6月16日に発売された日産サクラの勢いが止まらない。7月28日には受注が2万3000台に達したと発表され、早くも2021年の1年間に日本で売れた全BEVの数字を超えた。自動車業界に詳しいマーケティング/ブランディングコンサルタントの山崎明氏がサクラの実力を確かめるべく、4日間、実際の日常生活の中で試乗した──。
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快進撃が続く日産サクラ - 写真提供=日産自動車

■1カ月超で昨年1年間のBEV販売台数を超えた

先日、私はプレジデントオンラインに日産サクラに関する記事を書いた(「BEV軽自動車『日産サクラ』だけがバカ売れ」という現実が示す日本に電気自動車が普及しない根本原因)。BEV(バッテリー電気自動車)が日本ではあまり売れない中、6月に発売されたばかりのサクラだけが非常によく売れているという点に注目したのである。

サクラはその後も売れ続けており、7月28日に発表された数字では、受注は2万3000台に達しているという。発売から1カ月と12日しか経っていないのに、すでに昨年1年間のBEV販売台数(約2万台)をしのぐ数を受注したのである。

サクラは軽自動車であり、バッテリーも20kWhという小型のものしか搭載しておらず、航続距離はWLTPモードで180kmに過ぎない。

しかし、それゆえ価格は安く、補助金も勘案すれば軽自動車のターボ車とそれほど変わらない価格で購入できる。自宅で充電し、航続距離の範囲内で運用すれば、経済的かつ利便性も高く、軽自動車としては加速性能にも優れるという理想的な車になりそうだ。

■4日間、サクラを実際に使ってみた

そこで私は、7月29日から8月1日まで、4日間にわたりサクラを借り受け、実際に足代わりとして使用してみることにした。

サクラはそのスペックからロングドライブには不適切であり、ほかにロングドライブ用のエンジン(内燃機関)搭載の自家用車を持っているという前提でのシミュレーションが適切であると考えた。

私は現在、ロングドライブ用に高速燃費に優れるBMW 118d(ディーゼルエンジン搭載。5年落ちの旧型)を所有しており、ほかに妻用に軽自動車の三菱アイ(BEVのi-MiEVではなくガソリン車。14年前の年季の入ったもの)がある。

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筆者の自宅車庫前のサクラ。隣にある三菱アイの代替車としてサクラの購入を検討中 - 写真提供=筆者

私の住む藤沢市と隣接する鎌倉市は狭い道が多く、近所を走るときはアイのほうが圧倒的に便利なため、日常的にはアイを使う機会が多い。このアイの代替車として、サクラをシミュレーションしてみたい。

■エアコン使用、渋滞で走行可能距離が大きく減少

初日は横浜にある日産自動車でサクラを借り入れ、ひとまず自宅まで走ることとした。受け取ったときの充電量は100%で、走行可能距離は159kmと表示されていた。

しかしその日は最高気温33.6℃を記録した真夏日であり、A/Cボタンに手を伸ばした。ボタンを押した瞬間、走行可能距離は129kmと一気に30kmも減少したのである。

ルートは高速を使わず一般道を走行したが、この日は横浜市内も藤沢市内も渋滞が激しく、停車している時間が長かった。こうなるとバッテリーの電気は走行するためではなく、エアコンを動かすためにひたすら消費されることになる。

藤沢の自宅までの走行距離は24.1kmだったが、到着時のバッテリー残量は76%と約4分の1を消費し、残った航続距離は97kmと表示された。電費表示は5.5km/kWhである。

エアコンがオンで渋滞だったとはいえ、軽自動車としては期待を下回る電費だ。その後近くのスーパーへの買い出しに行くなど、通常通りの使い方をして、67%、走行可能距離86kmという状態で1日目を終えた。

■自動車専用道は想像以上に快適

続いて2日目は、妻と横浜中華街までランチに出かけることにした。わが家では週末にはよくある外出である。

今回はレストランの予約の時間もあるため、一般道の渋滞を避け横浜新道と首都高速を使って行くことにした。

ここで驚いたのが、自動車専用道でのサクラの快適さである。

BEVだから音が静かで、ガソリン車のアイと比べるとその差は圧倒的だ。そのうえ横浜新道と首都高速横浜線の流れに乗る程度の速度では、まったく不満のないパワーもある。そのうえバッテリーを床下に搭載しているため重心が低く、安定性も申し分ない。軽自動車に乗っているということを忘れてしまう乗り味である。

アイで遠出をする気にはなれないが、サクラならロングドライブも苦ではなさそうだ。この車には運転支援システムのプロパイロットも装備されていたのでなおさらである。

■実際の走行距離は「100km程度」

しかしサクラの航続距離は短い。日産はちょっとサクラの走行性能や装備を実際の想定用途よりよくしすぎたのではないか。もう少しベーシックな仕立てで価格を安くしたほうが実際のニーズにはより合致していたと思う。

