入学金や慰謝料、生活費などを贈与されれば、もらった側は、贈与税の対象となるのか(写真:CORA / PIXTA)

「贈与」って難しい━━。

誰しも年を取って人生も後半に入ると、「相続や贈与について考えなくては……」と考え始めます。とはいえ、そう思っても難しい専門用語ばかりで、ついていけないことがあります。  

お金や人の生き死ににも絡むから、「生前贈与って何?」と親に簡単には聞けない人もいるでしょう。ここでは主に、生前贈与の基本について、Q&A形式でお伝えします。

8月8日発売の『週刊東洋経済』8月13日‐20日合併号では「変わる相続」を特集。生前贈与のQ&Aをはじめ、相続税と贈与税の”一体化”シナリオや、まだ間に合う駆け込み贈与の「節税額」シミュレーション、さらに相続登記のやり方など、幅広く取り上げています。

贈与者から受贈者に財産を無償であげる契約

Q1生前贈与とは何ですか。贈与と相続はどこが違うのですか。

A1:生前贈与とは、主に親族間で生きている人(贈与者)から生きている人(受贈者)に対し、財産を無償であげる契約です。


一方、相続とは、生きている人(相続人)が亡くなった人(被相続人)から、財産を自動的に引き継ぐことです。その最も大きな違いは、財産の持ち主が生きているかどうかであり、死亡=相続発生になります。

また、贈与は契約の1つなので、「あげます」「もらいます」という双方の合意が必要です。一方の相続は、人の死亡をきっかけとした資産の承継。人が亡くなると、故人の財産は自動的に相続人の共有下に置かれるため、合意の有無は関係ありません。

Q2お小遣いや生活費の援助は贈与に含まれますか。どこで線が引かれますか。

A2:お小遣いも生活費の援助も、どちらも贈与になります。なぜなら民法が定める条件がともに備わっているからです。民法では次の3つの条件が当てはまるものを贈与としています。

・「あげます」「もらいます」と双方が合意していること

・もらう側は義務や責任を負わないこと

・無償でもらうこと

これは必ずしも口頭で「あげる」「もらった」と言わなくても構いません。実際に親子間でお小遣いや生活費をもらった側は自由に使えます。贈与でお金の所有権が相手に移ったからです。

ちなみに大学の入学金や授業料も、親から子への贈与に当たります。「親→子→大学」でお金が本来流れるべきところ、実質的には「親→大学」でショートカットしているに過ぎません。

Q3贈与では正式な契約書が必要ですか。税理士に頼むほうがいいですか。

A3:贈与契約書はなくてもいいのですが、あったほうがトラブル防止にはなります。依頼先は弁護士あるいは行政書士です。シンプルな内容であれば、個人でも作ることができます。

贈与は口約束でも成立しますが、契約書がないと、もらう側はあげる側に「まだ財産をくれないの?」と注文を言えません。税務調査で税務署から余計な疑いをもたれたり、親族と遺産分割で揉めたりする恐れもあります。トラブルを未然に防ぎたいなら、契約書は作ったほうがいいでしょう。

贈与契約書は弁護士か行政書士に頼めば、作成してもらえますし、費用は2万円以上が一般的。もっとも「金500万円を子に贈与する」など簡単な内容なら自分で作れます。ネットや書籍にある雛形を参考にするとよいでしょう。

Q4贈与する額が大きい場合、贈与税がかからない条件とは何ですか。

A4:「親からその都度もらう教育費や生活費」「お年玉やお中元など慣習的なやり取り」には贈与税がかかりません。金額に関係なくです。このほかは贈与税がかかります。それでも、制度を上手に使えば、非課税で贈与できます。

以下の贈与は、もらう金額に関係なく、贈与税はかかりません。配慮が必要な財産であるため、税法で非課税とされています。

親や祖父母といった扶養義務者から必要の都度もらう教育費や生活費

お年玉やお中元、卒業・入学のお祝いなど、慣習的なお金のやりとりで常識的な範囲のもの

離婚時の財産分与や慰謝料

ただし、金額が異常に多かったり、目的以外で使ったりすると、非課税にはなりません。生活費などを一括でもらうと、原則、贈与税がかかります。

しかし、もらった財産全額に、課税されるわけではありません。贈与税が課されるのは、財産から基礎控除(非課税枠)を差し引いた金額。基礎控除以下の金額でもらえば税金はかからないのです。

また、住宅や教育、結婚・子育てのための資金にも、非課税措置があります。措置を使えば、1000万〜1500万円などの大金を一括でもらっても、贈与税はかかりません。さらに20年以上連れ添った配偶者から自宅をもらっても2000万円まで非課税です。

贈与税には暦年課税と相続時精算課税がある

Q5贈与税には、暦年課税と相続時精算課税がありますが、違いは何ですか。

A5:贈与税の制度は2つあります。1つは「暦年課税制度」、もう1つは「相続時精算課税制度」です。

両者の最も大きな違いは税の計算期間になります。まず暦年課税は、年間ベースで贈与税を計算します。対して相続時精算課税は、これまでにもらった累計のベースで贈与税を計算します。このほか基礎控除や対象者などの条件に違いがあります。

