■「さようならウクライナ、こんにちは台湾」
ペロシ米下院議長の台湾訪問に伴う米中関係の悪化を「歓迎」しているのがロシアだ。
クレムリンには、米国はウクライナと台湾で「二正面作戦」を強いられ、ウクライナ侵攻への国際的関心が相対的に低下するとの期待がある。ロシアのメディアでは、「中国はロシアにますます接近」「さようならウクライナ、こんにちは台湾」といった識者のコメントが飛び交った。
中国はロシアのウクライナ侵略戦争に距離を置いていたが、対米関係の悪化でロシアとの連携強化に動きつつある。中露共同の対日軍事圧力も強まりそうだ。
■「訪台は不要な挑発」と中国を擁護
8月5日、カンボジアの首都プノンペンでの東アジアサミット(EAS)外相会議で、林芳正外相が演説を始めると、中国の王毅外相とロシアのラブロフ外相がそろって席を立ち、別室で会談した。
ロシア外務省によると、ラブロフ外相はこの会談で、ペロシ議長の訪台とウクライナ情勢を提起し、「米国は機会主義的に世界各地で支配力を誇示しようとし、現実を無視して各国に脅威を与えている」と非難した。
王毅外相は、台湾問題へのロシアの立場は中露の包括的戦略パートナー関係の高さを示したと評価し、「台湾海峡の緊張が高まる中、中国はロシアとの戦略的協力を強化する」と応じた。両外相は国際舞台での影響力拡大や外交協力を図ることで一致した。
ロシアのペスコフ大統領報道官は、ペロシ議長の訪台を「まったく必要がなく、不要な挑発だ」と非難。中国の台湾周辺での軍事演習についても「中国の主権の範囲内の行動だ」と擁護した。ロシアはこれを機に、中露連携を再構築し、米中対立をあおる構えだ。
■ロシアと距離を置いていた中国だったが…
2月に始まったロシアのウクライナ侵攻後、中露関係には不協和音が出ていた。
中国外務省報道官はロシアによるザポリージャ原発攻撃を「深刻に憂慮している」と指摘。キーウ郊外ブチャでの虐殺についても「真相究明と責任追及」を要求していた。
3月18日の米中首脳オンライン会談で、習近平国家主席はバイデン大統領に、「中国は戦争に反対する」「ウクライナに人道支援を行う」と述べた。バイデン大統領はロシアへの武器援助を行わないよう要求し、中国はそれを履行していた。
6月15日の中露首脳電話会談で、プーチン大統領が習主席の訪露を招請すると、習主席はコロナ対策を理由に拒否したという(7月4日付読売新聞)。
ロシアの野蛮な攻撃が国際的非難を浴びる中、中国はロシアと同列視されることを恐れ、距離を置いていた。
■これで日台への八つ当たりは強まる
ところが、6月末の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議が新戦略概念で中国を「体制上の挑戦」と明記すると、中国は「冷戦志向で、中国を中傷している」と反発。特に、岸田文雄首相の首脳会議出席を「NATOのアジア化だ」と非難した。
7月29日の米中首脳電話会談は、ペロシ議長の訪台を控えて台湾問題で応酬し、ウクライナ問題は議題に上らなかった。
秋の共産党大会で習主席が任期延長を目指す微妙な政治情勢の中、NATOが中国を敵視し、核心的利益とみなす台湾に米国が介入したことで、強硬姿勢をとらざるを得なくなったようだ。中国は再び「親露、反米」に転換した。
中国は本来の対応なら、訪台を仕掛けた米国に報復し、米領グアム島あたりの排他的経済水域(EEZ)にミサイルを撃ち込むのが筋だろう。しかし、米国と直接対峙(たいじ)するのは恐いので、抵抗しない台湾や日本に八つ当たりする構図だ。中国が親露姿勢を強めることは、ウクライナ情勢にも悪影響を与える。
■皮肉にも「米国のオウンゴール」となった
ロシアはこの展開を歓迎している。評論家のセルゲイ・ミヘーエフ氏は「これはロシアの思う壺の展開だ。中国社会やエリートの間で反米感情が高まり、軍事オプションが避けられない可能性がある。その場合、ロシアという信頼できる支援者が必要になる。中国が対露制裁に加わる可能性もなくなった」とコメントした。
ロシアのニュースサイト「Pravda.ru」は、「中国はウクライナ戦争で米国とロシアの中間的立場をとり、二兎を追おうとしたが、ペロシ議長訪台で恥をかかされた以上、哲学を重視する中国は米国を許さない。今後、中露の友好同盟が強化され、中国はロシアへの武器援助に動くかもしれない」と指摘した。
国際問題専門家、アリョーナ・ザドロジナヤ氏は、「ペロシ議長のスキャンダラスな台湾訪問と米中関係悪化で、中国はロシアとの戦略的協力関係拡大に舵を切った」と述べ、「米国のオウンゴール」とする見方を示した。
■「第2の冷戦」はもう始まっている
ラブロフ外相は最近、「新たな鉄のカーテンが降ろされた」と述べ、1946年のチャーチル英首相のフルトン演説さながら、新冷戦が始まったとの認識を示した。
西側と中露の2陣営が対立し、他の中立・非同盟諸国への浸透を競い合うとの認識だ。先の中露外相会談は、BRICsやG20(主要20カ国・地域)、上海協力機構(SCO)などの国際舞台で、協力と共同行動を拡大することで合意した。
ロシアは対露経済制裁を発動する日米欧など約40カ国を「非友好国」に認定し、エネルギーを武器に逆制裁で対抗。アルゼンチンやイラン、エジプト、トルコ、インドネシアなど地域大国を自陣営に取り込もうとしている。
この点で、米国の通信社ブルームバーグは「ロシアと中国を孤立させようとする米国の外交努力はうまくいっていない。多くの国が西側の説得に応じようとしない」と指摘した。
■中国軍が北方領土に上陸するかもしれない
ロシアはアジアで最も厳しい対露制裁を発動した日本を目の敵にし、「サハリン2」国有化など制裁の倍返しをしており、今後、中国と連携して日本への外交・軍事圧力を強めそうだ。
ロシア軍は8月30日から9月5日まで、極東など東部軍管区で4年に1度の大規模軍事演習「ボストーク2022」を実施する。前回の2018年の演習は30万人規模の大演習となり、中国軍も参加した。
北方領土の国後、択捉両島も演習地とされており、中国軍の北方領土上陸があるかもしれない。中国は日中友好時代、北方領土問題で日本の返還要求を支持していたが、中国外務省報道官は2020年、「反ファシスト戦争勝利の結果は尊重されねばならない」と、ロシア擁護に転換した。
昨年10月の衆院選期間中、中露の軍艦計10隻が日本列島を一周し、今年7月の参院選でも中露の軍艦が日本近海で共同航海を行った。月末からの演習でも、中露艦船が再び日本を挑発する事態もあり得る。
岸田外交はコロナ禍やウクライナ侵攻で米国との「一枚岩外交」を強いられたが、中露離間に向けた「変化球外交」も期待したいところだ。
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名越 健郎(なごし・けんろう)
拓殖大学特任教授
1953年、岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコク、モスクワ、ワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授。2022年4月から現職(非常勤)。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミア新書)などがある。
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(拓殖大学特任教授 名越 健郎)
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