なぜ日本人はハワイが好きなのか。医師で中部大学大学院の佐藤純教授は「日本の気候は、一年を通じて気圧、気温、湿度の変化が大きく、『気象病』を引き起こしやすい。一方、ハワイは変化が小さく、『頭痛が治まる』という人も少なくない」という――。

※本稿は、佐藤純『1万人を治療した天気痛ドクターが教える「天気が悪いと調子が悪い」を自分で治す本』(アスコム)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/molchanovdmitry

■天気が体調を左右する

天気の変化が私たちの体や心に影響を与える「気象病」や「天気痛」の症状は、最近になってやっと少しずつ浸透してきました。しかし、まだまだ知らない人も多く、つらい痛みや不調を「心の問題」や「心の弱さ」として片付けられてしまうことが多いのが現状です。

天気の変化に伴う不調には、頭痛、めまい、首・肩こり、腰痛、関節痛、むくみ、耳鳴り、だるさ、気分の落ち込みなど、かなり多様なものがあります。それらの病態を総称して「気象病」と呼んでおり、私は、その中で痛みを伴う症状のことを「天気痛」と名付けました。

これらの不調は、天気の変化が耳の奥の内耳や自律神経に作用して現れるもので、誰の身にも起こりうる症状なのです。

ここでは、拙著『1万人を治療した天気痛ドクターが教える「天気が悪いと調子が悪い」を自分で治す本』(アスコム)より、気象病の症状を引き起こす三大要素や、日本と海外との気候の違いと気象病の関係についてお話します。

■天気痛の三大原因…「気圧」「気温」「湿度」

天気の要素には、日照時間や降水量、風速などさまざまなものがありますが、体に大きな影響を与える要素としては「気圧」「気温」「湿度」の3つを挙げることができます。

とくに気圧の影響は大きく、ある調査によると、約8割の人が気圧の変化で体調が崩れると回答しています。

気圧とは、天気や気象の分野では大気圧(大気の圧力)のことを指し、簡単にいえば、空気の重さのことです。「気圧が高い=空気が重い」ところは高気圧、「気圧が低い=空気が軽い」ところが低気圧と呼ばれます。

気圧が変化すると人間の体はストレスを感じるため、それに抵抗しようとして自律神経が活性化されます。自律神経には交感神経と副交感神経があり、交感神経は血管を収縮させ、心拍数を上げて体を興奮させる働きがあります。

一方、副交感神経は心拍数を下げて体をリラックスさせる働きがあります。この交感神経と副交感神経の調整がうまくいかないと、頭痛やめまい、気分の落ち込みなど、さまざまな体調不良の原因になるのです。

気圧の変化によって生じるおもな初期症状は、めまい、倦怠(けんたい)感、眠気などで、その後に頭痛などの痛みに襲われるのが特徴です。気圧が下がっていくときのほうが症状は顕著ですが、上昇するタイミングで痛みが強くなるケースも珍しくありません。

すなわち、天気が崩れはじめるときも、逆に天気が回復に向かうときも、気象病の症状は出やすくなるということです。

■湿度を甘く見てはいけない

気温については、昔から体調との関係性をテーマにした研究が重ねられてきて、その成果が「熱中症情報」などに利用されています。重度の熱中症になると、頭痛、めまい、吐き気といった症状を引き起こすことはよく知られていますので、みなさんも相関関係を容易にイメージできるのではないでしょうか。

逆に、気温が下がると痛みがひどくなる人もおり、「温度不耐性」という病態にある人は、寒いときほど痛みが増す傾向にあるため、気温の下降に敏感です。気象病持ちにとっては、暑い場合も寒い場合も、大きな気温の変化は歓迎できるものではありません。

湿度についても、気温と同様に研究が進んでおり、人の皮膚に湿度を感じるセンサーが備わっていることなど、さまざまな事実が解明されています。

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湿度の場合、低いときよりも高いときに痛みが出やすくなることがわかっており、とくに関節リウマチの患者さんは、じめじめした梅雨時に症状が悪化することが多いです。また、同じ気温でも湿度の高い日のほうが熱中症になりやすいことも報告されています。

「気圧」「気温」「湿度」という気象病の三大気象要素のいずれかが変化することによって、体のどこかに症状が現れるということを頭に入れておきましょう。

■四季がある日本は「気象病大国」

日本では、3日に1度は雨が降ります(総務省統計局「統計でみる都道府県のすがた2020」より)。また、夏の前には平均40〜50日続く梅雨があり、夏から秋にかけては台風の上陸もあります。

豊かな四季は日本の長所ですが、一方では気候の変動が大きい、気象病大国ともいえる環境なのです。

昨今は、各地でさまざまな異常気象が観測されています。それに伴って気象病・天気痛外来に来られる患者さんもどんどん増えています。

台風を例に挙げれば、温暖化の影響で海面水温が上昇したことにより、日本近海で発生する台風が増えており、発生した2〜3日後に上陸することも珍しくありません。非常に近いところで発生するということは、それだけ気圧の変化も急激になるため、必然的に体へのダメージも大きくなります。