暦年課税では、1月1日から12月31日までにもらった金額で、贈与税を計算。年間110万年までは課税されません。「1年間にもらった財産−基礎控除110万円」の金額に課すのです。18歳以上の子が親や祖父母からもらう特例贈与と、それ以外の一般贈与とで、税率は異なります。最低10%から最高55%の間で、特例贈与のほうが税率は低くなります。

他方、相続時精算課税では、時期を問わずもらった合計額で、贈与税を計算。累計2500万円になるまでは課税されません。「累計でもらった財産−特別控除2500万円」の金額に課すのです。税率は一律20%になります。

そのほかにも、暦年課税と相続時精算課税には、主な違いが3つあります。

1つは誰が使えるか。暦年課税はすべての人が対象になります。ところが、相続時精算課税は、あげる人が「60歳以上の親や祖父母」で、もらう人が「18歳以上の子や孫」でないと使えません。

2つめは届出が必要かどうかです。暦年課税は届出がいりません。相続時精算課税は使うと決めた初回の贈与で、相続時精算課税選択届出書を税務署に出す必要があります。届出書は贈与税の申告書と共に提出します。いったん届出を出すと、その間柄の贈与はずっと相続時精算課税の対象となり、暦年課税を選べません。

3つめは相続税がかかるかどうかです。暦年課税でもらった財産には、原則、相続税はかかりません。例外的に、相続日(死亡日)前の3年間にもらった財産には相続税がかかりますが、それのみ。これに対し、相続時精算課税でもらった財産には、すべて相続税がかかります。たとえ相続で財産をもらっていなくてもです。



なお、相続時精算課税は、非課税枠が大きい反面、申告などのルールがかなり厳しい制度です。使う場合は事前に税理士に相談したほうがいいでしょう。

Q6家族なら当事者同士が黙っていれば、税務署に贈与を知られませんか。

A6:税務署にバレるとしたら、相続税の税務調査か、もらった人の消費行動でしょう。

例えば、「500万円を父からもらったが、記録がつかないよう現金で受け取った。父と私が黙っていれば、贈与税を申告しなくてもバレない」と、思う人がたまにいます。しかし残念ながら、リスクはゼロではありません。

まずは税務調査。相続税の申告をした年の翌年か翌々年、相続税の税務調査が入ることがあります。この際、故人(被相続人)の預金通帳は、過去10年分見られます。大きな金額の引き出しがあれば、貸し付けか贈与が疑われます。自分(相続人)の預金口座や過去の申告を調べられることもあるでしょう。結果として贈与税の申告漏れが発覚するわけです。

このほかには高額の買い物でも発覚しやすいです。特に不動産を購入したとき。税務署から届く「お買いになった資産の買入価額などについてのお尋ね」といったような書面において、購入の資金源を聞かれます。「お尋ね」の回答と贈与税の申告を照らし合わせ、申告漏れの可能性があれば、税務調査が行われます。

相続税と贈与税、払うならどっちがお得か

Q7贈与税と相続税では、支払うのにどちらが少なくて済みますか。

A7:相続人になる人が1人だけなら、相続税のほうが贈与税より少なくて済みます。基礎控除は相続税のほうが大きく、税率は相続税のほうが低いからです。ただし、相続人が2人以上だと、簡単には比較できません。相続税の計算が複雑だからです。

贈与税と相続税の計算は異なります。贈与税はいくら贈与されたかだけで計算できます。一方の相続税は、「相続した財産×税率」で計算しません。被相続人から相続した財産をすべて足したうえで、基礎控除を差し引き、課税される金額を算出します。そして、その金額を法定相続分で分けて税額を計算し−−と、何段階かを踏んで、やっと最終的な納税額がわかるのです。

贈与税の基礎控除は110万円(暦年課税)、特別控除は2500万円(相続時精算課税)しかありません。一方、相続税の基礎控除は、「3000万円+600万円×法定相続人数」で計算します。相続人1人だけなら3600万円までは税金はかかりません。仮にかかったとしても、相続税のほうが金額は少なくなります。



例えば、5000万円の財産を30歳の一人っ子がもらう場合、贈与税と相続税とでは、どちらが得でしょうか。財産の持ち主は65歳の父で、母はすでに他界し、子は一人っ子の長男だけとします。

贈与税(暦年課税)

(5000万円−110万円)×税率55%−控除640万円=2049万5000円(税額)

贈与税(相続時精算課税)

(5000万円−2500万円)×税率20%=500万円(税額)

相続税

5000万円−(3000万円+600万円×1人)=1400万円

1400万円×税率15%−控除50万円=160万円(税額)

以上のように、この場合、相続税で支払う税額が最も小さくなります。

配偶者の税額軽減、小規模宅地等の特例を見逃さない

ほかにも相続税には納税額を抑えられる制度があります。

「配偶者の税額軽減」(配偶者が1億6000万円以下か法定相続分まで相続しても非課税)、「小規模宅地等の特例」(自宅敷地の評価額が80%減)などがそうです。

いずれにしても、今後、贈与について「正しく比較したい」「対策を知りたい」と思うなら、専門の税理士に相談したほうが安心でしょう。


(鈴木 まゆ子 : 税理士、税務ライター)