ほとんど渋滞がなく、中華街に到着したときのバッテリー残量は47%、電費は7.5km/kWhと前日より大きく向上した。やはりエアコンオンの場合、渋滞の有無は電費に大きく影響するようだ。

家に帰った時点でのバッテリー残量は22%、走行可能距離は38kmであった。前日同様、その後買い物に出かけたり、高齢者施設にいる母親を訪ねたりしたため、この日は最終的にバッテリー残量10%、走行可能距離18kmとなった。

通算走行距離89kmで残り10%なので、この2日間の走行パターンの場合、実際走行できる距離はギリギリ100km行くか行かないかというところだ。

■30分の急速充電は12kWh程度

翌日に備え、充電を行うこととした。まだBEVを所有していない私の家には充電設備がない。そこで、最も近いところにある藤沢市役所の急速充電器を使うこととした。ここは数少ない無料で充電できる充電スポットである。

市役所に着くと、なんと充電中の先客がいて、その車の充電が終わるまで10分ほど待つ必要があった。その後充電を開始し、充電完了まで30分待つ必要がある。しかし藤沢市役所内には椅子がたくさんあり、コンビニも併設されているので、飲み物を飲みながらクーラーの効いた空間で快適に待つことができた。

写真提供=筆者
藤沢市役所で充電中のサクラ - 写真提供=筆者

藤沢市役所の急速充電器は44kWの出力で、理論上は30分で最大22kWhの充電が可能だ。サクラのバッテリーは20kWhなので満充電までできそうだが、そうは問屋が卸さない。サクラは最大30kWまでの充電にしか対応していないのだ。従って、どんなに高出力の充電器でも、30分で充電できるのは最大15kWhということになる。

実際には50%を超えるくらいからバッテリー保護の観点から出力を車両側で制限するようで、最初は30kWという最大値で充電できていたものの、最後は15kW程度まで落ちていた。最終的に充電できたのは約12kWhで、おそらくこれがサクラでの30分の急速充電の最大値ではないかと思われる。

バッテリー残量は72%、走行可能距離は100kmとなった。もし自宅に普通充電器を設置すれば、200V/15Aで出力3kWなので、ゼロからでも7〜8時間で満充電にできる。

■高齢者でも乗り降りは容易

この日、サクラの美点がもう1つ明らかになった。軽ハイトワゴンなら当たり前のことかもしれないが、高齢者を乗せるのがきわめて容易なのである。

今まで高齢の母を法事や墓参りに連れて行く場合、寺のある港区赤坂まで50kmくらいあるのでBMWを使っていた。旧型BMW1シリーズは着座位置が低く、サイドシルも高いので高齢者には非常に乗り降りしにくい車だ。

前述の通り、サクラの走りは素晴らしく、もしサクラに買い換えたなら母を連れた墓参りはこの車で行くことになるのでは、と頭をよぎったのである。そこで翌日の日曜日に「墓参りシミュレーション」を行うことにしたのである。

満充電なら往復可能かどうかをシミュレーションしたかったので、翌朝改めて藤沢市役所で充電を行った。バッテリー残量72%からのスタートだったが、やはり出力制限がかかるため100%には至らず、97%で充電は終了した。走行可能距離は123kmである。

■藤沢―赤坂の往復は問題なし

赤坂までの道のりであるが、横浜新道から第三京浜を経由し、目黒通りで都心に向かうといういつも使っているルートを走行した。日曜の朝ゆえ、まったく渋滞なく約1時間で到着した。

横浜新道と目黒通りは流れに任せて、第三京浜はクルーズコントロールを80km/hに設定して走行した。目黒通りではBEVらしい軽快な発進加速で、容易にタクシーを置き去りにすることができるくらいだった。

赤坂の寺に到着した時点で走行距離51km、バッテリー残量60%、走行可能距離90kmと表示された。電費は8km/kWhという優秀な値である。片道で40%の消費なので、十分無充電で帰宅できそうな数字である。

実際そのまま帰宅したが(帰路は銀座から首都高速に乗って横浜新道を経由するルート)自宅に到着したときのバッテリー残量は17%、走行可能距離29kmと、余裕を持って東京往復が達成できた。エアコンが不要な時期であればもっと余裕のある結果となっただろう。

■複数台の「充電待ち」は苦痛

翌月曜日は横浜の日産本社まで返却に行かなければならないので、充電のため再び藤沢市役所に向かった。するとなんと1台が充電中なだけでなく、さらに2台充電待ちのBEVがいたのである!

