ニセコ町の片山健也町長(筆者撮影)

全国知事会会長で鳥取県の平井伸治知事は28道府県知事を代表して、斉藤鉄夫国土交通大臣に「未来につながる鉄道ネットワークを創造する緊急提言」を行った(7月5日付記事「『国防上も重要』鳥取県知事が説く地方鉄道の意義」)。北海道新幹線の並行在来線問題についても「貨物列車の迂回ルートを確保する国土強靭化、国防、地方創生の観点から廃止することが正しいのか疑問の余地がある」と問題視している。

ところが当事者の北海道庁は沿線自治体に対して鉄道の廃止か財政破綻の事実上の2択を迫り、強引に鉄道の存続をあきらめさせる形となった。

新交通システム案も浮上

北海道庁の財政規模の目安となる一般会計予算額は、東京都と大阪府に次ぐ例年3兆円前後で推移しており、財政規模が脆弱というわけではない。特に道路整備においては、並行在来線の長万部―小樽間の初期投資額と赤字額を遥かに上回る建設費と維持費が投じられている。炭鉱が閉山になり無人地帯と化した地域でもなにかと整備が進む道道が多い。道では予算の執行体制が硬直化しているだけではなく、鉄道の持つ社会資本としての重要性が軽視されているようだ。

さらに、長万部―小樽間廃止の方針が発表された直後、北海道ニセコ町の片山健也町長が大量輸送機関として代替バスとは別に、新幹線駅と地域をつなぐ新交通システムやモノレールに代表される未来型の交通体系を検討していることが明らかになった。


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しかし、新交通システムでは、延伸計画が進む広島市のアストラムラインの事業費が単線7.1kmで約570億円(キロ当たり約80億円)、モノレールでは、東京ディズニーリゾートを周回する舞浜リゾートラインの事業費が単線5kmで約370億円(キロ当たり約74億円)と、並行在来線の初期投資額と比較すると遥かに高額であることから、なぜ、そのような構想が浮上したのか、北海道ニセコ町の片山健也町長に話を聞き、その本音に迫った。

――新交通システムなどの整備費はかなり高額ですが、なぜ、並行在来線の再活用という発想にならなかったのですか。

できることなら鉄道を残したかったし、鉄道の廃止によって地域が衰退するという危機感は持っている。これまで、他の沿線自治体の首長と共に上下分離方式による並行在来線の維持を求めて国土交通省鉄道局長にお願いに行くなどの取り組みは行ってきたが、「北海道庁と沿線自治体の地元のみなさんで考えてください」という対応を取られ、なすすべもなかった。

――函館本線の長万部―小樽間は2000年の有珠山の噴火時に貨物列車の迂回ルートとして活用された実績もありました。有珠山は、洞爺湖町と伊達市、室蘭本線で言えば洞爺―伊達紋別間にまたがるエリアに位置しています。


ニセコ駅構内(筆者撮影)

もちろん貨物列車の迂回ルートとして在来線を残すことができないかということは考えた。しかし、貨物列車のディーゼル機関車が当時より大型化していることや鉄道施設の老朽化の問題から、貨物列車の走行のためには地元負担による鉄道の大規模な改修工事が必要になるという話になった。その結果、並行在来線対策協議会で北海道庁より示された地元負担額がニセコ町の財政規模を遥かに上回る金額だったことから、鉄道の存続を断念せざるを得なくなった。

――北海道庁から示された地元負担額とはどの程度の金額だったのでしょうか。

長万部―小樽間140.2kmの鉄道維持のために示された必要金額は、初期投資額152.8億円に加えて、毎年、経常的に発生する赤字額が25億円。さらに、今後20年間で必要とされる大規模修繕費等64億円と車両更新費用62億円だった。しかし、この金額が高すぎるのではないかという声が出ていることも認識している。

ニセコ町の予算は年50億円

――ニセコ町の財政規模はどの程度なのでしょうか。

ニセコ町の財政規模の目安となる一般会計予算額は、例年50億円程度で推移している。しかし、これは教育など将来の子供たちのためや、町の機能を最低限維持するのに必要なお金である。また、財政が潤沢という訳では決してないので、日々の経費の節約についても徹底して実施をしている。

――小樽市の約550億円を除き他の沿線自治体についても似たような財政規模の自治体が多いですが、鉄道を維持しようとした場合、必要となる地元負担額はこの一般会計予算額の中から捻出をしろということになるのでしょうか。

そういうことになる。

――ニセコ町で仮に鉄道のために使える予算があるとすれば、土木関連の予算額の6億円ということになると思いますが、鉄道を維持する場合の各市町村の負担割合についての議論はあったのでしょうか。

そこまで踏み込んだ議論はなく、鉄道を維持しようとした場合には全体でこのくらいの費用が地元負担額として必要になるという話だけだった。

――初期投資額の152.8億円と経常的な赤字額の25億円を単純に沿線自治体の9市町で按分すると初期投資額だけで10億円以上、毎年の赤字額が2.7億円程度になります。

鉄道が必要であれば、この金額を土木関連の予算額6億円の中から負担しろと。物理的にニセコ町としては出せる金額ではなかった。


ニセコ駅横に展示されているニセコエクスプレスの保存車両(筆者撮影)

――新幹線の倶知安駅とスノーリゾート地区を結ぶ新交通システムとは、具体的にどのような構想なのですか。

あくまでも構想段階のものであるが、背景としては新幹線開業後にニセコ地区にバスの輸送力を超える観光客の来訪が予想されることや、今後、必要となるバスの台数や便数を確保することが難しくなるということがある。

また、全国的なバスドライバー不足に加えて、昨今では世界的な半導体不足やコロナ禍の影響によりバス車両そのものの納期遅延も問題化している。こうしたことから、倶知安駅とスノーリゾート地である花園地区、ひらふ地区、東山地区を結ぶバスではない交通機関が必要になると考えている。

2018年には倶知安町の西江栄二前町長から同地区を結ぶモノレールの建設構想についての言及があった。さらに言えば、こうした諸問題から、並行在来線を廃止した後の代替バスを本当に持続的に運行し続けることができるのかという問題意識も持っている。

鉄道による代替ルートは必要だ

――バスだけではなくトラックドライバー不足やトラック車両の納期遅延問題も深刻化しています。

有珠山での火山災害時の貨物列車の代行輸送については、札幌―苫小牧間をトラックでピストン輸送して苫小牧港からフェリーで行うという計画があるが、いざというときに本当に機能できるかは不透明なままだ。

また、有珠山以上に深刻なのが、苫小牧市北西部にある樽前山の火山災害だ。樽前山で火山災害が起きた場合には、新千歳空港から苫小牧港にわたる広大なエリアで最大で100cm以上の火山灰が堆積するという予測が気象庁より発表されている。こうなっては、空港や港湾機能は完全にマヒしてしまうことになり、トラックによるピストン輸送どころの話ではなくなってしまう。

――国土強靭化の観点からも鉄道による代替ルートは必要になるということですね。

国土強靭化と鉄道在来線の関係についてはもっと議論をされてもよいのではないかと考えている。

――しかし、沿線自治体が並行在来線の存続をあきらめたことに対して北海道の鈴木直道知事から出されたコメントは「地域での議論のもとで下された大きな決断を受け止める」という表面的なものでした

鈴木知事がいったい何を考えているのか、問いただしたい気持ちはある。

(櫛田 泉 : 経済ライター)