「男性用トイレにオムツ交換用の台をくれ」――。2022年6月下旬、ある商業施設を訪れたツイッターユーザーの訴えが注目を集めた。男性は2歳の娘と買い物中、トイレでおむつを替える必要があったが、交換台やベビーチェアがなく不便を強いられたと語る。

男性の声に対し、施設の運営会社は「できるだけ早く拡充に努めていきたい」と、設置に前向きな意向を示した。近年は男性が公共・商業施設のトイレへのおむつ交換台設置を訴えるケースが相次いでいるが、普及には課題もあると識者は指摘する。

「オムツ替えのために車に戻るのはけっこう大変でした」

ITエンジニアとして働くタナイ(@okinawa_noodle)さん(30)には、3歳の長女と6月に生まれたばかりの次女がいる。勤務先の企業は東京だが、フルリモート社員として首都圏を離れて仕事をしている。

6月24日、当時2歳の長女と一緒に、家から少し離れた商業施設を車で訪れた。当時、次女を産んだばかりの妻は外出ができず、タナイさんが長女を連れて外出するケースが多かったという。

施設のゲームセンターで娘を遊ばせていると、娘のおむつを替える必要が出てきた。タナイさんもトイレに行きたかったため、男性用トイレでおむつを替えようとした。しかし、トイレの中におむつ交換台は設置されておらず。おむつ交換をあきらめ、先に用を足そうと個室トイレに入るが、ベビーチェアも置いていなかった。仕方なく娘を抱えながら用を足し、最終的に車の中で娘のおむつを替えた。

「当日は雨が降っていたこともあり、オムツ替えのために車に戻るのはけっこう大変でした。これが徒歩圏内の施設であれば、自宅まで帰る必要が生じるので、もっと大変だったかもしれません」

同日、タナイさんはツイッターに「頼むから男性用トイレにオムツ交換用の台をくれ」と投稿。このツイートが、子育て経験のある男性の間で共感を呼び、1万を超えるリツイート、6万を超える「いいね」を集めた。

タナイさんは「正直、何の気なしに素直な気持ちをツイートしたので、ここまで反響があると思いませんでした」と振り返る。施設側には「おむつ交換台は無理でも、個室にベビーチェアが付いているだけでもメチャクチャ助かるのでお願いします」と伝えたいとした。

なぜ設置されていなかった?運営会社に聞くと...

J-CASTニュースは7月29日、この施設を運営する企業の広報担当者に取材した。

2階建ての施設には、男性用と女性用トイレが各4か所、多目的トイレが2か所設置されている。店舗の公式サイトには、おむつ交換台がある旨が記載されているが、どこに設置されているかまでは書かれていない。

担当者によると、おむつ交換台を設置しているのは女性用トイレと、衣料品売り場にある「赤ちゃん休憩室」と呼ばれるスペース。赤ちゃん休憩室には授乳室とおむつ交換台が設置されているが、授乳室に男性が入ることはできない。

タナイさんが無くて困ったとしていた個室内のベビーチェアも、女性用トイレには各室1台ずつ設置されていたが、男性用トイレには1台も設置されていなかった。

施設の男性用トイレには、交換台もベビーチェアもなかったのだ。一体なぜなのか。担当者は次のように説明する。

「弊社は様々なチェーンを合併して成立した歴史があり、施設の構造が店舗ごとに異なっています。そのため、大規模改装や店舗修繕時に、お客様のお買い物環境を整える目的でハード面の見直し等を図っておりますが、今回ご指摘いただいたように、サービスの充実に至っていない店舗もあります」

同社の他の施設には、男性トイレにおむつ交換台・ベビーチェアが設けられている店舗もある。また、新しくできた施設には、これらの設備は標準的に設けることになっているという。おむつ交換台やベビーチェアを設置してほしい、という声をどう受け止めるのか。

「ご利用されたお客様におかれましては、快適なお買い回りができなかったことでご不便をおかけしたと存じます。深くお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした。この度の声を貴重なご意見として承りさせていただきます」
「おっしゃるように、商業施設はスーパーマーケットと違い、かなり滞在時間が長くなります。おむつ交換は、小さいお子さんをお連れの方は必ず行うものであると、私どもも認識しており、快適なお買い回りをする上では、交換台やベビーチェアの設置は非常に重要だと考えております。性別ごとのトイレによって設置状況が異なることは、迅速に是正していかなくてはならないと感じております。大規模改善や修繕時などのタイミングで、できるだけ早く拡充に努めていきたいと思います」

識者に聞く施設トイレの課題と現状

交換台などの設置に前向きな姿勢を見せた運営会社。タナイさんは8月9日、取材に「利用者としても安心しました」と語る。自身も設備投資に関わる仕事を経験し、設備更新の大変さは「よくわかる」という。今後は「ホームページで各店舗の男女別の設備状況を記載する等の暫定策を検討いただけたら嬉しい」とした。

近年、公共・商業施設の男性トイレにおむつ交換台の設置を求める動きが相次いでいる。17年にはお笑いコンビ「飛石連休」の藤井ペイジさんが、東京都庁の男性用トイレにおむつ交換台が設置されておらず「リアルに困る」とツイートし、注目を集めた。19年には、「#俺のおむつ交換台」というハッシュタグとともに、大手家電量販店の男性トイレにおむつ交換台の設置を求める「change.org」の署名活動が話題を呼び、最終的には1万7551人の賛同を集めた。

公共・商業施設のトイレにおけるおむつ交換台の現状はどうなっているのか。一般社団法人日本トイレ協会の運営委員で、元東洋大学ライフデザイン学部教授の川内美彦氏が7月28日、J-CASTニュースの取材に応じた。

川内氏によると、公共施設などのバリアフリー化を推進する「バリアフリー法」に基づくトイレ内へのおむつ交換台の設置義務はないものの、従来は広いスペースを備え、男女問わず利用できる多機能トイレへの設置が勧められてきた。一方、多機能トイレは高齢者や障害がある人も使うことから、利用者の集中が問題に。このため、近年は男女のトイレに分散して交換台を設置することが推進されているという。

ただ、川内氏は「個人的な意見」だとしつつ、男女トイレへの交換台の分散設置にも課題があるとの見解を示す。

「男女別に設けることは望ましいことにみえますが、一方でファミリーでの利用はできなくなります。男女トイレ内のブースはベビーカーも入るように考えると広くなりますから、トイレ面積が増加します。そのため、面積に余裕のある大型施設でないと導入しにくくなります。またトイレ改修の工事も必要になります。そして、男女の一般ブースに並びますから、他のお客も利用します」

川内氏は「機能分散で増える面積を全部集めると、多機能トイレが1または2室追加できる」とし、「男女トイレ内におむつ替えスペースを設けるならば、最初からおむつ替えスペースを備えた多機能トイレを増やした方がいい」との持論を示す。

育児・介護休業法の改正に伴い、10月1日からは男性が従来の育休と比べて柔軟に休業を取得できる「産後パパ育休」がはじまる。男性がより育児に積極的になることが見込まれる中、ハード面での整備も課題となりそうだ。

(J-CASTニュース記者 佐藤庄之介)