30分+30分+30分で、順番が回ってくるまで1時間半もかかってしまう。大船のホームセンターに急速充電器があることを思い出し、行ってみることにした。

写真提供=筆者
充電待ちを回避し、ホームセンターに移動して充電する - 写真提供=筆者

こちらは幸いすぐに充電可能で、買い物をしている間に充電完了できた。ただし、ここにある急速充電器は出力が20kWと、藤沢市役所の半分以下だ。理論的にも最大で10kWhしか充電できない。

結局ここで充電できたのは8.7kWhで、バッテリー残量は55%、走行可能距離は84kmまでの回復にとどまった。

■有料充電スポットのコスト感はどうか

またこの充電器は、藤沢市役所と異なり有料である(現在ほとんどの充電スポットは有料)。今回は日産の広報車なので日産のカードが使用できたが、もし私の個人所有車だったらどの程度のコストがかかるかをシミュレーションしてみた。

日産は現在4種類の急速充電サービスプランを用意しているが、私は基本的に自宅充電で運用するつもりだから、急速充電のプランは最もベーシックなものを選択するはずだ。これは毎月の基本料金が550円で充電10分あたり550円という価格設定だ。

つまり30分充電すると1650円かかる。今回充電できたのは走行60km分くらいなので、走行1kmあたり27.5円かかることになる。ガソリン1リッター170円と仮定すると、6.2km/lしか走らない車と同じコストだ。高性能スポーツカー並みである。

もちろん、もっと高出力の充電器であれば12kWhくらい(約85km分)は充電できるが、それでも1kmあたり19.4円、8.8km/lの車と同じコストだ。基本料金も考慮すればもっとコストがかかっていることになる。

■自宅充電は経済的、外出先の時間単位の課金システムは不経済

毎月4400円を支払うプラン(100分ぶんが含まれる)でも10分あたり440円だから、キロあたり15.5円、11km/l程度の車と同コストだ。

現在の急速充電の課金システムは時間単位なので、サクラのようにバッテリー容量が小さく、充電出力が限られる車で使ってしまうと非常に不経済である。自宅であれば、電気代を1kWhあたり35円と仮定しても、1kmあたり5円程度、34km/lの車並みだ。

純粋に経済的側面だけから考えれば、最新のハイブリッド車も30km/lくらいの実用燃費をたたき出す車種があり、十分コスト対抗力があるといえる。WLTC燃費36km/lを誇るヤリスハイブリッドなど、価格はサクラより安く、車としての質も高い。

4日間にわたってサクラを使ってみて、私の通常の使い方では、渋滞のない休日なら東京往復も可能でまったく問題ないだけでなく、ガソリンの軽自動車よりはるかに快適に運転することができた。

私自身はアイが車検を迎える来年5月末をめどに、来年度の補助金の動向も見極めながら、引き続きサクラを購入検討するつもりである。

■サクラをお勧めできる人の「条件」

それではサクラは他人にお勧めできるのか。私はお勧めするには、2つ最低条件があると思う。

1つは自宅に充電器を設置できること。現在の日本の急速充電事情は厳しすぎる。急速充電だけの運用ではストレスがたまりまくるだろう。それに急速充電コストは高く、ハイブリッド車より不経済だ。自宅に普通充電器さえあれば、寝ている間に充電され、毎朝満充電状態でサクラに乗ることができる。

もう1つの条件は、もし100kmを超えるような長距離ドライブをしたいのなら、もう1台エンジン車が必要だということだ。やはり急速充電事情の厳しさから、遠出しても充電の心配ばかりし続けることになるだろうし、頻繁な充電は不可避だ。私のBMW 118dなら約1000km無給油で走行可能だから、利便性の差は圧倒的だ。

そして、1台しか保有できないというならば、お勧めはやはりハイブリッド車かクリーンディーゼル車だ。

その意味では、軽自動車であってもBEVはまだまだぜいたく品である。

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山崎 明(やまざき・あきら)
マーケティング/ブランディングコンサルタント
1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。戦略プランナーとして30年以上にわたってトヨタ、レクサス、ソニー、BMW、MINIのマーケティング戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わる。1988〜89年、スイスのIMI(現IMD)のMBAコースに留学。フロンテッジ(ソニーと電通の合弁会社)出向を経て2017年独立。プライベートでは生粋の自動車マニアであり、保有した車は30台以上で、ドイツ車とフランス車が大半を占める。40代から子供の頃から憧れだったポルシェオーナーになり、911カレラ3.2からボクスターGTSまで保有した。しかしながら最近は、マツダのパワーに頼らずに運転の楽しさを追求する車作りに共感し、マツダオーナーに転じる。現在は最新のマツダ・ロードスターと旧型BMW 118dを愛用中。著書には『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)がある。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
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(マーケティング/ブランディングコンサルタント 山崎 明)