また、ゲリラ豪雨や猛暑日の発生件数も年々増加傾向にあり、天気の影響を受ける機会は増え続けているといえるのです。

天気の変化に悩まされているのは日本人だけではありません。世界各国で、その症状をうったえている人たちがいます。つまり、国や地域ごとの気象条件にかかわらず、天気の変化は人間の体になんらかの影響を与えうるということです。

■日本人が「ハワイ好き」になる理由

一方で、気象病の症状が発症しにくい、気候に恵まれた土地もあります。

個々に体の相性のようなものもあるので、「あの場所に行くと、なぜか症状が軽くなる」ということもあるでしょう。世界中のどこに行っても必ず気象病に悩まされるというわけではなく、どこかに“逃げ場”は存在するものなのです。

私の患者さんに多いのは、「ハワイに行くと頭痛が治まる」というパターン。1人や2人ではなく、何人もの方が同じことを口にしています。

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これはいうまでもなく、ハワイの気候が関係しているのでしょう。

ハワイは年間を通しても気候の変化が少なく、あまり雨の降らない地域もあります。世界的なリゾート地として名高いホノルル周辺は、年間気温がほぼ20〜30度の間で、雨季の晴天率が高いのが特徴。日本に比べ、気圧の変動が激しくないことが考えられます。そんな気候が、症状の軽減をもたらしてくれているのでしょう。

加えて、気分が開放的になることによって、自律神経に良い影響を与えている可能性も想像できます。気候が快適で過ごしやすく、ウキウキした気分でいられれば、痛みも不調もふっ飛んでしまうというわけです。

■近場で「転地療養」という選択肢もある

「そうはいっても、ハワイに行くのは大変だなぁ」。そう思われる方もいらっしゃるでしょうが、気象病が発症しにくい土地は海外だけとは限りません。日本国内にも、みなさんの体質に合い、つらい悩みを解消してくれる場所はあると思います。

たとえば、古くから避暑地や保養地として多くの人に親しまれてきた土地には、人々が快適に過ごせる理由があるわけで、そのひとつには気候が挙げられると思います。ハワイはハードルが高くても、国内なら行ける可能性は高まります。まずは近場の有名な場所に行って、ご自身の体調に変化があるかどうか、確認してみてはいかがでしょうか。

このように、場所を移して症状の改善を目指す治療方法のことを「転地療養」といいます。薬を飲んだり、生活習慣を大きく変えたりすることなく症状が緩和されるのであれば、それに勝る治療法はありません。

奇しくもコロナ禍の影響により在宅で勤務される方が増え、職種によってはお勤め先の近くに住んでいなくても、問題なく仕事をこなせる時代が訪れました。

生活拠点を移すことは容易ではないと思いますが、あなたの心と体にとっての理想郷を見つけることができ、ご家族など周囲の人たちの理解を得られたら、思いきって引っ越しをするという選択肢も視野に入ってくるでしょう。

■「気象病だから」と諦めないでほしい

佐藤純『1万人を治療した天気痛ドクターが教える「天気が悪いと調子が悪い」を自分で治す本』(アスコム)

気象病の症状に悩んでいる方の中には、「相手が天気では、どうしようもない」「我慢するしかない」と考えてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなことはありません。

不調の原因が天気だとわかれば、症状が出る前に予防したり、天気に左右されにくい体をつくっていくことは十分に可能です。また、先程述べたように生活する環境を変えることで、改善を目指すこともできます。

そのために必要なのは、自分の不調と天気の関係をきちんと知ることです。どんなときにどんな症状が出るのかを把握することで、状態を改善し、自分でコントロールすることができるようになるのです。

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佐藤 純(さとう・じゅん)
天気痛ドクター・医学博士
日本慢性疼痛学会認定専門医。中部大学大学院生命健康科学研究科教授、愛知医科大学客員教授。1958年福岡県生まれ。30年以上にわたり、気象と痛み、自律神経との関係を研究。1983年に東海大学医学部を卒業後、名古屋大学大学院で疼痛医学、環境生理学の研究をスタート。1987年、米ノースカロライナ大学に留学し、慢性疼痛と自律神経系の関係について研究を行う。名古屋大学教授を経て、2005年より愛知医科大学病院・痛みセンターで日本初の「天気痛・気象病外来」を開設。「ためしてガッテン」「あさイチ」(NHK)、「世界一受けたい授業」(日本テレビ)などメディア出演も多数。2020年には株式会社ウェザーニューズと共同開発した「天気痛予報」をリリース。
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(天気痛ドクター・医学博士 佐藤 純)