北朝鮮の金正恩総書記は2022年8月10日に開かれた党会議の演説で、5月に国内の感染事例を初めて認めた新型コロナウイルスを「撲滅」し、「最大非常防疫戦で勝利を獲得」したと主張した。8月11日、国営メディアが伝えた。

この会議では、妹の金与正(ヨジョン)朝鮮労働党副部長が、感染源は韓国から風船で飛来した宣伝ビラだと主張。これが止まらなければ「われわれはウイルスはもちろん、南朝鮮当局の連中も撲滅することで応えるであろう」と威嚇した。ただ、紙についた新型コロナウイルスは3時間で死滅することが知られており、与正氏の主張に疑問符をつける向きもある。

「風船によって舞い込んだ目新しい物」への警戒呼びかける

韓国と北朝鮮は18年4月の南北首脳会談で発表した板門店宣言で「軍事境界線一帯で拡声器放送とビラ散布をはじめとしたあらゆる敵対行為を中止」をうたっているが、その後も脱北者団体によるビラ散布は続き、たびたび北朝鮮を激怒させてきた。韓国側も対策を試みており、20年12月に北朝鮮への配布を禁じる法律が成立し、21年3月末に施行された。罰則は3年以下の懲役または3000万ウォン(約300万円)以下の罰金だ。それでも22年6月に脱北者団体「自由北韓運動連合」が大型風船を使ってマスクや医薬品を送っており、韓国政府はビラ散布と同様の行為だとみなしている。

北朝鮮は6月30日付けで、国内の最初の発生地は、韓国と境界を接する金剛(クムガン)郡の伊布(イポ)里だとする調査結果を公表している。それによると、4月初めに伊布里で「兵営と住民地周辺の小山で目新しい物と接触した」2人から陽性反応が出たことから、「悪性ウイルスの感染原因について明白な見解の一致を見た」。「目新しい物」は韓国から飛来したビラ類を指すとみられ、「境界沿線地域と国境地域で風をはじめ気象現象と風船によって舞い込んだ目新しい物」に対する警戒を呼びかけていた。

韓国統一省「根拠のない無理な主張」

与正氏が公の場で演説したことが報じられるのは、今回が初めて。与正氏は一連の経緯を念頭に、

「経緯や状況上、全てがあまりにも明白に1か所を指すことになったので、われわれが目新しい物品を悪性ウイルス流入の媒介物に見なすのは当然」

だとした上で、韓国を「敵」と呼びながら次のように非難した。

「すでに、いろいろな対応案が検討されているが、対応もとても強力な報復性対応を加えなければならない。もし、敵がわが共和国にウイルスが流入しかねない危険な行為を引き続き行う場合、われわれはウイルスはもちろん、南朝鮮当局の連中も撲滅することで応えるであろう」

ただ、韓国からのビラが感染源だとする主張には懐疑的な声もある。朝鮮日報によると、韓国の統一省は

「新型コロナウイルスの流入経路に関連して根拠のない無理な主張を繰り返し、韓国側に対して失礼で脅迫的な発言をしたことに強い遺憾の意を表明する」

などとして与正氏の発言に反発。朝鮮日報系のケーブルテレビ「テレビ朝鮮」は、医師の

「可能性があまりにも低い。直接的な接触がなく、物体を介して感染した事例は証明が難しい」

との声を伝えている。

医学誌「ランセット・マイクローブ」20年5月号に掲載された香港大学の研究者による論文によると、新型コロナウイルスは印刷した紙やティッシュの上では3時間で死滅する。一方、木や布では死滅までに2日、ガラスや紙幣では4日、プラスチックやステンレスでは7日かかる。

(J-CASTニュース編集部 工藤博司)