますが、私がやるべきことは、同じ思いを持ち、行動を変えていく人を一人でも多く作っていくことだと思っています。そういったことを期待しながら日々店舗をまわり、従業員と話をしています。

従業員の「こういうことをやりたい」という意見に対して、「失敗してもいいからどんどんチャレンジしよう」と背中を押してあげる。そういったことができれば、私には思いつかないさまざまな新しい発見や方法、ビジネス、お客さまとの関係性が作れると思っています。私が答えを出すのではなく、従業員の意見を引き出して、行動を変えていく。これが遠回りのようで一番の近道じゃないかと思っています。

数字だけを上げるなら、別の手段で一時的に上げることもできます。しかし100年経った会社を次の100年につないでいくためには、こういうところを変えていく必要がありますし、結果として近道であり、他社が真似できないことだと思っています。

【田中】現場にいる一人ひとりの従業員を活かすことで店舗も活かされ、顧客にもより満足される。従業員の声や個性を活かすことが差別化になりますね。

【山本】そう思います。小売業は商品を介してお客さまと接していますが、究極は人対人の関係です。従業員には仕事を楽しんでもらいたいですし、楽しい仕事をやっていれば、お客さまには伝わるはずです。「これをやりたいです」という声に「いいよ」と応えられるようになれば、仕事は前向きに楽しくやれると思いますし、そうしていきたいと思っています。

【田中】すばらしいですね。これからイトーヨーカドーに行くたびに、働いている人もお客さまも生き生きしているなと感じることでしょう。本当に今日はご多忙の中、貴重なお時間をいただきましてありがとうございました。

【山本】こちらこそありがとうございました。

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山本 哲也(やまもと・てつや)
イトーヨーカ堂代表取締役社長
1969年生まれ。早稲田大学卒。出版社を経て、96年にイトーヨーカ堂入社。人事部マネジャー、経営企画部総括マネジャー、執行役員経営企画室長などを歴任し2022年3月より現職。
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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。
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(イトーヨーカ堂代表取締役社長 山本 哲也、立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭)